第15話 ホラーと告白
「え、どうして、ここに?」
一瞬、自分を探しに来たんじゃないかという都合の良い想像が頭を過る。
「いや、ゲームやりたくなっちゃって」
加美ちゃんは慣れた雰囲気でゲームセンターの奥へ進んでいく。どうやら俺と彼女が会ったのは全くの偶然らしかった。
「やりたくなったって……サボり?」
真面目な加美ちゃんがそんなことをするとは思えないが、それ以外の可能性が考えられなかった。
俺の問いかけに、加美ちゃんは少し頬をふくらませる。
「陸くんのせいだからね!」
「サボりが?」
「二人の喧嘩が気になって、授業に一つの集中できなかったんだよ。だから、もう良いや、今日はサボっちゃえって思って」
「それは、なんかごめん」
確かに、加美ちゃんからすれば俺と東也の喧嘩の原因など見当もつかない訳だし、気にするのは当然か。本当に、あそこで怒って喧嘩腰になったのは本当に浅はかだった。
「そこは『俺を言い訳にするなよ!』って突っ込むとこだよ」
本気で反省し、俯いていた俺の頭を加美ちゃんが小突く。
全く。
こういうボディタッチが男を勘違いさせるんだ。
「それにしても、意外だな」
「何が?」
加美ちゃんが首を傾げる。髪が揺れて、陶器のように滑らかな艶を見せた。
「加美ちゃんって、ゲームとかするんだなぁ、と思って」
「結構やるよ。オススメ教えてあげよっか」
パーカーを腕まくりして、気合十分。加美ちゃんはゲームを楽しむ気満々のようだった。
対して俺は、行くところが無かったから思い付いた場所に来ただけであり、ゲームをしようなんていう気はさらさら無い。
まぁ、でも、丁度落ち込んでいたところだ。
ゲームというのは基本、気分転換のためにあるはず。他ならぬ加美ちゃんとやるゲームならば、効果もひとしおだろう。
「じゃあ、折角だからご教授願おうかな」
「陸くんってたまーに妙な言葉遣いするよね」
「え、そう?」
そんなことを言いながら、加美ちゃんは二階へ上がってゆく。勿論俺もそれに続いた。
急な階段は、両壁にゲームのポスターが貼られている。筋肉隆々な男たちの向かいには、ちょっとエッチな美少女の絵。ちぐはぐさが目に楽しい。
しかし、俺が今日見たのは、加美ちゃんの後ろ姿だった。
俺は、自分が加美ちゃんと普通に話せていることに、ひどく驚いていた。
もっとショックを受けると思っていた。東也と付き合ってんだよなぁとふいに思い出して胸が締め付けられることはあっても、表面上はそうした感情を隠すことが出来ている。
ただ、それは決して彼氏持ちだということが判明して、加美ちゃんのことがどうでも良くなったわけではなく。
反対に、俺は彼女のことが好きなのだと益々自覚させられた。
「こっちこっち」
加美ちゃんが手招きして、白い歯を見せ笑う。悪戯っぽい笑みだ。
言われるがままに進むと、俺も東也もあまり行かないコーナーに差し掛かった。俺は二階に上がった時点で、てっきり音ゲーとか何じゃないかと推測していたのだが、予想を裏切られた形である。
「どうする? 一緒にやる?」
加美ちゃんが誘ってきたのは、ホラーゲームだった。怪物を銃で撃つ、暗い機体の中でプレイするタイプのゲーム。
「……やるか」
まぁ、教えて欲しいと言った手前、やらないわけにも行かないだろう。別段ホラーが苦手という訳でもないし。
暗幕をくぐって、狭い機体に入る。大きな画面と銃を模したコントローラー、それに二人分の座る場所。画面の中では、顔の溶けた人が唸り声を上げていた。
「結構怖いでしょ。あ、詰めて詰めて」
俺に続いて、加美ちゃんが中に入ってくる。機体の中は、結構狭かった。少しでも身をよじれば肩がぶつかりそうな距離。腐臭でもしそうな化物が画面の中に居るというのに、加美ちゃんの甘い香りがふわりと舞って、何だか落ち着く空間になってしまった。
「よーし、やるぞー」
加美ちゃんが百円玉を入れる。俺もそれに続いて、『2P』と書いてある場所に百円玉を入れた。
「俺、こういうゲームあんまりやらないから、足引っ張ったらごめん」
「気にしないで。私が守ってあげるよ!」
加美ちゃんは自信ありげに胸を張ってそう宣言したが、彼女の腕前はその自信相応のものだった。
化物が的確なヘッドショットにより次々溶けてゆく。
なんていうか、俺の出番が、あまりない。随分やりこんでるなぁ。
「加美ちゃんがゲームやるのも意外だったけど、それもホラーゲームって、学校の奴らが聞いたらひっくり返りそうだ」
純粋な感想を呟いて、俺はゾンビに照準を合わせようとする。
「そうかな」
加美ちゃんは機敏な動きで俺が狙っていた獲物も処理してしまった。
「真面目で、可愛くて、優しいイメージだからさ、加美ちゃんって。サボってゲーセンで化物と格闘って、想像する方が難しいっていうか」
「私、陸くんが思ってるより良い子じゃないよ」
加美ちゃんは今、どんな表情をしているのだろう。画面に大量の化物が現れているので、隣を盗み見る余裕はない。
「駄目なところ、嫌なところ、一杯あるよ。褒めてくれるのは、嬉しいけどさ」
声音こそ明るいが、加美ちゃんは物凄く真剣な話をしている。その空気が、肌で感じられた。
「喧嘩の原因を詳しく聞くなんてしないけどさ。とーや君も、陸くんも、良くない部分があったんでしょ? じゃないと、優しい二人が喧嘩することなんて無いはずだと私は思ってる」
「……そうかな」
「絶対仲直りしてよ。このままなんて、嫌だから。なんかあの、雨で固まるやつでよろしく」
ゲームをしながらの会話なせいか、最後が適当な感じだった。
「雨降って地固まる?」
俺が一応確認をすると、加美ちゃんは「それ!」と言った。
「仲直りしなかったら、私、怒るからね」
「加美ちゃんが怒るのも、あんま想像つかないなぁ」
基本的に加美ちゃんはかなり穏やかな人間で、喜怒哀楽の怒だけが抜け落ちたような印象を俺は持っていた。
「この前、とーや君が猫を驚かせてたから説教しました」
子どもが作った泥団子を誇るような調子で、加美ちゃんは東也とのエピソードを話す。なんてことはない。東也は猫が好きだから、野良猫を見るとつい追ってしまう。猫からすれば迷惑だろうとそのことを加美ちゃんが注意したらしい。
可愛らしいエピソードだったが、何だか東也と加美ちゃんとの仲を再確認させられたような気がして、心臓を握られたような痛みが俺の身体を走った。
加美ちゃんでも説教をする時がある。
そんなこと、想像すらしなかった。
「やった! ゲームクリア!」
銃を持った逞しい男が、画面の中でサムズアップしている。殆ど俺は活躍出来なかったが、加美ちゃんの圧倒的な活躍によりクリアできたらしい。
ゲームが途切れて、俺はようやく隣を見ることが出来た。
「どうかした?」
加美ちゃんも、俺の視線に気付いて顔をこちらへ向けてくる。
あまりに近い距離だった。形の良い鼻。キメ細やかな肌。薄暗い場所にぼんやりと浮かんだ加美ちゃんの顔は、はっきりと見えないことで却ってその美しさが際立っているようだ。
好きだな、と思った。
「あのさ」
口が勝手に動く。
「もしかして、東也と付き合ってる?」
その一言を発すると、俺はカラオケで数時間歌うよりも口内が乾くのを感じた。
加美ちゃんは呆気にとられた様子で、幼児みたいに目を丸くして、俺をまじまじと見つめた。
そして一呼吸置くと、静かに頷く。
「とーや君から、聞いたの?」
「いや、何となく、そんな気がして……」
キスシーンを見てしまったなんて、言えるはずもなく。俺は勘の良いやつを演じた。
「隠しちゃってごめんね。何ていうか、照れ臭くってさ」
すると、誤魔化すように加美ちゃんは「あははー」と笑った。よく見ると、頬がほんのりと紅潮している。
加美ちゃんが恋をすると、こんな表情をするんだ。
冷えたグラタンのような塩辛い心持ちで、俺は加美ちゃんをじっと見ていた。
「俺、加美ちゃんのこと、何も知らなかったんだなぁ……」
無意識に、加美ちゃんはただただ可愛くて良い子だと思っていた。
でも、それだけじゃないんだ。
それは、酷く当たり前のことだった。誰だって、色んな面を持っている。そんな単純なことが、俺には思い当たらなかったのだ。
「本当に、なんか、ごめん」
加美ちゃんは俺の言葉をどう受け取ったのだろうか。ゲームを楽しんでいたテンションは何処へやら、しょんぼりし始めた。
「いや、こっちこそ変なこと聞いてごめん」
別に加美ちゃんにこんな顔をさせたくて聞いた訳じゃない。そんな風に落ち込まれると、衝動的に聞いたことを申し訳なく思ってしまう。
「そういえばさ」
気まずくなった雰囲気を変えるためか、加美ちゃんは話題を転換しようとしてきた。
「色麻さんと陸くんって、どういう関係?」
加美ちゃんが顔をぐいっと近づけてくる。瞳の奥には、興味の色があった。
「どういうって……」
何と説明したら良いのやら、俺は言葉に詰まる。
「喧嘩を止めた時、色麻さんが陸くんを守ろうとしてたでしょ? カフェで初対面だって話してたのに、こんな短期間でどうして仲良くなったんだろうって疑問だったわけですよ」
言われてみれば、その疑問は当然だった。
俺は加美ちゃんへ色麻に関する相談をしていたのだ。まぁ、あれは正直加美ちゃんと何処かへ行く口実に過ぎなかった訳だが。それでも、短期間で喧嘩に割って入って庇うような間柄になるのは、違和感があることだろう。それこそ、特別な繋がりでもなければ……。
「私も白状したんだからさ。陸くんの色恋沙汰も聞かせてよ!」
加美ちゃんは何も知らない無垢な笑顔を俺に向けた。
あぁ。興味有りげな態度は、そういう誤解からか。
なんつーか。
神様。
この世界は、あまりにも残酷じゃないか。
「じゃあ、俺の色恋沙汰、発表します」
その時の自分が、どんな表情をしていたのか分からない。ただ、頭に血は上っていた。その半面、とても穏やかな態度だったと思う。さらに言えば、鼻がツンとして、目から何かが零れそうだった。
「おー! 言っちゃえ言っちゃえ!」
加美ちゃんは俺の様子に気付いていないようで、年頃の女子らしく恋バナへの期待に胸を膨らませている。
「俺、加美ちゃんのこと、好きなんだ」
口に出した瞬間、時が固まった気がした。
ゲームセンターの喧騒が、まるで遠くのことのような聞こえ方をする。目から涙と一緒に恋心的な熱いものが出そうな感覚。
加美ちゃんは、呆然としていた。
酷く動揺すると、人の瞳はこんな風に揺れるのか。唇は、こんなに震えるのか。
でも、今度は自分の発言に後悔は無い。
言ってやった、という感じがした。
「私、ごめん。陸くんは好きだけど、もっと、もっと大好きな人が、居るから。だから、ごめん。付き合えないや」
あまりの動揺に、本音が口から溢れたといった調子の発言だった。
もっと、もっと大好きな人。
分かってはいたけれど、やっぱり、二人の間に俺が入り込む隙など存在しないのだ。
「俺も、ただ、言っておきたかっただけだから。二人が幸せなのが嬉しいのも、嘘じゃないつもりだよ。だからさ」
俺はため息を飲み込んで、息を整える。そして、改めて加美ちゃんの方へ顔を向けた。
「これからもずっと、幸せで居て欲しい。卒業しても、仮に俺と疎遠になっても、ずっと」
東也や加美ちゃんへ、恨みがましい気持ちがあるのは否定できない。でも、俺は二人が不幸になっているのを見ても、決して愉快な気分にはならないだろう。
邪魔な俺は異世界へ行くから。それで、こっちはこっちで楽しくやるから。
だから、二人も、ずっと幸せでありますように。
しかし、俺の願いが籠もった言葉を聞いて、加美ちゃんはきょとんとして、それから、目を伏せた。
「なんか、今生の別れみたいなこと言うね。……応援してくれるのは、嬉しいけど。疎遠になっても、なんて寂しいこと言わないでよ。私は、陸くんが良いなら、ずっと友達でいたい」
加美ちゃんは拳を握りしめ「勝手かもしれないけど、さ」と付け加える。
今生の別れ。確かに、俺の気分としては、間違っちゃいなかった。一度異世界に行って、そう簡単に帰ってこれるとは思えない。
嫌な世界から逃げて、誰も知らないところへ。
それって何だか、自殺みたいだな、と、そんな風に思った。
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