第6話

「で、結局、何だったの真壁さん?」

ジェディがアイスコーヒーを差し出しながら尋ねた。

「何が?ですか、ジェディ?」

翌日の夕方、Coph Niaの店内での会話だった。

今朝早く、ジェディは伊達から預かった例の折本をそのまま真壁に預けた。

あの折本の正体を聞きたかった。

「誤魔化さないで、教えて。小石の件以来、気になっちゃって」

「その小石はどうなりました?」

「私が簡易結界を張って、そのあと真壁さんに追儺してもらったら翌日には消えていたのよ。まるでこの本と入れ替わるみたいに。そっちも、何だったのか気になるのよね」

「聞かないほうが花かもしれませんよ?」

「そう言われるとますます気になって、眠れなくなっちゃうわっ」

ジェディの反応を見て、真壁は楽しそうに笑った。

その時、誰かが誰かに伴われて店に入って来た。

「あら、伊達さん。今日はお休みじゃなかったの?」

「うう〜ん。まあぁね」

「凛ちゃん。こんばんは」

凛香は神妙な顔でカウンターに近づいてきた。

「こんばんは…」

「やあ、来ましたね。さあ、私の隣に座って、」

「はい…」

浮かない顔で凛香は小さく返事を返し、座った。

その後ろに伊達が凛香の背後を守るように立っていた。

彼女が座るとジェディは席を外すように、奥の事務所の方へ移動していった。

店内には真壁、伊達、凛香の3人だけになった。

「凛ちゃん、今日どうしてここに呼ばれたかわかりますか?」

こくん…と静かにうなづいた。

「今日はアヌビスの代表者として凛ちゃんに言っておかなければならないことがあるので、伊達さんにお願いをして連れてきてもらいました」

「…………」

凛香は俯いたまま唇を噛み締めた。

「折本の件です。ところで、凛ちゃんは、なぜこの一件に1人で関わったのですか?」

長い長い沈黙の後、ぽつりぽつりを言葉を発した。

「まーくん。正紀くんのことが心配だったから」

「どうして?」

「怖い夢を何度も見ているっていうし、何か悪いことでも起こってるんじゃないかと思って…あの…」

「凛ちゃんは、なんとかしてあげたいと思って行動したんだね?」

「はい」

「正しいことをしたと思っているかい?」

「…あのときは、正しいことをしたと思っていました」

「今は?」

「…わかりません。本当に良かったのかどうか」

「それはなぜだい?」

「光体を飛ばして、夢を…まーくんの夢を一緒に見られれば解決の糸口が見えてくると思ってた。でも…」

「でも?」

「そうじゃなかった。すごく怖かった。夢じゃなかった。…現実だった。どうしていいのか、何をしたらいいのかわからなくて…あの…」

伊達さんパパがいつも言ってる言葉を思い出したんだね」

また、静かにうなづいた。

「パパがなぜ勝手に光体離脱をしちゃダメだって言ってたのかわかりました。今回はたまたま運がよかっただけかもしれない…」

「私も伊達さんの考えには賛成です。凛香ちゃんには他にできることがあったはずです。そちらを優先させてほしかった」

直接行動に出るのではなく、自分や伊達やジェディに助力を頼むという方法もあったのではないかと言いたかった。


「もうひとつ。結果論から言うと、あの折本自体に悪意はありませんでした。あれは写本です。大元のオリジナルはもっと力を持った本のようですが。何がオリジナルになっているのかはもう少し時間をかけて調べてみないとわかりません。この「馬封眼州神託ノ匣 預言サレシ進化ノ書」については。書かれた内容も非常に興味深いものでしたが、果たしてそれがこの世界のことわりに添ったものかはわかりません。もしかしたら、使い方や解釈によるのかもしれませんが」


凛香は不思議そうな顔をした。

夢の中で見た本はそれはそれはおどろおどろしく、怪しいものだった。

それなのに悪意がなかった!?

真壁は凛香の反応を見てこう付け加えた。

「この世にある事象はみんなそうなんです。『物事』は必ず2つの意味を持っている」

「?」

「俗に言う、『魔術には白も黒もない』という話ですよ。物事には必ず相反する2つの見方や考え方や価値があるということです」

「反対っていう意味ですか?」

真壁はただ静かに穏やかな口調で語りかけた。

「うん。そう。凛ちゃんは正しいと思って行動したわけでしょう?」

こくん。と、うなづいた。

「その正しいと思った行動は誰にとっての『正しい』ですか?凛香ちゃんにとって正しいことですか?それとも誰か他の人にとって正しいことですか?」

「もちろん、私…ううん。まーくんのために…」

「まーくんに実害が及びそうだったので行動した。立派です。ただ、まーくんはそこまでの助力を君に望みましたか?正しいと思っていた行動は、もしかしたら誰を傷つけてしまっているかもしれない。3つの小石は?あれは、呪いではなく、もしかしたら彼の幸運のお守りだったのかもしれない…」

凛香は目に涙を浮かべて押し黙ってしまった。

大好きな真壁に責められている気がした。

君のやったことは悪いことかもしれないのだ、と。


「凛ちゃん、泣かないで。僕が言いたいのは、君がやりたいと言っているアヌビスの仕事は常にそういう側面があるということを理解してほしい。真実は時に残酷です。単独の、独善的な自己欺瞞的なスタンドプレーになってはいけない。伊達さんが凛香ちゃんをあまりアヌビスの仕事に関わらせないのは、君に力がないからじゃない。君の準備がまだできていなから。真実をきちんと捉え、見据えるには強さがいる。その強さを手に入れるためには今は学校の勉強を頑張り、日々の修行を頑張っていくしかないんだ。背伸びをして大人と同じように振る舞う必要はないんだ。…わかるかい?」


真壁の顔を見ながら、こくん…と凛香はうなづいた。

その顔を見て真壁は微笑んだ。

美しい相貌が微笑むさまをずっと見ていたかったのだが、話が終わったと誰もが認識した途端に凛香の背後にいた伊達が腰をくねらせながら後ろから抱きつき、頬ずりをし始めた。

「凛香〜!パパが悪かったぁ〜許しておくれ〜もっと、ちゃんと話していればこんなことには〜」

「パパ、離して!」

凛香は瞳にたまった涙を拭いながら、肘を数回腹部にたたき込んだ。

「なんて悲しいこと言うんだ〜凛香ぁぁぁぁ」

それでも腹部に筋肉を巻いている伊達はものともしなかった。

その様子とやりとりに真壁は苦笑いだった。

ガチャっと事務所のドアが開くと、ジェディがちょっと大きめのケーキ皿を持ってカウンターに戻ってきた。

それを凛香の前に置き、紙ナプキンの上にデザートスプーンもセットした。

「はい、凛ちゃん」

「うわぁー!!どうしたんですか!これ?」

「この間、ガトーショコラを食べ損ねたっていってたでしょ。銀座のお店のじゃないけど、今回はちょっとレベルアップしてフォンデショコラよ」

きれいにフルーツや生クリームでデコレーションされた一品が置かれた。

さっきまで涙を浮かべていた顔はどこへ行ったか、満面の笑顔でデザートスプーンを持ち上げた。

「お話も終わったようだし。さ、召し上がれ!」

凛香は両手を合わせると、フォンデショコラの真ん中にデザートスプーンを差し込んだ。

「わ、美味しいw しっとりしてて甘さもちょうどいい!中から溶け出るこのチョコレートソースが!んー!もうー!最高w!!私、好みの味です!」

「そ、よかった!紅茶、淹れるわね」

凛香に肘鉄をくらった伊達は背中を向けながらそばに立っていた。

右手の人差し指でポリポリと頬を照れ臭そうに掻いた。

気のせいか後頭部が赤くなっている気がした。

「フっ、フーミン、ちょっと買い物に行ってくる。ジェディ、さっきミルクないって言ってたでしょ。じゃ、」

「?」

その声を聞いて、凛香が振り返った。

その時には伊達はもう猛ダッシュで店の外へ出て行ってしまっていた。

あまりにも機敏な行動に一同は驚いた。

「変なパパ?どうしたんだろう?」

「凛ちゃんなら理由はわかると思うけど」

コーヒーを飲みながら真壁は意味深にジェディの方を見ていた。

凛香は何のことかわからずに首を傾げるばかりだ。

「凛ちゃん、」

ジェディはバーカウンターの下にある冷蔵庫から口の開いていない牛乳パックを出して見せた。

「あれ?」

スプーンをくわえたまま驚いた。

「そのショコラね、伊達さんパパが作ったのよ」

「えーっ」

「凛ちゃんにベタ褒めされて、さすがに伊達さん、嬉しくなっちゃったみたいね」

ジェディの一言を聞いて、さすがの真壁も耐えられなくなったのか声を上げて笑いはじめた。

目を丸くしていた凛香も一緒になって笑い始めた。


(うふふ。パパ、大好き!)



赤き炎と対をなす

真っ直ぐに

燃え上がる白き炎よ

夜空に輝き満ちる

星々の栄光とともに

そなたが

そなたゆえ

そなたの望む

そなたの求むる

万物の叡智とともに

永劫の彼方へと

翔び立つ翼を得ることを

ここに祈らん…


<Fin>

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