第27話 仲直りと仲違い
「なんで……」
本当に、頭が状況に追いつかない。何だこれ。どうして、こんなことになってるんだ。俺はさっきまで、色麻と……そうだ、色麻。
色麻を、追いかけなくちゃならないんだ、俺は。アイツはきっと一人で泣いている。俺のせいでそうなった。責任を取らないと。
「おい、何処に行くんだよ」
ふらふらと歩き出した俺の腕を、東也はがっしりと掴んだ。色麻のそれとは違う、ゴツゴツとした手。柔軟剤と汗の混じった匂い。
「陸くん……もう、何処にも行かないで」
加美ちゃんは俺の正面に立って、肩を掴み、鼻と鼻が触れそうな距離まで顔を近付けた。
「自分勝手かもしれないけど、でも、やっぱり、私は陸くんと友達で居たいし、出来れば、ずっと一緒に居たい」
加美ちゃんは、ところどころで泣きそうになりながら、必死で俺に語りかけた。
「どうして二人がこんなところに……」
その姿を見て、俺は少しだけ冷静さを取り戻した。まず、この不可解な状況に説明が欲しい。
「クラスの奴から聞いたんだ。陸が、阿智市行きの電車に乗ったのを見たって」
俺が話す姿勢を見せると、東也は安堵した様子で事情を話し出した。どうやら、電車通学をしている奴に姿を見られていたらしい。しかし、それで何故二人が俺を追いかけてくるのだろうか。
「それで私が、ゲームセンターで話した時にお別れの言葉みたいなのを言ってたのを思い出してさ。もしかしたら、もしかするかもって、そう考えちゃって」
目を擦って、加美ちゃんは少しぎこちなく笑った。
「でも、良かった。何ともなくて」
どうやら、二人は俺が阿智市へ向かった理由を深読みし過ぎたらしかった。
しかし、その解釈はあながち間違いでは無いのかも知れない。この世界から消えるという意味では、俺が異世界へ飛び込むのも、海へ身を投げるのも二人からすれば大きな違いはないだろうから。
「めっちゃ大変だったんだぞ。色んな人に陸の写真を見せて、こんな人見なかったかって聞いて……」
東也は髪をかき上げて、嬉しそうに笑みを浮かべる。しかし、俺と目が合うとその笑みが段々と引いていき、真剣な表情に変わった。
「陸、ごめん」
突然、東也は頭を下げる。
「陸も加美ちゃんも、俺は本当に大切だったから、言い出せなかったんだ。欲張りなのは分かってるけど、どっちも手放したくなかった。だから、誤魔化して逃げてたんだよ、俺は」
声が震えている。
こんなに自信なさげな東也は初めて見た。三年親友で居て、本当に初めてだ。
「サッカー部の一年生が二人だけって分かった時さ、俺、正直すげぇ不安だったんだ。公式戦にも自校だけで出られないし、練習で出来ることも限られるだろ? ちゃんと部活を楽しめるか考えると、怖かった」
胸を貫かれたような衝撃だった。
俺の知っている東也は、サッカー部の中心で、リーダーで。人数が少なくても諦めず、明るく頑張る奴だったから。そんなに心底怯えたような顔で不安を語るなんて、思わなかった。
「でも」
東也が、俺の目を見る。互いに見つめ合って、愛の告白でもするかのように、東也は柔らかく口を開いた。
「お前が居たから、俺は部活が楽しかった。毎日が、楽しかった。たった一人でも、隣に居て、俺を信じてくれる奴が居たから、俺は今まで頑張れたんだ。……なのに、裏切るような真似をして、本当にごめん」
それから東也はもう一度頭を下げた。
「そんなこと、急に言われても……俺は、色麻が。色麻と」
頭が混乱して、俺の口から出る言葉は、ちゃんとした意味を持っていなかった。
「陸……」
「陸くん……」
東也と加美ちゃんが、こちらを見てくる。その瞳を見て、俺は、二人が心から俺を心配しているのだということが分かった。
「二人とも、おかしいだろ」
こんなこと、あって良いはずがない。俺の脳は目の前の光景を理解することを拒否していた。
「俺なんて、邪魔なだけだろ? 空気が読めないし、東也が居なかったら、一人ぼっちの、つまらない、何の価値も無い人間で、それで……二人の幸せに、水を差すようなことまでした」
俺は必死になって、捲し立てる。そうでもしないと、何かが崩れてしまいかねなかった。
「それに、逆ギレして東也を殴った。断られて気まずくなるのを分かっていて加美ちゃんに告白した。サッカー部の皆にも、迷惑を掛けた……。なのに、どうして俺なんか追いかけてきたんだよ!」
俺なんて、放っておいてくれれば良かったのに。そうしてくれたら、勝手に消えたのに。なんで俺なんかに、こんなに優しいんだ。
東也が、俺の肩を掴み、正面から俺の顔を見る。東也の瞳に映る俺の顔は、酷く泣きそうな、なんとも情けない表情だ。
「お前が、親友だからだよ。俺が、そんなに思い詰めるまで酷く傷付けた、大事な奴だから。だから、謝るために、追いかけてきたんだ」
「東也……」
「陸。お前が自分をどんな風に言おうと、さっきも言った通り、俺はお前に救われたし、お前のことを、本当に大切に思ってるんだ。隠し事をしてた奴の言うことなんて信用できないかもしれないけど、それが、本心なんだよ」
東也は話しながら、目を潤ませる。
俺も段々視界が滲んでいき、鼻がツンとした。
何だか走馬灯のように、脳裏に今までのことが浮かぶ。一人ぼっちだったあの日々。駄菓子屋で東也と会った日。帰り道に食べたアイス。蹴り上げて空に上っていくサッカーボール。
「ごめん、陸」
東也は、俺を強く抱きしめる。
「俺の方こそ……ごめん。ありがとな、東也」
俺もまた、東也を強く抱きしめた。汗と熱が伝わってくる。
喧嘩なんて初めてだったから、気が付かなかったけれど。
俺達は、親友だったんだ。
どんなに罵り合っても、傷付けあっても、心から謝り合えば、許せてしまう。
俺は、気付かぬうちにそんな関係を手にしていたのだ。
「陸くん、とーや君! 良かった、本当に良かったよぉ」
俺達を覆うように、加美ちゃんも両手を広げて抱きついてくる。気付けば、彼女も泣いていた。
「気付けなくてごめん。私、鈍感で、馬鹿だから……陸くんが苦しんでるの、知らなくて」
「加美ちゃんは悪くない」
涙を拭い、俺はそれだけははっきりと否定した。
「二人を恨む気持ちも、確かにあるけどさ。でも、やっぱり、二人に一番幸せで居てほしいっていうのも、本心なんだ。だから、おめでとう」
「……うん、ありがとう」
「ありがとな」
俺たち三人は、しばらくそうやって抱き合っていた。
何だかそれぞれが、ようやく互いのことをちゃんと知って、向き合うことが出来たような気がする。
俺はこれを捨てようとしていたのだ。この世界を、捨てようとしていた。
でも、きっと心のどこかでは、ずっと思っていたのだ。
本当は、俺は、二人にずっと「おめでとう」と言いたかった。大切な人達の幸せを、祝いたかった。
「……え」
震えたか細い声がして、俺の身体は石のように固まった。
友人と仲直りする、幸福な場面の中で、俺の胸は急激な絶望に締め付けられた。
それはもしかしたら、東也と加美ちゃんのキスを見た時よりも、ずっと酷い衝撃だったかもしれない。
俺たち三人が抱きしめ合い、互いの繋がりを確認しているのを、一人の人物が見ていた。
その視線は、本当に心から信じられないものを見た、といった様子で。むしろ目ではなく心の方が視界を認識するのを拒んでいるようでさえあった。
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