第13話 ステラの結婚

 数日後、ユウキの許へハダル大佐が例の如く坊主頭を撫でながら現れた。

「ユウキ、その顔はどうしたんだ!?」

 ハダル大佐は、目を丸くしてユウキの黒い顔を覗き込んだ。

「ストレンジ博士の研究所で、戦闘スーツのテストを手伝っていて火傷したんです。大佐には連絡しませんでしたが、前線にも出ていますので心配いりません」

「そうか、それならいいが。それでな、陛下が観戦する御前試合が、近々行われる事が決まったんだ。その試合にユウキも出場してもらいたいんだが、どうだろう?」

「是非やらせてください。勝ち負けは分かりませんが、全力で臨みます」

「議長の息子でデネブという大佐も出るんだが、議長派の中では最強と言われている。……実はな、最近、ステラ様とデネブとの結婚の話があったらしい。元々、あの二人は婚約していたから驚く事でもないんだが」

「えっ、それは本当ですか? 彼女からは何も聞いていませんが」

 ユウキの顔に、一瞬、動揺の色が浮かんだ。

「ステラ様は、うんとは言わんだろうが、陛下も、議長を敵に回したくない気持ちもあって、むげに断れないのが現実だ。そこのところをユウキも心得ておいてもらいたいんだ」

「分かりました。その件は、ステラ次第ですからね。万一の時は、ステラを攫って、駆け落ちでもしますか」

 そう言って、ユウキがニッと笑った。

「まあ、その位の気持ちでいてくれた方が、こちらも安心だ。では頼むよ、腕を磨いておいてくれ」

 ハダルはそう言うと、頭をなでなでしながら、さっさと帰っていった。

 同じ頃、王宮の女王の執務室には、将軍アレクとステラが呼ばれていた。

「お母さま、今日は、どういったご用件でしょうか?」

「他でも無い、貴女の結婚の話なんだけど。アルデバラン家からは矢の催促で、いつまでも誤魔化しきれなくなっているの。あちらにも家の面子というものが在るから、無下に私から断るわけにもいかないのよ……」

 アンドロメダは、困り顔でステラを見た。

「戦争下のこんな時に、何を考えているのか分からないわね。私が出向いて結婚の意思がない事を納得してもらいます」

「そうして貰えるとありがたいわ。アレクに同行してもらうから」

「お兄さま、宜しくお願いします」

 アレクは、軍の最高司令官で、ステラの姉、アトリアの夫でもある。

 二人は、日を改めてアルデバラン家を訪れた。

 そこは、王宮にも引けを取らないような大邸宅だった。彼は、議会の議長を務める、この国随一の実力者なのである。

 庭園が見通せるガラス張りの応接室に通されると、議長アルデバランと、長兄デネブが出迎え、薄いブルーのロングドレスで正装したステラが挨拶した。

「議長、お忙しい中、時間を取っていただいて申し訳ありません」

「いやいや、姫様こそよくおいで下さいました。今日は、また一段とお美しい、ドレスがよくお似合いです。……それで将軍は、何故、同行されているのですか?」

 アルデバランがアレクを訝し気に見ながら聞いた。

「今日は、ステラの義兄として同行しています」

「なるほど、そうですか。それで、御用の趣きはなんでしょう」

 ステラが、アルデバラン親子に視線を注ぎながら、静かに話し始めた。

「他でもありません。デネブ大佐との結婚のお話を再三頂きましたが、そのお話を、正式にお断りさせて頂きたいのです」

 今まで、ステラの美しさに見とれていたデネブが、顔色を変えて「何!」と立ち上がるのを、議長が制した。

「それは、何故ですか? アルデバラン家と王家に姻戚関係が出来れば、国にとっても大きなメリットがあると思いますが」

 ステラは、議長の厳しい視線を受けながらも、毅然として言った。

「私には、既に未来を誓った人がいます。その人以外嫁ぐ気はありません。本来、アルデバラン家からの縁談を反故にするなど、世間では考えられない事ですが、親不孝な娘と母も呆れている事でしょう。私の我儘を何卒お許し下さい」

 ステラは、立って深々と頭を下げた。その瞬間、デネブが、顔を赤らめ声を荒げた。

「その男は誰だ!」

「誰にものを言っているんだ!」

 アレクが一喝し、デネブを睨みつけると、ステラは、それを制した。

「それは、個人的な事ですので申し上げられません」

 デネブは、増々頭に血が上ったのか、充血した目でステラを睨んで怒鳴った。

「姫が頭を下げたくらいで、この俺の気が収まるとでも思っているのか!? 皆に、ステラに振られた男として笑いものになるんだぞ!」

 議長が、やれやれといった表情で息子を見ながら言った。

「愚息ではあるが、息子は息子だ。何とか身の立つようにしてやってくれまいか」

 ステラは、暫く考えていたが、意を決したように顔を上げた。

「今回の御前試合には私も出ます。私に勝てば、貴方の妻になりましょう。貴方に自信がなければ、代理人を立てて頂いても結構です。負けたら、男らしく諦めて下さい。それならどうです?」

「いいだろう、その言葉を忘れるな!」

 デネブが、そう言って不敵な笑いを見せた。

「議長と、将軍が証人です、いいですね。今日はこれで失礼します」

 ステラ達が席を立って、議長が二人を送り出した後、デネブに言った。

「お前、あのステラに勝てるのか? あんなかわいい顔をしているが、戦えば鬼になるんだぞ。無謀もいいとこだ。嫁どころか、その命も危ういぞ」

「あんな女に馬鹿にされてたまるか。議長派の威信にかけて、どんな手を使ってでも勝ちます」

「ふん、やった事の責任は取れるんだろうな?」

「父上、お任せください」

 一方、ステラも、アレクに詰め寄られていた。

「ステラ、いくら何でも、勝った者の妻になるなんて無謀もいいとこだ。奴らがどんな手を使ってくるか分からないのに、万が一の時はどうするんだ」

「お兄さま、すみません。ああでも言わなければ、デネブは納得しなかったと思います」

「そうかも知れんが、陛下にどう説明したらいいのか……」

「ごめんなさい。お母さまには、お兄さまから良しなに言っといて下さい」

 ステラはそう言うと、戦闘スーツを纏って飛んで行った。

 彼女は、真っすぐユウキの家に向かっていた。窓を叩き、ユウキが迎え入れると、彼をベッドに押し倒した。

 何があったのか聞こうとした、ユウキの唇を彼女の唇が塞いだ。ユウキは、激しく求めてくるステラに戸惑いを感じながらも、それに応えていった。

「その顔、治るの?」

 ステラが、唇を離し、黒くなっているユウキの顔を撫でた。

「ドクターの話では、軽いやけどのようだから心配ないそうだ。それで、何かあったのかい?」

「今ね、御前試合でデネブに負けたら、彼の妻になると約束して来たの」

「えっ」と声を呑んだユウキが、ステラの顔をじっと見つめた。

「ステラが負けるはずもないが、万が一負けても僕が渡さない。南の大陸にでも行って二人で暮らそうよ。実は、いい場所を見つけてあるんだ。例え、この星の全ての人間が敵になったとしても、僕はステラを離さない」

「ありがとう、ユウキ」

 ステラの美しい緑の瞳が潤み、再びユウキに抱きついた。

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