第11話 お菓子と子供

 駄菓子屋の近くには、大きめの公園がある。そこの東屋で、俺と色麻は向かい合う形で座った。俺たちの間には、大量のスナック菓子。


 取り敢えず、一つ開けて、食べてみる。一つだけだったらちょっと物足りないくらいの大きさだった。


 色麻も俺を見習って、包装を開け、一口。


「……おいしい」


 そう言う割には、色麻は嬉しそうじゃなかった。


「おいしいけど……」


 色麻は目の前にある大量のお菓子へ目を向けた。


「本当に反省している」


 それから俺たちは、大量のお菓子と格闘した。分かったことは、スナック菓子は沢山食べると、前歯が痛くなってくるということ。


「喉が渇いたわね……」


 一つ目のビニール袋の半分に到達したところで、色麻が自分の喉元を押さえる。


「確かあっちに自販機があったはずだから、お茶でも買ってこよう」


 考えてみれば、飲み物で流し込めばもっと効率が上がるかもしれない。全部食べきるまではいかずとも、家に持ち帰って言い訳できる量にはしたいものだ。

 このまま大量のお菓子を持ち帰ったら、母親に切れられること間違いなしである。それは是非とも避けたい。


「私の分もお願い」


 そう言って色麻が鞄から財布を取り出そうとするので、俺は手を突き出してそれを制止した。


「いや、奢るから何でも好きなのを言ってくれ」


 俺が無理言って付き合ってもらっているのだから、お茶くらいは用意させてほしい。というか、元からそういうつもりで「買ってこよう」と言ったのだが、色麻には伝わっていなかったらしい。


「じゃあ、緑茶をお願い」


 色麻は早くもうんざりした表情で、また一口、スナック菓子を齧った。 

 ペットボトルのお茶を二本購入して、色麻のところへ戻ると、東屋には謎の人だかりが出来ていた。


「ねーちゃんこんなにお菓子食えるの? やべー!」


「フードファイターだ、フードファイター! ネットで見たぞ俺!」


「フードファイターってなに? 強いの?」


「めっちゃ沢山食える人のことだよ。ミツルなんか、めっちゃ小せーから、食べられちまうぞ」


「小さいとか言うなよなー!」


 色麻を中心に、八人くらいの小学生が集まっている。普段は部活をしていたから意識していなかったが、今くらいの時刻ならば、公園で小学生が遊んでいてもおかしくはないのか。


「あ、え、えっと……」


 色麻は人に囲まれ、ただただオロオロしていた。


 ……何だか面白いから、もうちょっと見ていようか。

 俺はブランコに腰掛けて、軽く揺れながら色麻の様子を観察した。慌ててるなぁ。色麻は何というか、独特のペースと世界観がある奴だから、そういうのを乱してくる小学生男子とかは苦手だろう。


「あ」


 ぼーっと見ていたら、色麻と目が合った。

 色麻は立ち上がり、真っ直ぐに俺の方へ歩いてくる。そして、俺の腕を掴んだ。


「お願いだから、助けて……」


 腹の底から出たような声だった。よく見ると、色麻はめちゃくちゃ青ざめているし、身体がぷるぷる震えていた。


 こんなに思いつめられるとは。

 罪悪感。


「なになに、ねーちゃんの彼氏?」


「彼氏パッとしねー顔だな、どこが良いの?」


「フードファイターが彼女って大変そーですね、おにーさん」


 色麻を追って小学生たちがぞろぞろと俺の方へ来る。


 小学生ってどうして男女が一緒に居るだけで彼氏彼女だと思うのだろうか。思えば、司書さんにもあらぬ誤解を受けていたし、意外と世間ってそういうものなのか?


 それなら加美ちゃんと東也の関係も俺の誤解という説はあるのではないだろうか。……いや、キスまでしといて他人って逆にやばすぎるだろ。


「よし、お前ら」


 取り敢えず無駄な思考は横に置いて、俺は小学生たちに話しかける。


「タダでお菓子食べ放題だぞ!」


 俺は東屋の方を指さして、堂々と宣言した。

 これはラッキーだ。小学生とはいえどこれだけいれば、かなりお菓子の数を減らすことが出来るのではないか。


「えー、まじ!? 食べていいの?」


 小学生がぴょんぴょん跳ねて聞いてくるので、俺は深く頷く。


「俺もこのおねーさんもフードファイターじゃないんだよ。寧ろ食べきれなくて困

ってたくらいだ」


「じゃあなんでこんなに買ったんだよ」


 子供の素朴な疑問が胸に突き刺さる。やりたかったけどやってなかったことっていうのは、やっぱりやらないだけの理由があるから今までやらなかったんだなぁ、と、そんな風に思った。


「とにかく、皆で食べよう! な!」


 俺は誤魔化すようにして皆にお菓子を勧めた。色麻もうんうんと首を横に振って同意してくれている。


 そして、俺たち九人は公園の景色を見ながらひたすらお菓子を食べた。サッカー部を辞めてまでやることがこれかよ、とは思ったが、悪い気分ではない。


 もう一度やりたいかと言えば、絶対にやりたくはないが、しかし、一度くらいならば、やってよかったと思える。そんな感じだ。

 世界なんてどうでもいいって態度で、馬鹿をやるのは結構楽しかった。


「それじゃーな!」


「ありがと、おいしかった!」


「また買い過ぎたら呼べよ!」


「今度は甘いお菓子のほうが良いんだけど」


 日が傾き始めると、小学生たちは帰っていった。ちょっとぽっちゃりした子が凄く頑張ってくれたのもあって、お菓子はかなり減った。


「ありがとなー!」


 俺は笑顔で大きく手を振って、小学生達に感謝した。隣では、色麻も控えめに右手を振っている。


 残ったお菓子は一袋だけ。それも、七割ほどである。これなら、持ち帰っても文句を言われる量では無いだろう。

 本当に助かった……。

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