第4話生でしてもらいました。
「なんか、久々にすっごく遊んだかも!」
羽入さんは満足そうに微笑んでいた。
「やっぱ学業と芸能の両立って大変?」
「それもあるけど、ここ何日かは"緋色の殉職イベント"のことでね。あとはLB(ライトニングバロン)さんのこと」
「俺の?」
「小津くんみたいないい人で良かったなぁって。もし怖い人だったらどうしようかと思ってて」
いい人と言われて、嬉しさと恥ずかしさが同時に沸き起こった。なんだかとても反論がしたくなり、
「俺、実は怖い人かもよ?」
「怖いって実際どんな?」
「いやそれは……」
「ほらほら、そういうところ! なんか優しそうな人だなぁって。しかも同じ学校だったなんて、すごいご縁だね?」
「まぁ、そうだね」
もはや羽入さんのペースには抗えないと思った。でも悪い気はしなかった。
「じゃ、じゃあさ、そろそろ始めても良い……?」
突然、羽入さんは響きの良い声を振るわせて、武人を覗き込んできる。
妙に煽情的で、意図せず心臓が跳ね上がる。
「緋色のことだよね?」
「うん。とりあえず、一回は武人くんとしてみたいの」
「わかった……頑張る」
「お互い初めてだから、色々あると思うけど気にしないで。私、精一杯頑張るから。でも、少し優しくしてくれると嬉しいな?」
「お、おう。こちらこそお手柔らかに」
羽入さんは姿勢を正した。軽く目を閉じ、深呼吸をする。
「うにゅー……」
先ほどまで快活だった声が、芯を失ったかのようにほぐれた。
これこそ"緋色"の声。独特の響きがある、やや気が抜けた、翼 緋色を表す声である。
羽入さんは緋色の声と共にソファーへ寝転ぶ。どうやら、動きも再現するつもりらしい。
緋色は辛い戦場を忘れるために、オフの日は日々ネトゲーに勤しんでいて、寝不足で寝ていることが多いキャラクターである。
なので彼女の部屋へ向かうと、こうして寝ていることが多い設定だった。
ゲーム内では寝転んでいる緋色を画面の上からつついて、色々なリアクションをとらせる。タップする部位によって、反応が異なり、高感度が変化する。好感度が低い状況では、タップしてはいけない部分もある。しかし武人のアカウントでは、緋色の好感度はMAX状態なので、どこをタップしても、嫌がられることはない。アレな部分のタッチも、むしろ喜ぶほどである。
(羽入さんは緋色の中の人であって、俺の緋色じゃない。だったら……)
「あうぅー……にゃむにゃむ……」
肩をつつくと、羽入さんは気持ち要さそうに声を上げた。
見た目は全然違うが、声は緋色のそのもの。
ドキドキがマックスである。すると、寝っ転がっている羽入さんがはちらちらと武人のことを見てきた。
「もし覚えてたらセリフお願いします。間違っても良いので……」
「あ、おう……ひ、緋色起きろ。出撃だ、ぞ?」
「あとじゅっぷーん……ふにゅー……」
(これは最初のイベントだ。たしかタッチ箇所は頭か、腰か、尻……)
頭は撫でる行為になるので小上昇、腰はたしか無理やりだきこして出撃させるんだったか。
尻は後半では好感度を維持する項目だが、序盤では地雷。
(いやいや、どれも無理でしょ!?)
しかし選ばないといけない。
「遠慮しないで好きにやってみて」
羽入さんは雰囲気を壊さないよう、小声で言ってくる。
「良いの……?」
「うん。頼んだのは私の方だし、体験してみたいから……お願い」
彼女は顔を少し赤く染めながら、か細い声で言って来ている。
恥ずかしさを堪えているのは明らかだった。
それでも尚、羽入さんは求めてくれている。
応えないわけには行かない雰囲気である。
「じゃあ、行くよ?」
羽入さんはきゅっと目を瞑(つぶ)り、小動物のように体を丸めた。
武人は恐る恐る、震えを堪えつつ彼女の身体へ指を伸ばしてゆく。
そして、強烈な選択肢の中で、最も無難な“頭”へ手を添えた。
「っ!?」
「ご、ごめん!?」
「ううん、大丈夫。そのまま。大丈夫、だから……」
「あ、おう……」
唯はプルプルと震えながらも、撫でられ続けた。
めっちゃ髪がさらさらで気持ちがいい。
まさに夢見心地である。
「ど、どうかな?」
「……」
「羽入さん?」
「くー……かぁ……すぅ……」
「寝た!?」
夢見心地なのは、どうやら羽入さんの方だったらしい。
安らかな寝息をあげている。どこのの◯太くんだよ、おい。
その時、羽入さんのスマホがテーブルでブルブル震えた。羽入さんは飛び起きて、スマホを手に取る。
そして顔面蒼白となった。
「ごめん! 今日打ち合わせだった!」
羽入さんは急いで荷物をまとめて、部屋を飛び出した。
「またね、小津君! 今日はありがとう!!」
嵐が去り、部屋はシンと静まり返った。
まるでさっきまでのことが夢の中の出来事だったように思えて仕方がない。
「あれ? 支払いは……?」
武人は結局、自分で支払いをしてカラオケボックスをして出て行く。
キツネに化かされたような――そんな心持ちである。
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