第8話 戦士への道
ロータスは、ユウキの家に住んで訓練を進める事になり、家事はロータスの妻のリリーが担当する事になった。男所帯では何かと不自由だろうと、ロータスが気遣って連れて来たのだ。
彼女は清楚な感じだが、人格者であるロータスを支えて来た為か、気丈さ、賢さが滲み出ていて、優しい笑顔はユウキを和ませてくれた。
ロータスは、世界地図を広げて見ていたが、最初の修行場所をアフリカのサハラ砂漠に選んだ。砂漠は、誰にも見られずに、過激な修行をするには最適だったからだ。
修行の初日、ユウキはロータスから渡された戦闘スーツを着用した。
指輪を付けてある部分に触れると、ステラと同じ孔雀の羽のような模様の入ったコバルトブルーの戦闘スーツが、ユウキの身体に瞬時に装着された。
ロータスの戦闘スーツは、龍の鱗を思わせる模様の入ったエメラルドグリーンで、いずれもストレンジ博士が作った最新鋭の戦闘スーツである。スーツの着心地は、意外に違和感は無く、視界も良好だった。
ユウキのスーツは、ステラの意向で、初心者でも使えるように考慮されていて、防御機能のシールドのパワーは最強だとロータスが説明した。
ユウキは、簡単な飛行術の手ほどきを受けると、すぐにコツを掴んだ。彼らは、ステルスモードとなって大地を蹴ると、雲海を突き抜け高高度の空を一気にアフリカへ飛んだ。眼下の雲間から見えるアジア大陸が、地球儀を回すように過ぎてゆき、超高速で飛行しても風圧は感じなかった。ユウキが、ロータスの姿を見失わないように必死で追いかけてゆくと、数分でサハラ砂漠の上空に着いてしまった。時速は十万キロを超えていて、ユウキはブルっと身震いをした。
「減速するぞ、着陸態勢に入れ!」
スーツの通信装置からロータスの声が響いて、二人が高度を下げていくと、広大な砂漠が目に入って来た。
ロータスは、荒漠たるサハラ砂漠のど真ん中に静かに降り立ったが、ユウキは目測を誤り砂山に激突してしまった。彼が、砂の中からゴソゴソと出て来て辺りを見まわすと、砂山がいくつも重なり合って、様々な模様を描き、遥か地平線まで続いていた。空には太陽がギラついていたが、スーツの中は温調装置のおかげで快適だった。
「ユウキ、この砂の山をモグラのように掘って向こうまで突き抜けてみろ!」
いきなり、ロータスの指示が飛んだ。ユウキの最初の修行は、穴掘りだった。
ユウキは、スーツにどんな力があるのかも、その力の出し方さえまだ教わっていなかったのだが、ロータスに言われるままに、砂の山を掘りだした。最初は思うようにいかなかったが、気持ちを集中するうち両腕が高速で動きだした。だが、数メートルも堀進むと、掘った後から砂が崩れて思うように進まなかった。イラついた彼は、深呼吸して気持ちを切り替え“崩れるな!”と念じながら、懸命に掘り進んでいくと、何時の間にかスーツの周りにシールドが張られ、砂の壁が崩れなくなっている事に気付いた。そして、数時間かけて、やっとの思いで、五十メートルの砂山を貫通する事に成功した。
一息つく間もなく、次の山を掘る訓練が一日中続き、終わった時には、ユウキの腕は感覚が消えて、棒のようになってしまっていた。この訓練は、腕や足の筋トレの為でもあったのである。
この戦闘スーツは、纏った者の意志で制御され、力を増幅させるが、その人間の体力に合わせて動くように作られている。スーツが人間の限界を超えた動きをしてしまえば、中に入っている人間は壊れてしまうからだ。
次の日には、手を使わずに掘れとロータスの指示が飛んだ。
ユウキは、シールドをコントロールすれば可能かも知れないと考え、シールドで、トンネル掘削機が回転するようなイメージを頭に浮かべた。すると、思い通りにシールドが高速回転を始め、砂煙を上げて掘り進んで、砂山を一気に貫通することが出来た。
ユウキは面白くなって、今度は、飛行しながらシールドを使い砂山に突っ込むと、瞬時に突き抜けた。彼は、強いシールドは、使い方次第で強力な武器になる事を学んだ。
サハラ砂漠では、基礎体力の強化、飛行術、エネルギー弾の打ち方、シールドの使い方を半月賭けて、修行した。ユウキが音を上げそうになると、ロータスのエネルギー弾が容赦なくユウキの戦闘スーツに炸裂した。シールドを張る余裕のないユウキは、スーツの防御機能で致命傷にはならなかったものの、その衝撃は半端なかった。
慣れない激しい訓練の為、ユウキの身体が悲鳴を上げ出した。身体中が痛み熱が出たが、修行は休ませてくれなかった。
ボロボロになって家に帰ると、リリーが身体の治療をしてくれた。身体中に湿布薬のような物を張られたが、不思議にも次の日には痛みは消えていた。
「あなた、ユウキさんは素人なんですから、少し厳しすぎませんか?」
リリーが、死んだように寝ているユウキの顔を見ながら、心配そうに言った。
「分かっているが、この位の事に耐えられないのであれば、戦士にはなれぬ。時間も無いとなると、心を鬼にするしかないんだ。一月辛抱できれば、何とか、ものになるだろう」
三週目に入ると、場所を太平洋の日本海溝の海底へと移した。八千メートルの海底では、水圧に耐えるだけでも大変な中での剣の修行が始まった。ビームサーベルを振り回すのは至難の業のように思えたが、ロータスの動きは地上の動きと同じくらい早かった。
真っ暗な深海でロータスのサーベルが青く光り、ユウキを容赦なく襲ったが、彼の身体は既に動く状態ではなく、自力で、それをかわす事も受ける事も出来なかった。戦闘スーツの防御機能が働き、辛うじてその攻撃をかわしているに過ぎない、操り人形のような状態でも訓練は続いた。
ユウキが「もうだめだ!」と悲鳴を上げると、ロータスの叱咤が轟いた。
「そんな事でステラを守れるのか! 異世界で生き残れるのか! 嫌なら止めろ、一生この世界で女々しく惨めに暮らすがいい!」
次の瞬間「ウオー!!!」というユウキの絞り出すような声と共に、ユウキの心に火が着いた。ステラへの想いも、修行の辛さも頭から消えて、気合もろとも一歩足を前へ踏み込んだ時、ユウキの五体に凄まじい力が溢れて、身体とスーツの動きが一体となった。
すると、ロータスの動きがよく見え、身体が反応して、ロータスのサーベルを見事に受け、打ち返すことが出来たのである。その時、ユウキは、肉体の限界も、精神の限界も超えた、その先にいる自分を発見していた。
怒涛の一箇月が過ぎて、短期間ではあったが、ロータスとの一騎打ちにも互角で戦えるようになっていた。
ロータスはユウキの成長の速さに目を見張っていた。あの瞬間からユウキの中の何かが目を覚ましたのだが、それが何かは分からなかった。彼は、ユウキと剣を交えながら、恐怖さえ覚えている自分に驚いていた。
最後にロータスは、スーツに内蔵されている音波砲の使い方を伝授した。音波砲は、スーツの胸部分が振動し音波を発生させ、両の手でシールドを拡声器のように変形させて、一気に相手を撃破する武器で、相手を殺さず、スーツだけを破壊する事も出来る。又、使い方次第で相手の脳を破壊する恐ろしい兵器である。
ユウキは、目標の大きな岩山の前に立ち、一気に音波砲を発射すると、轟音と共に岩山は跡形もなく吹き飛んだ。その凄まじい破壊力にユウキ自身が一番驚いていた。
一箇月の怒涛の訓練が終わって、ロータス夫婦が帰る日が来た。
「後は、練習あるのみだ。もう少し自己修練を積んだら、私たちの世界に来なさい。次元移動装置はスーツに内蔵され、私の家の位置も設定してあるから、瞬時に行ける。向こうで合おう」
ユウキが礼を言い終わらない内に、ロータスが妻のリリーを抱きしめた瞬間、光の中に二人は消えた。
サファイヤ星へ帰ったロータスたちは、元の生活へと戻っていた。ロータスは元、四天王と呼ばれるほどの戦士だったが、今は退役して妻と共に、戦争の被災者支援などの活動を展開していた。将軍アレクと同期なので、引退は早すぎるのだが、何故そうなったのかは分からなかった。
「あなた、ステラには連絡とったの?」
「ああ、何とかものになりそうだと言っておいた。こちらに来たら、独り立ちできるまで面倒を見てやろう。あいつは、もしかしたらこの戦争を終わらせるキーマンになるかも知れないぞ」
「あら、そうなの、そうだと良いわね」
リリーの優しい笑顔がロータスを包み込んだ。
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