第19話 コスモ

 ストレンジ博士の研究室では、エイリアンのスーツを纏ったユウキが、激しい痛みと格闘していた。ユウキは、この痛みに耐えて、スーツの全てを受け入れようと心に決めていたのだが、あまりの激痛に意識が遠のいて、気を失ってしまった。

 無意識の世界の中で、ユウキは夢を見ていた。誰かが話しかけてくるのだが、相手の姿が、ぼやけてよく見えなかった。

『……私の名は、コスモ……』

「コスモ? 誰?」

「……」

 意識を失って、どれくらいの時間が経ったのか、ユウキが目を覚ますと、心配そうに彼の顔を覗き込んでいる博士の姿が見えた。

「博士、……僕はどうなったのか?」

 ユウキは、慌てて起き上がり自分の身体を確認すると、エイリアンのスーツを着たままで、痛みは既に無かった。

「どうだ気分は?」

「問題ありません」

「お前は一時間ほど眠っていた。その時に何か変わった事は無かったか?」

 博士の問いに、ユウキは夢の中での事を思い出した。

「ああ、夢の中での事ですが、コスモという名前を聞いたような気がしますが……」

「それだ! コスモに話しかけてみろ、何らかの応答があるはずだ」

 ユウキは、言われるままに、誰とはなしに話しかけた。

「コスモ、僕はユウキだ。居るなら答えてくれ!」

『ユウキ、私がこのスーツをコントロールしているAIのコスモです。ユウキを我が主と認めます』

 ユウキの頭の中でコスモの声が響いた。それは、若い男の声だった。

「君の声を博士にも聞かせたいのだが?」

『ラジャー』

 すると、エイリアンのスーツからコスモの声が聞こえて来た。

『最初に、簡単に自己紹介をしますと、私はワンダー星で作られたサイボーグスーツです。一万年前、私達の主である一組の夫婦がこの星にやって来ました。二人は、幸せに暮らしていましたが、数年後、妻は病気で亡くなってしまいました。彼は、妻の亡くなったこの星を離れようとはせず、一年後、妻の後を追うようにして、私達を遺して亡くなったのです。

 五百年前の核爆発で私は目を覚まし、この大陸の放射能を除去して、次の主が現れるのを待っていました。そして、貴方と巡り合ったのです。

 では、スーツとの一体化の説明をしておきましょう。ユウキとの一体化は第一段階が終わった所です。完全に一体化出来るのは一月後です。それまでは眠ってもらわなければなりません』

「ひと月もかかるのかい?」

『このスーツは、人間が自在の動きに耐えられるように、細胞を変化させて肉体を改造します。急激に細胞を変化させると、人間の身体が壊れてしまうのです』

「僕の身体はどうなってしまうのかな?」

 それは、ユウキが一番気になっている事だった。

『生身の細胞を変化させて強力な肉体を作るのです。見た目は、普通の人間ですが、人間としての機能を維持したサイボーグ人間になるのです』

「良かった、安心したよ。機械人間になってしまうんじゃないかと、心配していたんだ」

『スーツとの一体化が終われば、スーツの使い方や戦闘能力等が、脳に移植されますから、目が覚めれば、あなたは最強の戦士として生まれ変わります』

「もう一つ、何故、僕達を護ってくれるんだ?」

『本来、只の内戦なら双方に力を貸す訳にはいきませんが、この星の場合は一方的な侵略戦争なので力を貸します。あなたの事は全て調べた上で、このスーツを纏う人間として相応しいと判断しました。眠っている間は、守護ロボットのフレアとルナが、この国を護りますので安心して下さい』

「分かった。では、一体化を進めてくれ」

『ラジャー』

 ユウキは、研究室の、奥にあるベッドに横になった。

「ストレンジ博士、今の話をステラに伝えて頂けますか?」

「任せろ。いい夢をな」

 ユウキは長い眠りに就いた。

 暫くして、連絡を受けたステラが、血相を変えて飛び込んで来た。

「博士! ユウキは?」

「そこだ。心配は要らん、今、長い眠りに就いたところだ」

「博士、何故止めてくれなかったのです!」

 ステラは、ストレンジを睨んでからユウキの前に来ると、スーツに取りすがって声を上げて泣きだした。

「これが、戦士としての彼の決断だ。お前が同じ立場だったらどうした?」

「それは……」

 ストレンジは、涙にくれるステラの傍に来て、先ほどのコスモの話を聞かせた。すると、ステラの顔が見る見る変わって、ストレンジの胸に顔を埋めた。

「心配いらんと言っただろう。一月後には、新しいユウキに会える。お前のユウキにだ。この戦争は終わるぞ」

 ステラの涙は、嬉し涙に変わっていた。

 ストレンジ博士とステラは、仕事が一区切りつく度に、ユウキの傍にやって来て時間を過ごしていた。 

「ステラ、ネーロ帝国への侵攻の話は進んでいるのか?」

「はい、でも、どう攻めれば良いか、意見が分かれています。ネーロ帝国には何の罪もない四億の民がいますから、無差別攻撃をする訳にもいきません」

「そうだったな。人を人とも思わぬムミョウの事だから、いざとなったら国民を盾にしてくるのは間違いなかろう。帝国への侵攻は、ユウキの力をもってしても簡単にはいかんかも知れんな……」

 博士は腕組みをしながら、顔を曇らせた。

「博士。サウスシティでの戦いでは、サイボーグスーツを纏ったヤミの前に、私達は成す術がありませんでした。ヤミの様なサイボーグスーツが何体も出てきたら、ユウキがいくら強くても対応出来なくなります。私達の戦闘スーツのパワーアップをお願いします」

 ステラの必死の目がストレンジを見つめた。

「分かっておる。修羅化したステラでも、ヤミには勝てなかったのだからな。スーツの強化を急がねばならんのだが、まだ新しいスーツは完成しておらんのじゃ」

 ストレンジは、戦闘スーツの開発責任者として、誰よりも新しいスーツの完成の為に、辛労を尽くしていたのである。

「コスモ、スーツの性能を上げる為の知恵は貸して貰えないの?」

 ステラが、エイリアンのスーツに語り掛けた。

『知恵はお貸しします』

 コスモが答えると、ストレンジが目を輝かせた。

「ありがたい。早速頼めるか?」

『ラジャー』

 次の瞬間、クリスタルのボディのロボットが、博士の前に具現化された。

『守護ロボットのルナです。彼女に何でも聞いてください』

 現れたルナは、博士が話しづらそうにしているのを見て、人間の女性に変身した。彼女は、身体を自在に変化させることが出来るようだ。

「おお、これは綺麗なお嬢さんだ。ルナ、あっちで話そう」

 ストレンジ博士とルナは、スーツの改造に没頭して、一週間後に一体のスーツを完成させた。

「ステラ、エイリアンの科学力は凄いぞ。テストしてみてくれ」

 ステラは新型スーツを着用して、エネルギー弾、ビームサーベル、シールド、スピード等を試してみた。

「博士、すごいわ! 全てのパワーが倍加しています。これなら、ヤミと戦うことが出来ます」

 ステラの声が弾んだ。

「そうか、大成功じゃな。ルナありがとう」

 博士とルナががっちり握手すると、ルナは霧になって消えた。

 新型スーツはALIENの頭文字を取ってAタイプと名付けられ、工場では戦闘スーツの大量生産に入り、全戦士に配布する手筈が整えられた。

 ネーロ帝国への侵攻の準備が着々と進む中、一月が経った。

 ステラ達が見守る内、ユウキの戦闘スーツの孔雀がひと際鮮やかに輝くと、彼はむっくりと起き上がった。

「あなた、大丈夫なの?」

「ああ。頭に、いっぱい情報を詰められた感じだ」

『すぐに慣れてきます。宇宙へ出て、少し身体を動かして来ましょう』

「このスーツの試運転だね。どんな力なのか楽しみだ」

 ユウキは研究所の外へ出ると、一気に空へ舞い上がった。次の瞬間、彼は、サファイヤ星を遥かに望む宇宙へと飛び出していて、ユウキのコバルトブルーのスーツは黄金に変わっていた。彼は更に加速し光速に達すると、サファイヤ星は瞬時に銀河の星の中に消えていった。

『この銀河なら、ワープ航法を使えば、数時間で何処へでも行く事が出来ます』

「百万光年を数時間で? 考えも及ばない速さだな」

 ユウキは、暫く光速飛行を楽しんだ後、近くの星に降り立つと、戦闘能力を確かめる為に、守護ロボットのフレアを呼び出した。フレアも女性型ロボットで、燃える身体は傍に居るだけでも熱いほどである。彼女の高速の動きは、人間の目には捉えられないほど早かったが、ユウキにはその動きがよく見えた。

 拳で、エネルギー弾で、ビームサーベルで、ユウキとフレアは全力で戦ったが、彼女と互角に戦えるだけの戦闘能力を、彼は既に身に着けていた。

 最後にユウキは、直径数キロはあろうかという小惑星の前に来て、両手を前面に突き出し、渾身のエネルギー弾を放った。彼が、凄まじい光と衝撃を身体に感じた瞬間、小惑星は木っ端微塵に吹き飛んだ。

「何!!」 ユウキはその威力に恐怖を覚えた。今までの力の数百倍、いや、それ以上のパワーがあった。

ユウキは、自分に今起こっている事が現実なのかと、まだ夢心地だったが、太陽系を一周し、サファイヤ星へ帰る頃には、最強スーツの力を自分のものに出来たという事に興奮を隠せなかった。そして、この力をいかに使うべきかを思いあぐねた。

 研究所に戻ったユウキは、スーツの性能を博士達に報告して、ステラと共にサウスシティへと帰っていった。

 ステラハウスに戻ったユウキは、スーツを脱いで、その裸体をステラに見せた。ステラは一瞬顔を背けたが、その身体に大した変化の無い事が分かると、傍に来てあちこちを触りだした。

「ステラ、くすぐったいよ。少しマッチョになったけど、この通り見かけは普通の人間だ。エイリアンの技術は凄いね」

 ユウキは、ステラを抱き寄せ唇を合わせた。

「どう? キスの感触は変わっているかい」

「変わらない」

 ステラは、ユウキの顔や身体を見つめていたが、下半身から目をそらした。

「早く服を着て」

「君が脱げばいいじゃないか」

「えっ」

 ユウキは、戸惑うステラを抱き上げると、ベッドに入り、口付けをしながら彼女の服を優しく脱がせていった。

 ユウキの愛撫に身を任せている内、ステラは、心の制御が効かなくなっていた。

 肌を合わせ合うと、今迄抑えていた思いが溢れだして、二人は、その海の中で、激しく絡み合い、求め合った。ユウキが思いの丈を彼女にぶつけると、彼女は弾け、歓喜の声をあげた。

 これが、二人の最初の契りとなった。二人は何度も愛し合った後、ベッドの上で、その余韻に浸っていた。

 ステラは何を思ったのか、ユウキの手を取って自分の腕を掴ませた。

「実はね、私の両腕、両足の筋肉もサイボーグ化してあるの。分かる?」

「えっ、何時そんな手術をしたんだい」

 ユウキが少し驚いたように聞いた。

「十五歳の時、最初に修羅となった時に全ての筋肉を壊してしまったの。修羅化は怒りに任せて人間の限界を超えた動きをしてしまうから、身体を壊してしまったのね。それで、ストレンジ博士がサイボーグ技術を駆使して手術をしてくれて、戦士として戦えるようになったの」 

「そうだったのか。この身体で、国を護って来たんだね。君は凄いよ」

 ユウキは、感謝の思いを込めて、ステラの顔や腕に何度もキスをした。

「あなたこそ、私なんかの為に二度も命を投げ出すなんて……」

「ステラあっての僕だからね。惚れてしまったのが運の尽きさ」

「何それ?」

 二人は声をあげて笑った。

 ステラとユウキは、明日からの戦いの事を思いながら、抱き合って眠りに就いた。

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