★Bパート:何か食べる



「お腹すいたなぁ」

「じゃあなんか頼もうか?」

「うん!」


 羽入さんは元気に答えた。

 さっきカレーと素早く平らげたばかりのはずだがまだ入るらしい。この細身のどこにそんなスペースが……なんて、デリカシーの彼らもないことは、口が裂けても言えやしない。


「小津くんはどうする?」

「じゃあ、ハニーパンケーキで」

「オッケー」


 いつの間にやら内線のところにいた羽入さんは、電話をかけ始める。

こういう行動力のある人のことを、"フットワークが軽い"と表現するのかもしれない。


 暫く経って――


 ポリポリ。ポリポリ。ポリポリ。


 隣から聞こえてくるのは軽快な音。甘いパンケーキの匂いに混じって隣から感じるのは、


「小津くんも食べる? 美味しいよ?」


 と差し出されてきたのはぶつ切りにした胡瓜きゅうりに塩昆布とごま油と絡めた、いわゆる"おつまみ"的なものだった。同時に緑が鮮やかな"枝豆"も羽入さんの注文としてテーブルに並んでいる。

可憐な羽入さんとは対照的な、ガード下の居酒屋で出来そうなメニューである。


「やっぱ、カロリー的なの気にして?」

「カロリー? ううん、全然! 食べたい時に食べたいものを食べる! これ、私の基本!」

「逞しいなぁ」

「えへへ! ありがと!」


 ギリギリの線だったが、羽入さんは好意的に受け止めてくれたらしい。それにこうしてどんなものでも美味しそうに食べる女の子はすごく良いと思った。美人なら尚更。


「ねぇ、それ美味しい?」

「まぁ、普通」

「へぇー……良い匂いするね?」


 羽入さんは枝豆をはむはむ食べながら、やや物欲しそうに武人のパンケーキを見つめている。どうやらさっきの宣言が早速発動したらしい。


「少し食べる?」

「良いの!?」

「うん。でも取り皿が……」

「小津くん、そういうの気にする人?」

「別にそういうわけじゃ」

「じゃあ!」


 羽入さんはおつまみ胡瓜を摘んでいたお箸を紙ナプキンで拭った。そしてすぐさま箸で、器用に切る。そして上手な箸使いで、パクんとパンケーキを頬張った。


「ん――! 美味しいぃ!」

「も、もっといる?」

「やった! ありがと!」


 羽入さんはさっきとは少し控え目にパンケーキをぱくん。本当に幸せそうな笑顔である。

それにしても……


(これ全部食べたら間接キスってことになるよなぁ……)


 とは思いつつも、その部分だけ残せば、たぶん羽入さんは酷く傷つくのは目に見えている。

 結局、武人はドキドキしつつ、パンケーキを平らげる。味は正直なところ、あまりよく覚えていない。

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