第14話 帰宅とゲーセン
結局、色麻は俺と話をした後、教室へ戻った。まぁ、あのままずっとサボる訳にも行かなかっただろうし当然である。
そして俺は、家に戻らなければ行けなくなった。流石に制服のまま真っ昼間から町を出歩く度胸は俺には無い。ならば着替えなければならないが、家には母親が待っているのだ。
母さんはきっと電話で学校から連絡を受けているだろうし、一度帰れば家を出してはくれないと思う。
それはあと数日しか時間が無い俺にとっては、かなり大きなタイムロスだ。
「どうするかな……」
母さんに気付かれずに家で着替えて、外を出るとか? いや、扉を開く音もするだろうし、そもそも俺の帰りを待っているかもしれない。成功率は限りなく低いと思っていいだろう。
色々と策を練りながら自転車を漕ぐと、直ぐに我が家が見えた。別段立派でもない、見慣れた一軒家だ。
ただ一つ、いつもと違うところがあった。
ドアの前に、腕組みしている女性が立っている。
というか、母さんだった。
「陸」
母さんは俺の姿を認めると、直ぐに名前を呼んできた。
「はい……」
俺は自転車を降りて、肩を落とす。
間違いなく説教されるだろうし、外出はもう叶わないだろう。まぁ、仕方がない。自業自得だ。最初に殴りかかったのも俺だし、元はと言えば原因も空気が読めなかった俺なのだから。
「アンタ、人殴ったんだって?」
母さんが大きな溜息をつく。俺は黙って頷いた。
「馬鹿。馬鹿息子」
子供みたいな悪口だった。でも、反論の余地が無い事実だ。
「ごめんなさい」
「謝る相手が違うでしょうが。ちゃんと謝ったの?」
「謝る機会すら与えられなかった」
淡々と、事実だけを正直に伝えた。
本来はいつも通りの穏やかな午前だったろうに、俺のせいでこんな説教までしなきゃいけないなんて、母さんにも申し訳ない。
「まぁ、腹立つ奴の一人や二人居るだろうから、仲良くしろとは言わないけどね。でも、嫌いな相手とも上手くやらなきゃいけないよ。嫌いなものから逃げられない。そういう時は、いつか絶対来るから」
逃げられない時は、いつか絶対来る。
何だか現実味に欠けて、だからこそ恐ろしい話だ。でもこの世界ならば、間違いなくあることなんだろう。母さんの声音は、実体験を語る時のそれだった。
逃げられないと思うほど追い詰められて、それでも生きる意味ってなんだ。そうやって頑張っても、結局凡人は凡人のまま、駄目なやつは駄目なままだっていうのに。世界は、変わらないのに。
「……着替えたら、ちょっと出掛ける」
俺は玄関のドアを開いた。
「はぁ?」
母さんが怪訝な顔をする。
当たり前だ。怒られて家に帰されたのに、出掛けるなんて普通あり得ないだろう。
「ちょっと一人で考えたいんだよ、色々」
俺は簡潔に理由を告げた。
何だか、色麻や母さんと話すと余計な愚痴が出てきてしまう気がしたのだ。
とにかく今、俺は考えが纏まっていない。俺は東也にどうして欲しいのか。俺はどうするべきなのか。異世界に行くまでの短い間に、出来ることはあるのか。
「補導されても知らん」
母さんは大股でドスンドスンと音を立てながらリビングに戻っていった。怒っているポーズこそ見せているものの、つまりは勝手にしろということだ。随分甘い母親だと思う。
そして俺は適当な服に着替えた後、マスクをつけて外出した。一応、極力俺が外にいることがバレないようにという配慮である。まぁ、知り合いに会ったら間違いなくバレるだろうが。
行く宛はなかった。というか、目的があって出掛けた訳では無かった。とにかく、一人で色々考えたかったのだ。
俺は取り敢えず、昨日色麻と駄菓子を食べた公園を目指した。あの公園の静かな雰囲気を求めたのだ。
「ぶーぶ! ぼくのぶーぶ、とぶよ!」
「それわたしの! かえしてかえして!」
「やーだ!」
しかし、公園は全く静かではなかった。小さな子どもたちが、広い公園を走り回っている。東屋には幾つかのベビーカーが停まっており、若い母親達がママ友トークに花を咲かせていた。
何というか如何にも公園本来の使い方といった感じがして、その間に割って入るのは躊躇われた。
というか、突然マスクをつけた男が侵入したら通報されてしまいそうな雰囲気さえあった。
「別の場所を探すか……」
その場を立ち去り、俺は街の方へ向かった。
歩きながら、考える。
東也の怒りも、理解できない訳じゃないのだ。サッカー部は今、部発足以来の人員不足だ。東也は、自分の勧誘が上手くなかったんじゃないかと責任を感じているのを、俺は知っていた。そんな時に俺が突然部活を辞めるのは、間違いなくサッカー部への裏切りだ。
でも、裏切られたと言うなら、こっちだってそうだ。親友と好きな人のキスシーンなんて、金を払っても体験出来ないほどの絶望感だった。東也は俺の思いを知っていたのに、相談の一つもしなかったし、寧ろ隠していたのだ。
俺を傷付けたくなかっただとか、綺麗な言い訳は幾らでも出来るだろう。しかし、結局東也は怖かったのだ。俺に糾弾されることが。そういうのが面倒だったから、適当に誤魔化してしまおうとしたのだろう。
俺は呑気にそんな関係を親友と思い込んで……なんて残念な奴だろうか。加美ちゃんだって、サッカーに忙しい東也と二人の時間は貴重なはずだ。俺が二人の間に割って入るのを疎ましく感じていただろうことは想像に難くない。
東也はそんな空気の読めない馬鹿な俺だから、加美ちゃんとの関係を告げるのを躊躇ったのだろうか。
何だか何もかも自分の愚かさが良くない気がしてきた。
絶望的な気分で、よろよろと迷ったように歩く。
「……ここで良いか」
中学までぼっちだった俺の行動範囲は、そう広くない。加美ちゃんとカフェに行ったのなんて特例中の特例で、本来は東也が良く行く場所とここくらいのもんだ。
俺は、ゲームセンターに入った。
店の人には悪いが別にゲームをする気は無い。ただ、今はこの矢鱈とポップな騒がしさに身を置きたかっただけだ。
流石に平日の昼間なだけあって、人は殆ど居なかった。誰も居ないのに、ゲームの数々は声を張り上げて自己アピールを続けている。なんて虚しい光景だろう。
自販機の横にあるベンチに座って、ゲームセンターを眺める。無為な時間の使い方だ。一人で考えると言ったって、答えが出るわけでもない。むしろさっきみたいに気分は落ちるばかりだ。
「あれっ?」
突然人の声がして、俺の心臓は跳ね上がる。誰か知り合いに会ってしまったのだろうか。だとすれば、それは不味い。怒られて家に帰らされたのにゲームセンターに居るなんて絵に描いたような不良じゃないか。
ゆっくりと、声がした向きを見る。
「陸くん、駄目じゃん。こんなところ居ちゃ」
マスクを付けた女だった。深く野球帽を被って、ボーイッシュな服装。しかし、目元だけで誰だか分かった。というか、俺が間違えるはずもない人物だった。
「加美ちゃん!?」
何故か、平日の昼間に、加美ちゃんはゲームセンターに居た。朝に教室で会ったはずだけど、どういうことだ?
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