第7話 ユウキへの想い
ロータスは、アレクと同期の戦士だったが、今は退役している。彼は、戦争で苦しんでいる国民の為のボランティア活動等を青年と共に進めていて、国にとっても、精神的指導者として大きな存在となっていた。
「ステラ、元気が無いわね。そこへお座りなさい」
アンドロメダに言われるままに、彼女は三人と向かい合う形で椅子に座った。三人は、今迄見た事も無いステラの落ち込み様に唖然としたが、心を鬼にするしかなかった。最初に、アンドロメダが口火を切った。
「ステラ、貴女は自分の戦闘能力が何故弱くなったと思っているの?」
「それは、半年間、戦闘訓練を怠ったからです」
ステラは母の目を見る事も無く弱々しく答えた。
「他には?」
「ありません」
「地球で一緒に暮らした、ユウキの事をどう思ってるんだ?」
突然、アレクが、ステラの心に斬り込んで来た。
「えっ、……彼は私の恩人です」
「それだけかな? 君はユウキの事を愛しているんじゃないのか? よく考えてごらん」
「いえ、今は戦争中です。恋愛などしている時ではありません。だから、彼の好意にも応える余地はありませんでした」
「そうか。レグルスの話だと、ステラは彼に恋をしていると言っていたが、彼には何の未練も無いんだね」
「……ありません」
「このままでは、お前はユウキへの恋慕の情を断ち切れず、国を滅ぼしてしまう。ユウキに刺客を送って亡き者とするがいいんだな!!?」
アレクの雷鳴の様な声が部屋に轟いた。
「ううっ」
ガクッと項垂れ、両の拳を膝の上で握って、身体を震わしていたステラの口から、呻き声のような声が漏れた。
「許さない、彼に手出しする者は、例えお兄さまでも許さない!!!」
突然、顔を上げたステラの目は赤く変化していて、怒りの炎が燃え盛っていた。
「いかん! 修羅化が始まったぞ!」
叫ぶと同時に、ロータスは戦闘服姿になって、暴れ出す寸前のステラを後ろから抱きしめ、執務室の大きな窓から空へ舞い上がっていた。
修羅化とは、ステラが怒りの極限に達した時に、修羅と化して暴走する事で、力は倍加する。彼女は、度々この修羅化で国を救ってきたが、怒りで自分を制御出来ない事と、身体への負担が大きいという難点がある。
ロータスは、暴れるステラを懸命に抱きしめながら、必死で声を掛けた。
「ステラ、落ち着け! ユウキを殺すというのはお前の本心を知る為に言った嘘だ。誰も彼を傷つけない。本当だ!」
暫くして、暴れていたステラの赤い目が緑に戻ると、フッと力が抜けて気を失った。
ロータスは、ぐったりしたステラを抱いて王宮へ戻った。
「大丈夫なの?」
アンドロメダが心配そうに駆け寄って尋ねた。
「大丈夫です。今は気を失っているだけです。明日迄ステラを預からせて下さい」
「貴方に任せるわ」
ロータスは再びステラを抱いて空へ舞い上がっていった。
それから、数時間が経った。ここは、郊外にあるロータスの家の二階である。ステラが目を覚ますと、ロータスの妻リリーが優しく微笑んでいた。
「気分はどう?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
リリーは、彼女の腕を取って窓際の椅子に座らせると、熱いコーヒーを入れた。そこへ、ロータスがやって来てステラの前の椅子に座った。
「どうだ、自分の本当の気持ちが分かっただろう?」
「……はい」
ステラは、か細い声で答えた。
「元気を出せ! 女が男を好きになるのは普通の事じゃないか。自分の気持ちを素直に出せばいいものを、国を救う使命があるなどと言って、自分の気持ちに蓋をするからこんな事になるんだ。好きなら愛していると言え、抱かれたいならそうすればいいんだ!」
ロータスの力強い声は、ステラの心を揺さぶった。
「本当にそれでいいんでしょうか?」
「いいんだ! ……心配するな。ありのままの自分を認めれば戦闘能力は必ず戻る」
ロータスの、ステラを救わずには置くものかという気迫と、底知れぬ優しさがステラを包むと、彼女の心にポッと明かりが灯った。
「ロータス様、ありがとうございます……」
ステラの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「アルデバラン議長の息子のデネブ大佐との婚約だって親が勝手に決めた事だ。心配なら私から陛下に進言してやろう。ユウキの訓練も引き受けようじゃないか。ただ、彼に戦士の資質がなければ連れては来れない、その時は、運命だと思って諦めてくれ。どうだ、一度彼に会って来るか?」
ステラの顔に赤みがさして、緑の瞳がキラキラと輝きだした。
「いえ、今は彼の心を乱したくありません。会うのは次の機会にします」
「そうか、そうか。お前達の出会いが、この国を救う事になればいいな」
ロータスが微笑むと、ステラもニコッと笑って頷いた。
元気を取り戻したステラは、ロータス夫妻に送られて王宮へと帰っていった。
ステラは、王宮へ戻ると母アンドロメダに会った。
「お母さま、昨日は取り乱してすみません。私はユウキを心から愛しています。他の何方の嫁にもなりません。我儘をお許しください」
ステラは、その場に跪き深々とお辞儀をした。
「仕様のない子ね、頭を上げなさい。デネブ大佐の事は又考えましょう、今は貴女が戦線に復帰する事が先決です。大丈夫なのね」
「ご心配をおかけしました。もう戦えます」
ステラは、王宮を後にするとアレク将軍に会い、任務に戻る旨を伝え、その足で戦線へと向かった。
レグルス達が心配する中、ステラの活躍は目覚ましく、彼女の軍は一月足らずで、北部沿岸のネーロ軍を蹴散らしてしまった。
「完全復活ですね! いや、前より強くなった気がします」
サルガスが嬉しそうに言うと、レグルスも、満足げに頷いた。
一方地球では、ステラが帰って一月が過ぎた頃、ユウキの家のドアを叩く者があった。
がっしりした身体つきで、知的な感じの威厳を湛えた男は、ロータスだった。
「期間は一か月にした。ものにならないようなら途中で切り上げて帰る。覚悟はいいね」
「お願いします。ステラを護る力を付けたいんです!」
次の日から修行が始まった。それは想像を絶する過酷なものだった。
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