第9話 ユウキ異世界へ

 ロータスの訓練から三か月が経った地球では、南海の孤島で戦士への修行に励む、ユウキの姿があった。既に、戦闘スーツは彼の一部となり、その力を百パーセント発揮できるようになっていて、シールドを剣の様に変化させる新しい技(エアーソード)を編み出していた。これは、本来自分の身を護るシールドを剣に変化させて、意志で操り、相手を倒す見えない剣である。

 地球での最後の修行に励んでいるユウキを、ステルスモードとなって密かに見ている者があった。それは、ユウキの修行の様子を見に来たステラだった。

 彼女は、戦士として覚醒したユウキの雄姿を見ながら、胸をときめかせ、彼の胸に飛び込みたい衝動を必死に抑えていた。

 ユウキが修行を終えて帰ろうとした時、ステラが姿を現し声を掛けた。

「驚きね……、こんな短期間で、そこまでスーツを使いこなせるなんて」

 ユウキは、ステラを見つけると駆け寄り、五カ月ぶりに見る彼女の顔をしげしげと見つめた。

「そんなに見つめないで」

 ステラが、恥じらいながら睫毛を伏せた。

「相変わらず綺麗だ。ステラ、約束を守ってくれてありがとう。お陰で戦士になる夢が叶いそうだ」

「私も嬉しいわ、よく頑張ったわね。ロータス様から連絡があったから覗きに来たの」

「何とかスーツを操れるようになった。近い内にそちらに行こうと思う」

「そう。向こうに行っても一兵卒から始めなければいけないわ。辛抱できる?」

「もちろんさ、君の世界で活躍出来る日が待ち遠しいよ」

「でも焦らないでね。腰を据えてかからないと足元をすくわれるわ」

「うん、慎重にやるよ。向こうに行ったら、当面ロータス様の家に、ご厄介になるつもりだ」

「そう」と言って、ステラが数歩下がった。

「少し、私と戦ってみる?」

「望むところだ」

 二人が、向き合って剣を抜くと、その闘気が空気を震わし、砂塵を舞い上げた。

 ステラの剣が舞を舞うように弧を描くと、ユウキの直線的な剣がステラを襲った。ステラはその攻撃を難なくかわすと、自在の剣先がユウキのスーツを脅かした。二人は高速の動きの中で、互いの剣の技量を測りながら、打ち合いは続いた。

 ステラは、ユウキの剣の鋭さ、重さに、戦士として成長した彼を感じながら、剣を交える事に喜びを感じていた。

 打ち合っては離れ、離れては、打ち合っている内、ユウキの渾身の一撃がステラを襲った。「捉えた!」ユウキが、そう思った途端、彼の剣は大きく弾き飛ばされ、ステラの剣の切っ先が、ユウキの喉元にピタリと止まった。 

「これが、異世界最強の力なのか……」

 ユウキは、ステラの底知れぬ強さを改めて思い知らされたが、ステラと戦いたいという夢が実現した事が嬉しかった。

「貴方はまだ、実戦経験がない。それは向こうで実際に戦うしかないわ」

「ありがとう、ステラは凄いね、尊敬するよ」

 ステラは、微笑みながらユウキに抱きつくと、その柔らかな唇をユウキの唇に絡ませた。

「えっ!」

 ユウキは、彼女が愛してくれている事をまだ知らない。彼は、戸惑いながらステラを見つめた。

「じゃあ待ってるから」

 熱い口づけを残し、ステラは帰っていった。

 数日後、身辺整理を済ませたユウキは、親友のケンジを訪ねた。

「ケンジ、これでお別れだ。僕はステラの世界へ行く」

「そうか、行くのか。お前が、戦士になってステラの元に行く時が来るなんて信じられないよ。でも、良かったな」

「ありがとう、君も元気で」

 二人は、がっちりと握手を交わして、互いの健闘を誓い、別れを告げた。

 ユウキは外に出ると、戦闘スーツを纏って、ケンジにその姿を見せてから、空へと舞い上がっていった。ケンジはユウキの姿が見えなくなっても、空を眺めて佇んでいた。

 ユウキは、一人、異世界へと次元を超えた。

 異世界のサファイヤ星は、太陽の光、水、植物、空気など環境的には地球と酷似していた。

 ユウキが、飛び出した所は、湖の畔の木立の中で、すぐ近くに白い建物が見えた。彼はスーツを着たまま木立を抜けて、その家のドアを叩いた。顔を見せたのは、ロータスの妻りりーだった。

「まあ、ユウキさん。さあ、どうぞ」

「暫くご厄介になります」

 玄関を入ると、そこは、ロータスが進める戦争被災者支援の事務所代わりに使われていて、十人ほどの若者が机を並べて忙しそうに働いていた。

 二階の奥の一室に案内されて、ユウキが荷物を整理していると、ロータスがやって来た。

「ユウキ、よく来た。この世界の事は何も分からないと思うから、一週間ほどで、この世界の事を教えようと思う。今晩から始めよう」

「よろしくお願いします」

「昼間は街へ出て、色々その目で見て来るといい。来週には軍に入隊できるよう手を打っておくからな」

「分かりました」

 ユウキは、早速、若者を一人借りて、タイヤの付いていない車で近くを案内してもらった。この車は重力制御で空も飛べて、声で指示すると勝手に目的地まで連れて行ってくれる。当然ハンドルも無い。

「戦争の状況はどうなんでしょう?」

 ユウキは、一番、気になっている戦争の事を若者に聞いてみた。

「私にも、詳しくはわかりませんが、今は、北部の海岸線での攻防が頻繁に行われているようです」

「この十年で犠牲者は沢山出たのですか?」

「今も毎日、兵士を中心に犠牲者が出ています。十年前の開戦時は、空がネーロ軍で真っ黒になったと聞いています。その時は一般市民も含めて何万人も亡くなりました」

「十年も戦争が続くと、市民の方々の心も疲弊しているでしょうね」

「その為に、私達は戦っています。人の心が空虚になればなるほど、悪がはびこるからです」

 ユウキは、この若者が、しっかりした考え方をしていると感心して、その中心にいるロータスの想いを感じた。

 二人は、小高い山の頂上へ車を走らせると、そこから一望できる街を見下ろした。

 遠くに街の中心部だろうか、高層の建物が水晶の柱のように屹立していた。地球には無い不思議な格好の家々があり、全体にゆったりした配置であった。科学力は、地球の数百年先をいっていて、人口は、星全体で十億程度だというからかなり少ない。過去に核戦争があり、南の大陸は、未だに鳥も棲まぬという荒れ地となっているのは驚きだった。

 最近では、便利さを追求し過ぎて、人間らしい生活が無くなったというので、自分の身体を動かして生活をしていた時代への回帰志向が強いと若者が説明した。

 右側に目を転じると、そこには青い海が広がっていた。近くに港があるのか、大小様々な船が行き来していて、軍船のような影も遠くに見えた。

 ユウキは、その後も、街の様子を日が落ちるまで見学して、ロータスの家に帰った。宙には、大きな月が二つ浮かんでいた。

 その夜から、ロータスの話が始まり、十年前の開戦時の話となった。

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