第3話 サッカー部と親友
加美ちゃんと二人でカフェに入るという最高の体験をした俺は、物凄く機嫌が良かった。その機嫌の良さは翌日まで続き、クラスメイトに「お前一日中ニヤけてて気持ち悪かったぞ」と言われるほどである。
気持ち悪いと言われても、別に意識してニヤついてはいないので、どうすることも出来ない。今が人生の絶頂かと錯覚するような感覚は放課後まで続き、俺はスキップで部室へ向かおうとする。
すると、廊下でばったり、色麻に会ってしまった。
皆がそれぞれ、友達と話すとか、部活へ急ぐとかして歩いている中、色麻はただ一人、とぼとぼと歩いていた。
そんな姿を見てしまうと、どうしても、昨日加美ちゃんから聞いた話を思い出してしまう。
一人ぼっち、か……。
俺だって、友達を作るのはあまり得意な方じゃない。今はそれなりに仲がいいやつが居るが、俺だって一歩間違ったら、あんな風に高校生活を過ごしていたかもしれない。
「……あ」
色麻が俺を見て、小さく声を上げた。
俺はその声を聞いて、つい立ち止まってしまう。これ以上コイツに関わる気など全く無かったのだが、何故か俺の足は歩みを止めてしまったのだ。
立ち止まった俺を見て、色麻は無表情のままだ。ただ、じっと向けられる視線。それは明らかに、俺へ何かを期待していて。
でも、駄目だ。
俺は小さく息を吐いて、それから、色麻の横を素通りする。
俺は別に聖人じゃないし、色麻のどうかしている異世界話に付き合うほど酔狂でもない。同類だと思われて俺までハブられてしまったら。そう思うと、やっぱり色麻と話をする気は起きなかった。
俺は後ろを振り返らず、廊下を歩く。
色麻に気を取られていたせいで、部活が始まる時間に遅れそうだ。俺は急いで昇降口を出て、部室棟へ向かった。
「おーっす」
扉を開けながら適当な挨拶をする。部室の中には、既に俺以外の部員が揃っていた。急いで荷物を置いて、運動用の服に着替える。
俺が着替え終えたのを見て、部長の東也が皆に呼びかけた。
「取り敢えず走り込みするぞー」
東也の指示を聞き、部室で談笑していた後輩の四人が立ち上がる。
「はい!」
「よーし、やるか」
俺も立ち上がって、東也に続く。
サッカー部の人数は、六人。二年生が俺と東也、そして後輩が四人の構成だ。大会には他高校との合同という形で出場しているが、間違いなく弱小チーム。
この前引退した俺達の上の世代は十八人も居たのに、どうしてこうなったのだろう。まぁ、こういうことはどの部活にでもあることだが。
とにかく、一度も勝てたことのない現状で、腐らずに練習を取りまとめている東也には頭が上がらない。
「じゃあ何時も通り、外周十周!」
「よっしゃあ!」
適当に声を出しながら、校門を出て、学校の周りを走る。最初は辛かったこの外周も、一年続ければ結構慣れてきた。今では鼻歌でも歌いながら走る余裕すら出てきたくらいだ。
「陸」
先行していた東也が、少しだけスピードを落として俺の隣につく。
「どうした?」
アスファルトを蹴りつけながら、俺は東也の方を見る。
「いや、何か良いことあったのかなぁ、と思ってさ」
東也の日に焼けた肌が、薄っすらと汗をかいて輝く。なんでこいつは、いつでも妙に爽やかなんだろう。
「一つだけ言うとすれば、あのカフェ、教えてくれてありがとうな。滅茶苦茶良いところだったわ」
俺は再び加美ちゃんの事を思い出しながら、東也に感謝した。あのカフェは何を隠そう東也のオススメである。俺はあんなカフェ、一人で入るのはとても無理そうだが、東也なら一人で座っていても様になりそうだから不思議だ。
「おぉ、行ったんだ。気に入ってもらえたなら良かった。結構周りに好評なんだよ、あそこ」
そう言って東也は人懐っこい笑顔を見せた。俺より背が高いのに、笑い方が妙に子供っぽい。
それっきり、会話は途切れた。互いの荒い息遣いと、地面を蹴る音。汗が静かに流れ、首筋をくすぐる。既にびしょ濡れのTシャツでそれを拭って、また走った。
「……そういえば、もう七月かぁ」
何となく、といった感じで東也が呟く。確かに、景色はすっかり夏らしくなっていた。木々は益々青々としているし、汗がこんなにも出るほど暑い。
七月、七月か……。
「そういえばさ、加美ちゃんの誕生日って、七月だったよな」
「あぁ、確かそうだったな」
「誕生日の当日は休日だから、会うのは厳しいだろうけど、プレゼントぐらい渡しても大丈夫だよな」
別におかしなことを言ったつもりは無かったのだが、俺の言葉を聞いて東也は声を上げて笑った。
「渡して大丈夫って何だよ。プレゼントなんて、貰ったら大抵は嬉しいもんだろ」
「いや、他人から渡されたらちょっと嫌だろ」
例えば、どっかの女子みたく唐突に連絡先を渡すとか。
「お前と加美ちゃんが他人か? どう考えても友達だろ」
「まぁ、それはそうかもしれないけど」
少なくとも加美ちゃんが俺の渡したプレゼントに嫌な顔をするのは考え辛かった。でも、万が一何か失礼が有ったらと思うと、怖い。
「陸って変なところで自信無いよな」
東也の表情を直接見はしなかったが、声色で苦笑しているのが分かった。まぁいつも自信たっぷりでイケメンな東也さんにはこの気持はわからないかもしれませんがね。
「一応、プレゼントは用意したんだよ」
「おっ、良いじゃん。何プレゼントすんの?」
東也が心なしかこちらに寄って質問してくる。制汗剤の香りが、ふわりと舞った。
「この前、東也と加美ちゃんと、廊下で話した時にさ」
「あぁ、あの時な」
「加美ちゃんが最近紅茶にはまってるって、言ってたじゃん」
「おぉ、そういうさり気ない会話から欲しい物を推理するのはポイント高いんじゃないか」
東也が褒めるので、まだ発表もしていないプレゼントの選択が、俺は段々正しかったのではないかと思い始めた。
「だろ? だから、紅茶関係のものとか、どうかなって」
「それで?」
「まぁ、でも俺って紅茶の知識無いし、ちょっと調べたい程度で選ぶのも微妙かもって思って……」
俺は駅前のデパートで一日探し回ったのを思い出しながら、選んだプレゼントの名前を告げる。
「ティーカップを買った」
「へぇ、無難だけど良いんじゃないか?」
「ただ、普通のティーカップだとあまりに無難すぎるかなと思って……」
「ほぉ」
「その……ハート型にしたんだ」
「ハート!?」
東也が素っ頓狂な声をあげた。
「やっぱり、おかしいかな?」
そんなに驚かれるとは思っていなかったので、俺はかなり焦った。何か違う気がしていたけど、このプレゼントはやっぱり外してたのか。
「いや、確かに加美ちゃんはハートの小物とかよく持ってるけど……ハートのティーカップか。いや、でも多分、喜ばれると思うぞ。お前が加美ちゃんにハートのプレゼントを渡すっていう事実がちょっと面白いし」
東也は走りながら、爽やかにはにかむ。
……まぁ、確かに考えてみればちょっとネタ感のあるプレゼントかもしれない。そう言われると不安になってきたな。
「いや、まぁちょっと変わったチョイスだけど、間違いなく喜ばれると思うぞ。本当に。加美ちゃんは絶対喜ぶって。まず陸からプレゼント貰ったって事実自体、嬉しいだろうし」
東也は俺の表情を見て、肩をバンバン叩いてくる。
「だよな! 持ち手のところもハートだけど、大丈夫だよな!」
俺が買った商品を思い浮かべていると、東也は走る足を少し遅くした。
「持ち手もハートなのか……。いや、まぁ、加美ちゃんハート好きだから……大丈夫だろ」
何やらブツブツ考え込む様子の東也。
これ以上話しても不安になるだけな気がしてきた。
「東也は加美ちゃんに何も渡さないのか?」
とにかく話を変えようと思って、俺は東也に質問する。東也なら人にプレゼントとか慣れてそうだし、どういう選択をするのか気になるところだ。
「いや、俺はいーよ。陸に悪いし」
しかし、東也は冗談めかして首を横に振るばかりで、プレゼントは送らないとのことだった。
「俺に悪いって何だよ。東也も加美ちゃんとはよく話すだろ。用意しといた方が良いんじゃねーの」
そもそも俺と加美ちゃんが知り合ったのも、東也経由なのだ。一年生の時、サッカー部のマネージャー候補として東也が連れてきたのが、加美ちゃんだった。その時は、クラスメイトでよく話すから誘ったとか言ってたっけ。まぁ、結局加美ちゃんはマネージャーにはならなかったのだが、その時から俺は加美ちゃんと話すようになったのである。
本当に悔しい話だが、仲の良さで言えば俺と加美ちゃんよりも東也と加美ちゃんの方が仲が良いだろう。俺が渡すのに東也が渡さないというのは、ちょっと妙な気がした。
「ま、適当に考えとくよ。俺も何か、ハートのやつにするかな」
冗談めかして言う東也。
「無意味に被せるなよ……」
そんな風に話しながら走っていると、校門の前で後輩達が立ち止まっているのが見えた。なんだ途中で立ち止まって情けないなぁと思っていたのだが、どうやらそういう訳では無いらしい。
「いつまで走ってるんですか先輩達は……」
後輩の内一人が、呆れたように半目で俺達を睨む。どうやら俺達は楽しいお喋りに集中して、途中から何周走ったか数え忘れていたらしい。
「すいませんでした……」
先輩二人が後輩に謝罪する図。
謝罪した後、東也と顔を見合わせる。何か分からないけど可笑しくて、二人で笑ってしまう。
「いや、反省してくださいよ」
言いながら、後輩達も笑う。
「よっしゃ、じゃあ、次はパス練習するか!」
東也が用具の入っている倉庫へ歩き出したので、後輩達が走ってそれを追いかける。俺は水分補給しながら、その後姿を見ていた。
そもそも俺は東也に「サッカー部はモテる」と熱弁されてこの部活に入った。だからサッカーに大して興味は無かったのだ。それがこんな少人数でも続けているのは、やっぱり、楽しいからだ。
勝てなくても、こうやって、この面子で身体を動かすだけで、楽しい。
「陸! 早くしろよ!」
「おー!」
ペットボトルのキャップをきつく閉めて、俺は走り出す。
練習は、遅くまで続いた。
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