第3話
GWが終わると新緑の季節。
空は青さを増し、日差しもさらに眩しさを増す。
気持ちが良いのは吹き抜ける風のみかもしれない。
気温は夕方になったにもかかわらず、25℃を下回らない。
街は夏の到来を待ちわびているようにも思えた。
西に空には眩いばかりに輝く金星が見えた。
東の空から夕闇が迫るのとは対照的だ。
キラキラ光って、まるで小さな小さな太陽のようにも見える。
反対の方角からは月がひょっこりと顔を出し始めた。
こちらも金星に負けず劣らず地上の花々を愛しむように照らす光であった。
フラワームーンの満月。
月はどんどん南の空に昇っていき、やがて正中を迎えた。
時刻はちょうど午前0時半すぎ。
外の空気にはまだ昼間の暑さが残っていた。
凛香の部屋の窓は涼を得るために開け放たれていた。
伊達が帰宅していない家には彼女ひとりだった。
家のすべての明かりが消され、寝静まったように真っ暗だった。
時折、吹き込む風がレースのカーテンを揺らした。
そのレースのカーテンに隠れるように凛香は窓際に立って、外を見ていた。
街灯がぽつぽつと通りを照らし、動く車のヘッドライトが光の筋になっていく。
ぼんやりと表を見ていた目に生気が宿った。
白っぽいパジャマ姿の彼女は、歩みを進め、ベランダに出た。
家に面する通りには誰もいなかった。
バイクも人も通らない。
真夜中の静けさだけがそこにあった。
凛香はすぅ〜と息を胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐いた。
4つ数えて吸い、4つ数えて吐く感じの規則正しい呼吸だ。
そして、一度、目を閉じて見開くと、ベランダの転落防止の柵に手をかけた。
「だから、それはやっちゃダメって、何回言ったらわかるのお〜、凛香〜ぁ」
「わああぁw」
彼女の目の前には巨漢の伊達が立っていた。
凛香はいきなり現れた父親に驚き、慌てふためいて悲鳴を上げながら尻もちをついた。
「ん、もう〜!ちょっと油断すると、いつもこうなんだからぁ」
「パパ、い、いつ帰ってきたの?」
「いつも何も。今よ、今!」
「え。えええええぇぇぇぇ⁉︎」
腕組みをして仁王立ちになっている伊達を見て凛香は悲鳴を上げた。
そして目の前にいる父親と手すり越しに見える父親の姿が2つあるのに驚いた。
目の前の伊達は実体ではない。
実体の伊達は彼女のいるベランダから見える通りに同じように腕組みをして立っていた。
「ひとりで勝手に光体離脱しちゃいけないって何度言えばわかるの?こういうものは、ある程度きちんと手順を踏まないと、後で痛い目を見るって言ってるでしょう!もう、僕のかわいい凛ちゃんにそんなことが起きたら希美になんて言えばいいのぉお」
大袈裟に嘆いて見せるが、怒っているわけではなかった。
「だって…」
口をとがらして不満顔だ。
自分ができる範囲内でやれることはやっている。
危険が伴うことも知っている。
それでもそれが最良の方法だと思ってやっているのを頭から否定されたからだ。
「私がまーくんのところに探りに行こうとしてるって誰から聞いたの?ジェディさん?」
「相手は男の子なんだ。まーくんって言うんだね?」
ハッとして凛香は口に手を当てた。
自分から何をしようとしているか思わず話してしまったからだ。
伊達は腕組みを止めると凛香に手を差し出して起き上がらせようとした。
「ちなみにジェディの名誉のために言っておくと、彼女は僕にはあの石のことは何も喋ってないから」
「じゃ、何で知ってるのよ!」
父親の手を拒絶するように、自分で立ち上がった。
「パパなんだから、そんなの当たり前でしょ〜」
大きな両手を頭に置いて、盛大に嫌々している。
この動きだけでもあたりに風が巻き起こりそうだ。
「答えになってない。盗み聞きしてたわね!」
「してないったら。凛ちゃんが怒るようなことは何も。そんなの視ればわかるでしょ」
今現在はともかく伊達はかつて魔術師だとアヌビスのメンバーから聞いていた。
普段の父親からは想像できない。
それでもCoph Niaにやって来るアヌビスの面々を見ているとその話は真実だとわかる。
凛香は急に悟った。
ジェディが話さなくても、父親にはわかるんだと。
わかってしまう父親なんだと。
「あ。」
「とにかく、本当に満足に訓練もしていないのに勝手に光体で出歩くのはダメ」
人差し指を立てた右手で彼女の方に揺らしながら父親としての威厳を見せた。
「パパ…」
伊達の言葉にしょげかえりながらも凛香は上目遣いで見上げた。
自分が考えた方法以外に今のところ解決方法が思いつかないからだ。
おそらく、まーくんは眠れば夢を見る。
学校は休業中で、明日も自宅待機で会えない。
次に会えるのは早くて2週間後。
その間にまーくんは何回怖い思いをすればいいのだろう。
そう考えるといても立ってもいられなくなった。
とりあえずまーくんのそばに行ってみて、彼の夢を光体を使って見てみる。
見てみれば解決の糸口が見えるかもしれないと思ったのだ。
ただ、自分がそう考えていることはこの状態の父親には言えなかった。
私にだって考えがあるのに!と目で訴える以外に。
あまりにも無言のまま、ジと目をする娘の言いたいことはわかっていた。
娘に世話焼き性分と真っ直ぐな性格、それに直感的な解決方法の導き方。
もちろん、彼女の光体離脱能力についても嫌というほどわかっていた。
魔術師は血で継ぐものではないが、血は争えないと思っていた。
妻 希美がいない今、自分が守らなければならない相手は目の前にいる愛娘だけだ。
伊達は捲し立てたい気持ちを押さえて黙り込んだ。
そして、静かにこう言った。
「どうしても出掛けたいなら実体にしなさい。パパも一緒に行くから」
「!!」
「心配なんだろう?その男の子のことが?」
凛香は嬉しそうにうなずいた。
「じゃ、パパに任せなさ〜い!」
ぐっと握った拳をくの字に曲げて凛香の頭を覆うほどの上腕二頭筋を得意げに見せた。
Tシャツの袖口が筋肉ではち切れそうになっているのが見える。(あくまで光体上であるが、ほぼ実体の状態と変わらないので、もしかしたら、運が悪ければ服が壊れる可能性大である)
「それが一番心配なのよねw」
口では文句を言いながらもうれしそうに凛香は自分の肉体に戻り、ベッドから上半身を起こして目覚めた。
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