第4話 募る思い

 ステラの本音が分かった事で、ユウキの気持ちもある程度整理が出来た。日増しに募るステラへの恋慕の情はどうしようもなかったが、別れが来た時に、出来るだけショックを受けないように距離を置こうと彼なりに考えていた。

 次の日曜日に、例の如くケンジがやって来た。ステラが買い物に行っている間に、ユウキは、自分の彼女への気持ちと、先日のステラの本音を彼に話した。

「そうだったのか。お前の気持ちは何となく分かっていたが、彼女が、そこまで自分の世界の事を思っていたとはな。そうか、かぐや姫は帰ってしまうのか。実を言うと俺も彼女の事が好きになってしまっていたんだ。共に暮らすお前が羨ましかったんだが片思いじゃなあ」

「うん、まだ確実に迎えが来ると決まったわけじゃないが、必ず来るというのは僕の勘だ」

「お前の勘はよく当たるからな。まあ、ああだこうだと考えても始まらん。今日は一日、ステラさんとデートしたいんだがいいか?」

「僕は単なる同居人だ。彼女に聞いてくれ」

 そうこうしている内に、ステラが買い物から帰って来た。

「ステラさん、面白い映画があるんだ、一緒に行かないか?」

 ケンジが待ちかねたように、二枚の映画の鑑賞券を見せると、彼女は又、ユウキの方を見た。

「僕に遠慮はいらないから楽しんでおいでよ」

 ユウキが笑顔で言うと、ステラも頷いた。

 ケンジとステラがデートに出た後、ユウキは畳の上に寝転がって、考えに耽りだした。

 彼は最近、ステラが帰ってしまう夢をよく見るようになっていた。ステラの名前を叫んだり、泣いたりして目が覚めるのである。ステラへの思いは、二階にいる彼女の事を思うだけで胸がキュンとなった。だが、彼女の心が自分には無い事を知ってから、やり場のない思いを引きずっていた。報われぬ片思い、ユウキの心は沈んだ。

 夕刻になって、ステラがデートから帰って来た。

「ごめんなさい、すぐに食事をつくるから」

 ステラは、お土産を食卓の上に置いて、コートを脱いでエプロンを着けながら、食事の支度にかかった。

「どう、映画は楽しかったかい?」

「そうね、貴方も行けばよかったのに」

「彼は、ステラを好きだと言ってたから、一度二人きりで過ごさせてやりたいと思っていたんだ。厳密に言えばステラは、僕の単なる同居人だからね。迷惑だったらごめんよ」

「彼に求婚されたわ」

「えっ、求婚?」

「ユウキは反対なの?」

「当たり前だ。振られたとはいえ、ステラを他人には取られたくないからね」

「……」

 ステラが何も言わないので、ユウキが急かせた。

「ステラ、何と答えたんだ?」

「ノーに決まってるじゃない。この平和な日本で暮らすあなた方には、異世界で私の夫となって戦うことなど出来っこないわ。だから、恋愛対象外なの。何度言えば分かるの!」

 ステラの突き放すような言葉は、ユウキの心を更に打ちのめした。彼は反論する事も出来ず自室に閉じこもると、その日は食事も摂らず部屋から出て来なかった。

 翌朝、朝食を共にしても、ユウキが一言も話さないので、二人の間には気まずい空気が流れていた。

「貴方の気持ちに応えられないんだから、一緒に暮らす事は出来ないわね。明日にも出て行くから」

 ステラが、真顔で言うのをユウキも覚めた心で聞いていた。

「出て行くって! 生活はどうするんだ? また、人の良さそうな男を騙して一緒に暮らすのか? それなら、ケンジの所へ行けばいい!」

「貴方の指図は受けないわ!」

 流石にステラも声を荒げて怒り出した。

 その日、ステラはユウキの前から姿を消した。

 ユウキはステラが居なくなると、心にぽっかりと穴が開いたようになって、何をする気も起こらなかった。ケンジが励ましに来ても、虚ろな返事をするばかりだった。

 終には、会社を休み、ろくな物も食べずに家から出る事も無くなり、日増しにやつれていった。

「ステラ……」

 ユウキは、誰もいない部屋の中で彼女の名前を呼んでは、溜息をついた。

 そんな日々が二十日も経ったある日、ユウキは発作的に死の衝動にかられて、首を吊って死のうとした。

 ふらつく身体で天井の柱にロープをかけ、椅子の上に載って、輪の中に首を入れ、目を瞑って一気に椅子を蹴った。

 その時、青いビームサーベルが煌めいて、そのロープを斬った。そこには、戦闘スーツを着たステラが立っていた。彼女は、何が起きたのか分からず起き上がろうとしたユウキの頬を、平手で打った。「パシッ!」と大きな音が部屋に響くと、ユウキは床に倒れた。

「何をするんだ!」

 ユウキは、ステラを睨んで怒鳴ったが、その声には力が無かった。

「ユウキの馬鹿! そんなに死にたいんだったら、私が死に場所を見つけてあげるわ!」

「余計なお世話だ。お前の世話になんかなるものか!」

 ユウキが、顔を背けて言うと、ステラは、興奮するユウキを宥めて立たせ、ソファーに座らせ、その横に寄り添った。

「馬鹿よ、あなたは。こんな平和な国を捨てて、異世界の女の為に死のうとするなんて……。

 私の世界の人達の意見も聞かなきゃいけないし、あなたの頑張り次第だけど。貴方が異世界へ行けるかどうか検討してみるわ。異世界へ行っても無駄死にするだけだと思うけど、それでもいいのね?」

「本当か? 本当なんだね?」

 ステラが頷くと、ユウキはポロポロと涙を流した。

「何か作るから、食事をしましょう。何も食べて無いんでしょう」

 ステラは、台所に立つと手際よく、雑炊をつくった。

「最初は、柔らかいものがいいでしょう。ゆっくり食べて」

 ユウキは、久しぶりの彼女の手料理を「美味しい美味しい」と涙を流しながら食べた。それからのステラは、人が変わったようによく笑い、よく話し、優しくユウキに接してくれた。だが、それはユウキへの愛ゆえではなく、今迄世話になったユウキへの、せめてもの恩返しだったのである。

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