第10話 駄菓子屋と大人買い
「さぁ、次は何をするの?」
先生に報告をして屋上をしっかり施錠してもらった後、俺たちは学校から出て、街へ繰り出した。
「俺の未練を無くすのを手伝ってくれるって言ったよな?」
俺は一応、色麻に改めて確認を取ることにした。
すると、わざわざ確認したのを深読みしたのか、色麻がさっと自らの肩を抱く。
「えっちなのは駄目だから」
頬を桃色に染めて、何を言っているんでしょうかこの人は……。
確かに駅の近くには「そういう」建物があることは事実だが、昨日失恋したばかりなのを忘れてもらっちゃ困る。傷心を別の女の子で慰めようなんていう図太い神経をしていたら、俺は異世界に行きたいなんて望まなかっただろう。
「いや、大人買いっていうのをやってみたくてな」
「大人買い?」
色麻が小首を傾げる。
「ここからここまで全部下さい、みたいな」
「あぁ、それは確かに……やってみたいわね。どこに行くの? ファミレス? 喫茶店? 寿司屋とか? 寿司屋ね」
寿司が好きなのだろうか、色麻はわくわくしているようだった。
「ただの高校生にそんな財力あるわけ無いだろ」
「……そうね」
目に見えて色麻のテンションが下がった。
「まぁ小さい頃の細やかな夢を叶えるって感じだ。ほら、着いたぞ」
そこは、商店街の隅の方、ひっそりとやっている駄菓子屋だった。木製の引き戸を開けて店に入ると「いらっしゃーい」としゃがれた声がする。
来るのは久しぶりだが、ここは本当に変わらない。色々な駄菓子が所狭しと並んでいて、目にも楽しい場所だ。
色麻はそんな内装を物珍しそうにキョロキョロ眺めていた。
「もしかして、駄菓子屋に来たこと無かったのか?」
色麻の家からも、別に遠いわけではないはずだが。
「一緒に行く人が居なかったから、機会が無かったのよ」
目を輝かせて、さらっと悲しい事を言う色麻。何か返事をしようとしたが、それより先に俺を無視して奥の方の駄菓子を見に行ってしまった。
こういうところ、やっぱり人馴れしてないんだなぁと思う。
「さて……」
大人買いをしてやる、と意気込んだが、具体的に何を買うかは決めていなかった。懐かしいなぁと思いながら棚を眺める。
すると、中学生の頃によく食べていたスナック菓子が目についた。
これにしようか。
何かに導かれるように、俺はその駄菓子に手を伸ばした。色々思うところはあるものの、このスナック菓子は俺の思い出の品だ。未練を断ち切るのに、丁度良いだろう。
「おばあちゃん」
俺はレジに座っているおばあちゃんに話しかける。
「どうかしました?」
おばあちゃんは立ち上がり曲がった腰を軽く叩きながらゆっくりと歩いてきた。
「ここからここまで、全部下さい」
俺は三種類の味があるスナック菓子の、全てを買うことにした。
「誰かに配るのかい?」
おばあちゃんがちょっと驚いた様子を見せる。袋に詰めたら、スナック菓子は大きなビニール袋3つ分の量だった。確かに、これは自分だけで消費するのは難しそうだ。
「言ってみたかったんですよ、全部下さいって」
袋を受け取ってから、そう言うと、おばあちゃんは大口を開けて笑った。俺も笑った。思ったより量が多くて、笑った。
やばい。これは、テンションが上がる。
調子に乗って買ってしまったが、本当に食べ切れるのだろうか。
まぁ助っ人も居ることだし、きっと大丈夫だろう。
俺が大人買いをした後、色麻はたっぷり悩んで棒状のいちごゼリーを一本購入して、満足気だった。折角なら、もっと買えばいいのに。
「良いところだったわ」
色麻は半透明のゼリーを太陽に透かして、うっとりとしている。どうやら駄菓子屋は彼女にとって大ヒットだったらしい。
「さて、それじゃあ、食べようか」
俺が笑顔で手に提げているビニール袋を持ち上げる。
「それ、全部スナック菓子なの?」
色麻が袋の中身を覗く。
俺は無言で頷いた。
「貴方がそんな大食らいだったなんて意外だわ」
まるで他人事のように言うので、俺は色麻へビニール袋を一つ差し出した。
「?」
色麻がきょとんとしているので、状況の説明をしてやる。
「俺の未練を無くすの、手伝ってくれるんだよな?」
この時には購入時の熱もすっかり冷めて、俺はかなり冷静になっていた。落ち着いた頭で、スナック菓子の圧倒的質量を感じる。これは、やばい。絶対に一人では無理だ。
色麻の顔色が、静かに青ざめてゆく。
「頑張ろうぜ」
我ながら、消え入りそうな声が出た。
どうして俺は調子に乗ってしまったんだろうか。せめて三種類ある味のうち、一つだったらまだ食べられたかもしれないのに。
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