第24話 海と炎天下
「海が見えるわよ」
興奮気味の色麻に肩を揺らされて、俺は目を覚ました。
「海?」
眠気眼を擦って、俺は窓を覗く。
そこには、青い空とより青い海が、ぴったりとくっつき層を作る景色があった。
水面が煌めいて、俺の目は直ぐに覚める。海の方へ向かう電車だと分かって乗ったはずなのに、新鮮な感動があった。
「海だなぁ」
今どき小学生でも言わないような、そのまんまの感想が口から溢れる。
「綺麗」
「ほんとに、綺麗だな」
色麻と二人、綺麗だ綺麗だと言い合う。本当にいい景色を見ると、多分人の知能は著しく低下するのだと思う。
「次は、阿智駅ぃー」
すると、直ぐに目的の駅名が呼ばれた。
色麻の母親は、こんなにも海にほど近い港町に居るのだ。
「次、降りるぞ」
一応の確認として色麻に呼びかけると、彼女は緊張した面持ちで頷いた。さっきまで海を見て軽くはしゃいでいたのが嘘みたいだ。その緊張は俺にまで伝染してしまって、電車から降りるだけで心臓が鼓動を早めた。
「阿智駅ぃー、阿智駅ぃー。お出口は右側です」
ちょっと鼻にかかった声で、車掌が到着を告げる。電車のドアが開くと、海の香りがした。
駅は古く、周りに人もあまり居ない。申し訳程度のお土産売り場には、見たことのないキャラクターがプリントされたクッキーが売っている。
「それで、お母さんの家はどっちなの?」
駅から出るなり、色麻は気合十分と言った様子で鼻息を荒くする。
「住所からすると、結構歩かなきゃいけないな」
「そうなの?」
「ここら辺はバスも少ないから、一時間位は歩くはずだ。まぁそれを見越して早い集合にしたわけだし、ゆっくり行こう」
そうして、俺と色麻は歩き出した。
「暑い……」
「暑いわね……」
しかし、十数分も歩くと、俺達はすっかり疲弊してしまった。
時刻は既に十二時近くになっていて、陽が高い。その強い日差しに晒されて、熱中症の一歩手前のような状態である。
何が「良い天気で良かった」だ。
何も良くないじゃねぇか。
「どこか涼むところは無いかしら」
色麻が辺りを見回す。残念ながら、見たところそういう場所は無さそうだった。
「ちょっと探してみるか」
水筒でも持ってくるんだったと後悔しつつ、携帯で近くの店を検索してみる。
その時、メッセージアプリのアイコンがちらと見えた。母親からか、学校の奴らかは分からないが、幾つかメッセージが来ているようだ。俺は黙って通知を切り、マップアプリを開いた。
「あった?」
色麻が俺の隣に立って、携帯の画面を覗き込んでくる。汗まみれの腕と腕がぶつかった。花のような、甘い香り。
「近くにコンビニが一軒あるな」
少し回り道になるが、仕方がない。
俺達はコンビニに向かった。
「らっしゃっせー」
店内に入ると、あまりの涼しさに自分の顔が綻ぶのを感じた。色麻の方はというと、ワンピースの胸の部分を引っ張って涼しい空気を入れようと試みていた。目のやり場に困るから止めて欲しい。
そこで俺達は飲み物を買って、イートインスペースでしばらく休憩を取ることにした。
「はぁ……」
色麻がコンビニの袋を見つめる。そういえば、このコンビニは過去に色麻の母親が働いていたという店と同系列のものだ。これから会うともなると、連想せずにはいられないだろう。
「やっぱり緊張するよな」
ペットボトルのコーヒーを飲みながら、色麻の横顔をちらと見る。
「何て話しかければ良いのかしら」
「まぁ、普通にお母さんとでも呼べば良いんじゃないか?」
それだけで、大体の事情は分かるだろう。
「お母さん、お母さん……」
すると、色麻は小声で予行練習を始めた。
親を呼ぶのに練習が必要というのは、どういう感覚なのだろうか。家で両親が待つ俺には、想像がつかない。
ただ、その時の色麻の声は、俺が自分の母親を呼ぶ時のそれよりも、ずっと丁寧で、優しく、甘い声色だった。
「汗も引いたし、そろそろ行くか」
このままでは永遠に練習をしていそうだったので、俺は立ち上がり、店を出ようとする。
「そうね」
色麻は練習を止めて、俺に続いた。
そして、俺達は再び暑い中を歩き、ようやくメモにあった住所までたどり着いたのだった。
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