第11話 ライト王国軍のユウキ

 ユウキと共に軍の門をくぐったのは、彼と同年代の三十名の若者達だった。

 軍での訓練は厳しかったが、ロータスの凄まじい訓練に耐えて来たユウキにとっては、さして苦になるものでは無く、共に汗を流す仲間を気遣う余裕さえあった。

 入隊して一月が経って、戦闘の練習試合が行われるようになると、ユウキの実力は群を抜いていて周りの者を驚かせていた。

 その才能が上官の目に止まり、ユウキは、待ち望んだ前線への赴任を命じられたのである。入隊して二カ月にも満たない新兵が前線に出る事は、異例の事だと上官は話した。

 ユウキは、戦地へ行くならば、慣れたスーツがいいと申告し、自分のスーツを着用することを許された。

 赴任地は、北部沿岸部のノースライト基地である。

 基地での彼らの任務は、レーダーが何かを捉えた時のスクランブルと、ネーロ帝国との境界海域の偵察、監視だった。十人体制で、一日三回、戦闘スーツで境界海域付近を飛行し、異常の有無を確認するのである。

 着任後、敵がいつ現れるかもしれないという緊張感で、落ち着かない日々を送っていたユウキだったが、終にその時が来た。

 それは、ライト王国から北へ数千キロ離れた海域の、七百メートル上空を飛んでいる時だった。

 突然、「ドン!」という音と共に、ユウキの隣を飛んでいた兵士が火炎に包まれ、落下していった。

「落ち着け! 散開して相手の出方を見るんだ!」

 隊長の、怒鳴るような声が響いた。ユウキは、咄嗟に急上昇し、その空域から離れて眼下を見下ろすと、ネーロ軍の黒いスーツ部隊二十人が、味方に襲い掛かろうとしていた。

 ユウキは、即座に複数の敵に照準を定めロックすると、両手を開きエネルギー弾を連射した。

 放たれたエネルギー弾は、オレンジ色の尾を引いて一気に八人の敵に命中すると、彼らは火炎に包まれ落ちていった。

 次の瞬間、眼下の敵に気を取られていたユウキの背中に、幾つものエネルギー弾が炸裂した。

 ユウキは、一瞬、気持ちが飛んだが、直ぐに体勢を立て直して振り返ると、新たな十人の戦闘スーツ部隊が雲の中から現れていた。

 ユウキは、エネルギー弾で応戦して、五人を撃破すると、ビームサーベルを抜いて敵に斬り込んでいった。五対一の戦いだったが、ユウキには相手の動きがよく見えて、次にどう動くかも予知できた。

 ユウキは、予備のサーベルを取り出し二刀流を振り回して二人を倒し、残りの三人との決戦になった。

 一斉に斬り込んで来た三人の内、二人をユウキのサーベルが一瞬で捉えたが、三人目のサーベルが無防備になった彼に振り下ろされた。次の瞬間、その敵はスーツを切り裂かれて落ちていった。シールドを剣のように変化させた、ユウキの見えない剣、エアーソードが炸裂したのだ。

 眼下の敵は味方が蹴散らしていて、初陣となる戦いは勝利で終わった。

 初めての実戦にもかかわらず、落ち着いている自分があった。敵との交戦も、ユウキの動きが勝り、ロータスとの修行が、いかに実戦に即したものであったかを確認することが出来た。被弾した背中の部分も無傷で、スーツの性能の良さにもユウキは感謝した。

 ユウキは仲間達と、海上に落ちた味方の兵士を救助し、基地へと帰った。

 こうした戦いが何回か続き、数カ月が経った頃、ユウキは隊長として指揮を取っていた。

 一チームが、十人から二十人へと増員されたユウキの部隊が、偵察飛行中に百人を超すネーロ軍の大部隊と遭遇したのだ。ユウキの部隊は懸命に戦ったが、敵が多すぎて、ユウキ自身も味方を護って負傷してしまった。

 彼は、味方を後退させると、敵の大軍の前に躍り出た。「耳を塞げ!」ユウキの声が響いた瞬間、戦闘スーツの胸の部分が振動し、凄まじい音と共に音波砲が発射された。射程内に居た敵は、悉く、スーツを破壊され落ちて行った。

 軍の中で、ユウキの名前が日毎に有名になり、ステラの耳にも入るようになった。彼女は、ユウキの活躍を一時は喜んだが、死にはしないかと心は騒いだ。

 ユウキは、背中の火傷の治療の為、一旦前線を退き入院することになった。彼は、味方を守る為に身体を盾にしたのだが、さすがのスーツも限界を超え、火傷したのである。

 入院三日目の軍病院に、ステラが兵士の見舞いにやって来た。

 彼女は、軍と病院の関係者数人を連れて、一人一人の話を聞きながら励ましの言葉をかけていった。傷ついた戦士たちは、ステラの暖かい声と優しい言葉に、そして、その手の温もりに癒され、再起を誓うのだった。

 ステラは、一時間ほど経ってユウキの部屋に入って来た。

 ユウキは、サファイヤ星での彼女との最初の出会いに胸をときめかせた。軍服姿の彼女は、ユウキを見ると優しく微笑みかけた。

「どこが悪いの?」

「背中の火傷です」

「そう、無理をしちゃだめよ、スーツを過信しすぎてもダメ。貴方は真っすぐすぎるのかも知れないわね。この戦争を終わらせるまでは死ぬ事は許さない。命を大事にしなさい」

 ステラが厳しい顔になって言った。

「肝に銘じます」

「何か欲しいものはある?」

 ユウキは、何かないかと思案していたが、悪戯っぽい笑みを浮かべて、

「ステラ様を、私の妻に欲しいです」

 と真顔で答えた。

「貴方が、この世界最強の戦士になったら結婚してあげるわ」

 ステラは、動揺する事も無く言葉を返した。

「約束ですよ」

 周りの者たちは、最早あきれ返っていた。ステラは、ユウキの手を取って「お大事に」と笑顔を残して去っていった。

 ユウキは、ステラに求婚した身の程を知らぬ兵士としても、名前を轟かせた。

 それから、数か月が過ぎ、ユウキは少佐に抜擢されていた。異例中の異例の人事だったが、ロータス肝いりのユウキの事は皆知っていて、特に大きな反響は無かった。ロータスの軍への影響力は、未だに大きいものがあるとユウキは思った。

 少佐になると、ユウキは基地の外に住む事を許され、基地の近くに部屋を借りた。彼の部屋は、小さなマンションの二階にあって、部屋に入るとベッドと備え付けの衣装ケースがあるだけだった。

 引っ越したその日、ステラが、突然、顔を見せた。

「少佐昇進おめでとう。貴方がこの世界で認められつつある事が嬉しいわ」

「ありがとう。全て、君やロータス様のお陰だ」

「貴方の頑張りがあったからよ。それにしても、何も無いのね。食事なんかはどうするの?」

「家に帰る事も少ないから何にも要らないさ。食事は、近くのレストランで外食するつもりだ」

 ユウキはステラをベッドに腰掛けさせて、自分もその横に腰を下ろした。

「こうして二人だけで話せるのも、この世界に来て初めてだね。地球で、二人で暮らした日々が懐かしいよ」

「ほんとね」

 ステラも、その頃を懐かしむように、目を細めた。

「そうだ、ステラに聞きたい事があったんだ」

 ユウキが何かを思い出して、彼女を見た。

「聞きたい事って?」

「地球に来た時に、キスしてくれたけど、あれは何だったのかな?」

「あれは……。頑張ったご褒美かな?」

「やっぱりね。僕は恋愛対象外だもんな」

 ユウキが苦笑いをしてステラを見ると、彼女は不意に唇を合わせて来た。ステラの真意が分からないユウキは、彼女の肩を持って、無理やり唇を離した。

「? ステラ、冗談なら怒るよ」

「ユウキは私が嫌いになったの?」

「好きな事は好きだが、君の事は諦めた。例え君が他の男に抱かれても、今なら我慢出来る」

 ユウキがきっぱり言うと、彼女の目から涙が溢れた。

「ステラ、何を泣くんだ? そうさせたのは君じゃないか」

「……こんな事、今更言えた義理じゃないんだけど。実はね、地球から帰った時、貴方の事を愛している自分に気がついたの」

「僕を愛してるって?」

 ユウキは驚いて、ステラの濡れた緑の瞳を見つめた。

「そうよ。私が愛しているのは貴方だけ、私の夫になる人は貴方しかいないと決めています。本当にごめんなさい、貴方に、なんて詫びたらいいのか……」 

 そう言って涙を流す彼女の手を、ユウキがそっと握った。

「本当なんだね? 信じていいんだね?」

 ユウキの真剣な眼差しに、ステラが頷いた。

 命までも捨てようと思った愛する人。彼の中で、一度は消えた恋の炎が再び激しく燃え始めた。胸の鼓動が高まり、どうしようもない想いが溢れると、ユウキは彼女を強く抱きしめた。彼女の鼓動を身体に感じるだけで、ユウキの胸は痺れた。

 見つめ合っていた二人は、どちらからともなく唇を合わせ、互いの想いを確かめるように、長く激しいキスをした。思いの丈を互いの唇に込めて、二人は何時までもその唇を離そうとはしなかった。

 二人が、やっとの事で唇を離した時には、思いを放出しすぎて、抜け殻の様な気分になっていた。

 ステラは、起き上がって、服や髪を直してユウキに言った。

「ストレンジ博士に、戦闘スーツのお礼に行かない?」

「行こう、お会いしたいと思っていたんだ」

 二人は、すぐさまストレンジ博士の研究所へと飛んだ。

 研究室のドアを開けると、博士は、難しい顔をして何かの本を開いていたが、ステラとユウキを見ると笑顔に変わった。

「君がユウキか、よく来たね」

 博士はユウキと笑顔で握手をして、二人をソファーに座らせると、白髪をかきあげ、度のきつい眼鏡を直して二人の前に座った。

「二人共、いい顔をしている、愛し合っている顔だ。早く戦争を終わらせて、お前達の赤ん坊を抱かせてくれ」

 二人は、はにかみながら「はい!」と返事をした。 

「博士、素晴らしいスーツをありがとうございます。お陰様で、こちらで頑張れる目途が立ちました」

「そうか、不死身のスーツなど、そう簡単に出来るものじゃない。今はそれで我慢してくれ。その内もっと良い物を作るからな」

「ありがとうございます」

「研究所を案内しよう。何かの参考になるだろう」

 博士に案内されて、二人は研究室や工場を見学した。

「戦闘用の武器としては、戦闘スーツの他にロボットやアンドロイド、サイボーグ等があるが、わが国では戦闘スーツが主流だ。戦闘スーツは人間が入る為、その動きには制限がある。

 一方、ネーロ帝国のアンドロイドは動きも早く、力も強い。今は、こちらのスーツが優れている為、何とか戦えているが、進化したアンドロイドが出てくれば、負けは見えている。今は、スーツの武器の強力化や人間のサイボーグ化の研究をしている所だ」

「サイボーグ? 脳を残して身体中を機械化するという事ですか?」

 ユウキが興味を示し質問した。

「そうじゃ、全身機械になればスーツのどんな動きにも対応できるし、高性能のアンドロイドが出て来ても負ける事は無い。だが、愛する人と愛し合う事も出来なくなる等、人間にとっては、死にも匹敵する代償を支払わなくてはならない。完全なサイボーグ化は倫理的にも問題があるんじゃよ」

 博士は、何かに思いを巡らしながら、大きな溜息をついた。

 彼は話を変えてユウキの戦闘スーツの説明を始めた。

「ユウキのスーツのように、防御能力を最大限追求したものは珍しい。シールドを変化させ武器としても使えるようにしてあるので、他のスーツに引けは取らないし、音波砲の搭載で、最強のスーツの一つと言えるじゃろう」

「ありがとうございます。音波砲の威力は凄いです」

 博士は、うんうんと頷き、テスト中のスーツの前で足を止めた。それは、サファイヤブルーのスーツで孔雀の羽の模様が入っていた。

「これは、ステラ用の新型だ。ユウキのスーツからヒントを得て、シールドを変化させることで防御と攻撃を同時に出来る優れものだ」

 博士がスーツを起動すると、スーツの周りをピンク色の帯が纏わりつくように動き出した。

「あの帯に触れるものは一瞬で破壊される。しかし、自分のスーツに危害は及ばない。身体を防護する役目と、剣、弾丸、へと自在に変化し攻撃する事が出来る。高性能だけに、スーツを操る者の技量が問われる。このスーツはステラ以外には使えないだろう」

「博士、有難うございます。大事に使います」

「うん。国民は、戦争が長引いて、もう、うんざりしているんだ。決着を付ける時期が来ていると思う。しかし、その決定打になる武器がないのが現実だ」

「ネーロ帝国への侵攻計画は無いんでしょうか。決着を付けるためには、それしかないと思うのですが」

「その通りだユウキ。だが、わが軍は一枚岩では無い、女王派と議長派に分かれている事は知っているだろう。今まで侵攻のチャンスはあったが悉く議長アルデバランに邪魔されて来た。犠牲者が増える事を怖がっていては決着はつかない」

 博士は、吐き捨てるように言って、二人に視線を注いだ。

「お前達に期待している。ユウキ、ステラを頼んだぞ。これを幸せに出来るのは君しかいない。この通りだ」

 ストレンジがユウキに向かって深々と頭を下げると、彼が慌ててその手を取った。

「博士、私は、この国とステラの為に命を捨てると決めています。必ず博士にステラの子を抱かせます」

「ありがとうよ、ユウキ」

 博士の眼に涙が光り、ステラが寄り添った。

 三人が博士の部屋に戻ると、彼は、ある話を切り出した。

「実はな、南の大陸の話なんじゃが、核戦争から五百年がたっていて、未だに放射能で動物は住めない不毛の地とされているんだが、最近、その一角に動く物体が撮影されたんだ。時間がある時に、一度、南の大陸を調べてもらいたいんだが、頼めるか」

「わかりました、勤務を調整して、来週にでも調べに行きます」

「すまんな、宜しく頼む」

 二人は、博士に送られて、それぞれの家に帰っていった。

 次の週、ユウキは単身、南の大陸に向かった。広大な大陸は意外にも、様々な樹木が繁茂する緑の大地だった。

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