第3話 ステラの本音
ステラが来て一月が過ぎたが、警察が尋ねて来ることも無く、ユウキの心配も薄らいで来ていた。
ステラの目は、宝石のように綺麗な緑色の瞳をしている。地球では北欧に多いという事を知った彼女は、スエーデン人だと近所には話していた。
ユウキの家は、小さな山の中腹を開いた住宅街にあり、彼は建築会社に勤めていて、通勤には車を使っていた。
「ユウキさん、行ってらっしゃい!」
ステラが、笑顔で手を振り、車で出勤するユウキを送り出していると、いつも世話を焼いてくれている隣のおばさんが、微笑ましく見ていた。
「ステラさん、たった一月なのに新妻が板について来たわね」
「あ、おばさん、おはようございます。まだ本当の夫婦じゃないんですけどね」
「今時、結婚にこだわる事は無いわ。愛し合って一緒に暮らせば、それでいいんじゃないの」
彼女は、そう言って優しく微笑んだ。
最近までは、あまり笑う事も無かったステラも、近所付き合いなどの手前、外では愛想が良くなった。
そんな二人の、一見幸せそうな日々が続いた、ある夜の事だった。真夜中に二階から悲鳴のような声が聞こえたので、ユウキは飛び起きて、二階への階段を駆け上がった。
「ステラ、どうしたんだ?」
ユウキがドアの前で話しかけると、ステラは「何でもない」と言った。
「入るよ?」
「だめ!」
「すごい声で叫んでいたぞ、本当に大丈夫なのか?」
「変な夢でうなされたみたい。心配いらないわ」
ユウキは、「そうか……」と言って階下に降りていった。
夜中に彼女の奇声が聞こえる事は、それからも時々あった。ユウキは、ステラの苦悩を何となく分かっていたが、どうする事も出来なかった。
時は過ぎて、新しい年が明けていた。
この頃には、ステラも天才的な才能を発揮し、ネットやテレビなどで日本語を学習すると、戦闘スーツの自動翻訳機を使わなくても話せるようになっていた。
ケンジも、休みになるとやって来て、ステラと話す事が楽しみとなっていた。
「ステラさん、今日は三人で食事に行きませんか? 私がおごりますよ」
ケンジが誘うと、ステラは、チラッとユウキの方を見た。
「たまには、外で食べようか」
ユウキの一言で、三人で出かける事になった。ケンジの車で繁華街迄行って、駐車場に車を入れたが、昼食には少し早いからと、三人でぶらぶらと街を歩いた。
暫く行くと、路地の奥の方で若いカップルが、やくざ風の男達に絡まれているのが見えた。ユウキが止めに入って、男達に話しかけると、彼らはユウキにも絡んで来た。
「話があるなら聞こうじゃないか!」
埒が明かないと思ったユウキが、語気を強めて男達を睨みつけた。
「なんだと!」
言うが早いか、男の拳がユウキの顔面を襲った。だが、拳法の有段者のユウキは、その拳をスッとかわして、反射的に、右の拳で相手の腹部に当身をくらわした。のけ反り倒れた男を見て、仲間の五人が怒声を吐きながら、ユウキに襲い掛かって来た。
そこへ、ケンジも加勢に入り乱闘となったが、二人は拳法を使って、男達をあっという間に倒してしまった。その様子をステラも驚いたように見ていた。
「あなた達も、兵士なの?」
「兵士? これは拳法と言う格闘術ですよ。ステラさんほどじゃないですけど結構強いでしょう」
ケンジが、ステラに笑いかけながら、自慢げに言った。
その時、油断していたユウキ達の後ろから、起き上がった男達が刃物を振りかざして、再び襲って来ていた。
その瞬間、ステラが二人をかばう様に男達の前に出て、ユウキの肩に左手を置くと、それを支点としてポーンと宙に舞った。ステラの足が次々と男達の顔面を捉えて薙ぎ倒すと、スカートの裾を抑えながら、元の位置にストンと降り立った。
ユウキとケンジは一瞬の出来事に驚きながらも、若いカップルに逃げるように言って、ステラを促してその場を立ち去った。
「ステラさんは、戦闘スーツが無くても強いんだね。いや、驚いた」
ケンジが言うとユウキも驚きの表情で頷いた。
「戦闘のプロですから」
とステラは当たり前のように言った。
三人は、食事をしてから、ボーリングやカラオケなどで、楽しい時間を過ごした。
その夜、ステラが、食事の後片付けが終わったのを見計らって、ユウキが、彼女の本当の気持ちを聞いておきたいと話し始めた。
「一緒に暮らして二カ月になり、ある程度落ち着いてきたから、ステラが今、どんな気持ちで此処に居るのかを聞かせてくれないか」
「分かったわ。私の思いは、どんな事をしてでも自分の世界へ帰りたい、それだけです。戦況が心配なの。こうしている内にも、我が軍が負けてしまうのではないかと思うと、気が気ではないわ。でも、今は帰る方法が無いから、あなたのお世話になるしかないのです」
「やはりそうか、それで、時々魘されているんだね、君の苦悩を思うと心から同情するよ、何も出来なくて申し訳ないと思っている。それで、……万が一迎えが来ない場合、男と女が同じ家で暮らすんだから、愛情が芽生えて結ばれる事があるかもしれない。そう言う事は考えているの?」
「お世話になっていて言いにくいのですが、今は、あなたを恋愛対象としては考えられません。私には、向こうの世界の事しかないからです。万一、あなたと、そうなったとしても、迎えが来たら向こうの世界へ帰らなければなりません。例え本当の夫婦になって赤ちゃんがいたとしてもです」
「仮の話とはいえ、それは問題だな。何故、夫や子供を連れて行けないんだい?」
「向こうの世界は、悲惨な戦争の世界です。夫や子供の命の保証は無いのです。愛する人だからこそ、連れて行けないと言っているのです」
「愛する人が、君と死んでもいいと言ってもかい?」
「足手まといになるだけです」
「そうか……」
ユウキは、ステラがあまりにはっきり言いすぎるのでショックを受けていたが、話を続けた。
「次に、ステラの世界の科学は地球と比べて、数百年も進歩しているんだろう。次元を行き来する装置は無いのかい?」
「まだ、ありません。でもストレンジ博士なら作れるかもしれない。今は、それに期待しています」
「ストレンジ博士?」
「私の戦闘スーツを作った科学者で、サファイヤ星では、彼の右に出る人はいません」
「そうか、きっと来てくれるよ……」
ユウキは言葉を切って、考え込むような表情をした。
「もしも助けが来たなら、博士に頼んで、不死身のスーツを作ってもらえば、愛する人も連れて行けるんじゃないのか?」
「そんなものが在るなら苦労は無いわ」
「そうか、だめか……」
「ユウキさんは、迎えが来ない方がいいと思ってるの?」
「本音を言えば、そう思っている」
「何故?」
「君と別れたくないからに決まっているさ。君は、綺麗で魅力的な女性だ。そんな女性と一緒に暮らせば情が湧かない方がおかしいだろう。ちょっと不愛想なのが玉に瑕だけどね。でも、苦悩している君や、君の世界の人達の事を思うと、それは、僕の身勝手な我儘だと思う。来るなら早く来てほしいもんだね」
ユウキがため息混じりに言った。
「貴方の気持ちに応えられなくて、ごめんなさい」
ステラは申し訳なさそうな顔をして、ユウキから目をそらした。
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