第4話 公園と……

 帰りの支度が済んだ頃には、すっかり夜になっていた。校庭は特に真っ暗で、見えるものは向こう側の道路を走る車のライトだけだ。校舎には未だにちらほら明かりが見えるものの、次第に暗くなっている。

 眩しいくらいに明るいのは、妙な存在感を放つ自転車置き場だけだ。


「陸、帰りにコンビニで何か食わねぇ?」


 自転車置き場に向かいながら、東也が俺の肩を掴んでくる。


「いや、家に帰ったら直ぐ飯だろ?」


「そうだけどさ、腹減って辛いんだよ、もう自転車漕げないわ」


 長身を支えるにはやはり相応のエネルギーが必要なのか、東也はよく食べるし、よく腹を空かす。だから、遅くまで練習をするとこういう事を言い出すのは珍しくなかった。


「仕方ねぇなぁ……じゃあ、行くか」


「よっしゃ。早く行こうぜ」


 俺の返事を聞いて、東也の歩幅が広くなる。

 自転車置き場に近づくと、そこには人影があった。最初は単に帰りの遅い生徒かなと思ったが、さっきからただただ同じ場所で立っている。どうやら誰かを待っているらしい。


「あ、奇遇だね二人とも」


 誰かを待っていたのは、加美ちゃんだった。携帯を弄って、結構長いこと待っていた様子だ。


 俺のことを待っていたなんてことはないだろうか。


 ……いや、無いか。


「吹奏楽部の娘と一緒に帰ろうかと思ってたんだけど、遅くてさ」


 加美ちゃんは校舎の四階、まだ明かりのある音楽室を見上げた。うちの吹奏楽部は強豪だから、練習時間は本当に長い。下手な運動部より運動していると思う。


「もう帰っちゃおうかな」


 加美ちゃんの青みがかった黒髪が、自転車置き場の灯りで照らされて、不思議な輝きを見せる。


「とーや君、後ろ乗せてよ」


 加美ちゃんはそう言って東也の自転車に近づく。


「二人乗りは犯罪です」


 東也は手を交差させてバツを作り、加美ちゃんを追い返す。


「じゃあいいよ、陸くんに乗せて貰うから」


 今度は俺の方にやってきて、加美ちゃんが自転車の荷台に乗ろうとする。


「いや、危ないから……」


 俺はどう返答したら良いのか分からず、あわあわするのみだ。


「陸が困ってるだろうが。その辺で止めとけ」


 東也が加美ちゃんの頭に軽くチョップを食らわせる。そうすると加美ちゃんはクスクス笑って「はーい」と返事をした。


「亘理くんって反応が可愛いから、ついつい色々やっちゃうよね」


「可愛いっていうのはよく分からんが、反応が面白いのは同意する」


 何か東也と加美ちゃんが頷き合っている。自分を話題に出されると、なんだかちょっとむず痒い。


「ほら、コンビニ行くんだろ。早くしようぜ」


 話を自分から逸らしたくて、俺は東也を急かした。


「あぁ、そうだった。行くか」


 東也と俺が出発しようとすると、加美ちゃんが目の前に立ち塞がった。


「え、なに?」


 俺が首を傾げると、加美ちゃんが腕組みする。


「私も行きたい! コンビニ!」


 まぁ、断る理由も無い。

 一人だけ歩きの加美ちゃんに合わせて、俺と東也は自転車を押してコンビニまで歩くことにした。


 コンビニまで、大した距離はない。むしろ、こうして加美ちゃんと肩を並べて歩けることが、俺は嬉しかった。


 幸せだなぁ、と思った。

 このままコンビニに着かなくても良いのに、とさえ思える時間だった。


「いらっしゃいませー」


 自転車を建物の横につけて、コンビニへ入店。

 俺と東也が買ったのは、フライドチキン。加美ちゃんは豆乳を買っていた。


 イートインスペースで三人並び、それぞれ買ったものを飲み食いする。ガラスの外を見ると、灯りには蛾が集まっていた。夜に明るさを求めるのは、人も蛾も変わらないらしい。


 取り留めのない話をして、しばらく経った後に、俺達三人はコンビニの前で別れた。加美ちゃんの家が何処かは知らないが、東也の家と似た方向らしい。


「それじゃ、さよなら」


 俺が手を振ると、二人も笑顔で手を振り替えしてくれる。


「じゃあね!」


「おー、それじゃ」


 しばらく手を振り合ってから、俺は自転車で走り出した。部活で疲れていたはずなのに、漕ぐ足が止まらない。勝手に口角が上がって、景色がより早く過ぎ去っていく。


 ガチャリ。


 突然大きな音がして、俺はひどく驚いた。自転車のペダルが固まり、動かなくなる。


「どうなってるんだ……?」


 自転車を降り、携帯電話の僅かな灯りを頼りにして自転車の様子を見る。どうやら、チェーンが外れているらしい。


 ここから家までは、まだ距離があった。なんとかこの場で直せないかと思ったが、直ぐには難しそうだ。ここは歩道も無い狭い道路だし、いつ車が通るとも分からない。

 一瞬来た道を引き返してコンビニに行こうかとも思ったが、それは流石に遠いだろう。


「……あ」


 しばらく悩んで、俺は思い出した。そういえば、コンビニより手前に小さな公園があったはず。あそこならスペースは十分だし、結構明るいだろう。


 重い自転車を押して、一人歩く。隣に東也と加美ちゃんが居た時と、やっていることは同じなのに、えらい違いだ。一人だと、辛い。なんだか、身体がぐっと重くなる。


 そうやって歩くと、公園が見えた。ぼんやりと照らされる滑り台に、胸を撫で下ろす。安心して、身体が弛緩した。


「……え」


 しかし、次の瞬間、俺の身体は石のように固まった。

 公園の明かりの下、背もたれもない質素なベンチに、人影があったのだ。それも、人影は二人分あった。


 目を閉じたいのに、閉じることが出来ない。


 手が強張って、上手く動かない。


 そこには、東也と加美ちゃんが居た。


 二人は、口づけを交わしていた。

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