第5話羽入 唯 アゲイン
“英華大附属高校”は武人と羽入 唯が通う進学校である。
武人の家があるところから一駅、更にバスを使って5分少々のところにあった。
学校の周囲は長閑だが、校舎は八階建ての本館と、渡り廊下で繋がれたアリーナ兼体育館、そして校庭扱いのテニスコートとサッカーコート。近代的な造りである。
そんな本館の6階年7組の窓から、武人は流れゆく車や、向かいのサッカーコートで授業に勤しむ在校生をぼーっと眺めていた。
(今、体育をやっている女子は何組だろう? もしかして羽入さんのクラスかな?)
羽入 唯――学校でも有名な美人で高嶺の花。そしてなんと、現役の声優である。
そんな人と、昨日は肩を並べてカラオケをしに行った。
今でも、昨日の小一時間のできごとが、夢か幻だったように思えて仕方がない。
よく考えてみれば、モブな武人には見に余ることだった。
「小津! 昼はどうするんだ!」
と、彼を呼ぶ声。顔を窓から上げると、長身痩躯の眼鏡野郎が彼を見下ろしていた。
彼は"
「今日は学食。お前は?」
「弁当だが、うむ、わかった! 学食付き合おう!」
「いや、良いよ。今日はちょっと一人になりたいし」
「ま、待て!」
竜太郎を振り切って、武人はブラブラと歩き出す。あまりぼーっとしていては、勘の鋭い竜太郎に根掘り葉掘り聞かれて、ロクなことにならない気がすると、判断したからだった。
(昨日のはなんだったのかなぁ……)
ふと、背中が軽くツンツンされた。
「うわっ!?」
驚いて振り返るとそこには、指を突き出してはにかむ"羽入 唯"の姿が。
「こんにちは小津くん。もしかしてこれからお昼?」
「そうだけど?」
「今から一緒にお昼にどうですかっ!? 今日、多く作っちゃたから半分あげるよ!」
「……は?」
なにを言われているのかわからなかった。これはやはり夢か?
「昨日、慌てて出てったからお金も払ってないし、それも返したいし……」
「あ、ああ、そういえば」
「だから、どうかな? 屋上あたりじゃ目立たないと思うし」
とまどう武人だったが、昨日のお金の返却があるなら。
いまのところ誰にも見られていないので、問題はないだろう。
「じゃあ、行こうか」
「うん! ありがとう!」
「あ、でも……」
「わかってる。先、行ってて。こっそり後を追いかけるから」
羽入さんはちゃんと武人が提示した約束を守ってくれるらしい。平穏は確かに重要だ。だけど、強要しているようで、申し訳ないような気がするのも確かだった。
そんなこんなで八階建ての本館の頂上の扉を開けた。
ここ最近、ようやく春らしくなったので、風も暖かい。風に乗って舞い上がってくる桜の花びらは、春を身近に感じさせた。
ややあって、羽入さんが軽い足取りで階段を上ってくる。
「あの辺りでどう?」
羽入さんは出入口の裏手を指す。確かにあそこなら誰かが屋上へ来てもすぐには見えない。さらにこの時間は日当たりが良さそうだった。
特に否定する要素もなかったので「そこにしようか」と答えて向かってゆく。
屋上で女の子と二人きり。しかも一緒にお昼を。まるでゲームのようなシチュエーションである。
おまけに一緒にいるのは、ご縁がないと思っていた超絶美少女&大好きなキャラクターの中の人。
ドキドキしない方がおかしい。というか、いるのか、こんな状況でドキドキしない奴なんて。
「先に昨日のお金返したいんだけど、小津くんペイマネ使ってる?」
ペイマネとはQR決済の一つである。武人はあまり使っていないが、流行りそうなのでとりあえずスマホに入れてあった。
「あるよ」
「これで良い?」
「どうやるの?」
「えっと……あーそっか、電話番号いるんだ。教えてくれる?」
「え? ああ、うん」
「ありがと。あとで私もかけるね」
電話番号を交換後、アプリを起動し、電子化されたお金を受け取った。
お金が帰ってきたことよりも、羽入さんと連絡先を交換できて、ラッキーだった。
「よし。じゃあ、お昼食べようか。簡単なサンドイッチだけど……」
少し大きめの弁当箱にはぎっしりとサンドイッチが詰まっていた。
これで作りすぎとは、どんだけ丼勘定なのか。
「お茶とみかんもあるから遠慮なく言ってね!」
(まさか、わざわざ用意してくれたのか?)
羽入さんならなんとなくありえそうだと思う、武人なのだった。
*以降、いちゃいちゃパート
★Aパート:サンドイッチをいただく(9部)
★Bパート:お茶をもらう(10部)
★Cパート:やっぱりここはみかんでしょ!(11部)
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