第31話 調査ではなく

 馬車は村の入り口から入って停留所で止まる。

 車内から降りてみるも、外に出歩いている村人がおらず、そもそも人の気配もしない。

 シャンプ村っていうところは今日初めて知って初めて来たけれど、もしかして過疎で悩んでいたりするのだろうか。もしそうだったとしても今回の依頼の内容とは関係ないけど。


 しかし弱った。人がいないとこの依頼の責任者が誰か訊くこともできない。誰にも挨拶してないけど村の中を歩き回らせてもらうしかないようだ。


 とりあえず半周ほどしてみたところ、人がいないこと以外は特に変わったことのない村だった。家屋の数からしても村人を一切見かけないなんてこと、本来ならありえない。

 

 何かの風習で屋内に留まっているのかもしれないと思い何軒かノックしてみたり窓から中の様子を覗いてみたものの、どこもかしこも中に誰もいない。


 念のため残り半周も見て回ろうとしたところで、この村の最奥地にあった集会所だと思われる建物が目にはいる。さらに一瞬だけ揺れる頭のようなものがいくつか見えた。


 よかった、一箇所に集まっていたから人影がなかったんだ。もし集団で消えたなら王都に戻って役所に報告しようと思ってた。

 僕はその集会所まで駆け寄り、扉をノックする。



「すいませーん」



 そう声もかけると、中から一人の男の人が出てきた。何だか青白い顔をしている。僕のことをしばらく見つめると、ゆっくりと気分が悪そうに口を開いた。



「君は……?」

「ギルド、ブレーメンから来ました。冒険者のギアル・クロックスといいます。ゴゴブリンが出たとのことで、その住処を調べるという依頼を受けたのですが……」

「あ、ああ……とりあえず中に入ってくれ……。おーい村長、調査を頼んでいたギルドの冒険者さんがきたぞ」



 集会所の中に入れてもらうと、そこには所狭しと人が座っていた。間違いなく村一つ分以上の人数がいる。

 しかも普通のヒトだけじゃない、猫族も何人か混じっている。二つの種族が暮らす村なのだろうか。

 それ自体は全然おかしなことではないんだけど、なぜかヒトと比較すると猫族が年老いた人しかいない。これが少しおかしい。


 一番奥に座っていたおばあさんが僕に向かって手招きをしている。おそらくあの人が村長だ。僕はその村長さんの元までまっすぐ向かった。



「こんにちは。調査の依頼できた者です」

「よくきてくれたね。……ただ、来てもらってすぐで申し訳ないが、帰って助けを呼びなさい」

「助け、ですか」

「ああ……どっちみち助けを呼ぶには詳しい内容を話さなきゃいけないね。よく聞くんだよ」



 村長さんの話を要約するとこうなる。

 

 まず、このシャンプ村のかなり近くにリリンス村という山羊族が暮らしている村がある。この場にいる猫族の方々はみんなその村の住民だそう。

 

 そして件のゴゴブリンが両方の村で確認されたので、お互い話し合いつつ、探知種の魔法を使える村人が探知してみたところ、多数のゴブリンの反応がシャンプ村からもリリンス村からとだいたい等しい距離から確認できたらしい。


 ならばと名義はシャンプ村が、実際は二つの村が合同でお金を出し合って冒険者を雇い、そのゴブリンの群れを何かされる前に対処しようと考えた。

 つまりその計画の出だしが僕であり、僕がまずその探知できたポイントの正確な場所を戦えない村人さん達のかわりにこの目で見てこればよかったわけだ。本来なら。


 しかし問題はいまから2時間前に起きた。

 なんと、リリンス村にゴブリン達が襲撃してきたのだ。そして食料だけでなく村人たちを軒並みさらって行った。この場にいる年老いたリリンス村の人たちのみ残されて。


 要するに件のゴゴブリンは偵察だったんだ。しかも……Cランクのゴゴブリンを偵察に寄越せるほどのゴブリンの集団ってことになる。となると、かなりの規模だろう。


 そして僕はゴブリンが人をさらう理由を本で読んで知っている。それは主に2パターン。


 一つは子孫繁栄を試みるため。人間とゴブリンでは子供はできない。しかしゴブリンはそのことを理解していないため発情期に入り、なおかつ群れの内にメスの数が少ないと、骨格の高い人間をそれ目的で連れ去ってしまうことがある。

 ただこれはかなり稀だし、連れ去ろうとするのは女性だけ。


 そしてもう一つは食べるため。

 なんらかの理由で人間の肉を口にしたことがあるゴブリンが、自分の群れにその記憶を拡散。人間は美味しい、という情報が広まりきったその群れは以降人間を食物とみなして拐うようになる。


 この世は魔物などが溢れているため、行き倒れになる人も多い。ゴブリンが興味本位で人間の肉を食べてしまうのは普通にありうる。故に一つ目よりこっちの方が事案が圧倒的に多い。


 そして今回は確実に後者のパターン。男性も女性も問わず拐っていき、言い方が悪いけど年老いた食べづらそうな肉は残していく。

 こんなことになるってるなんて思っても見なかった。ていうか予想なんでできるはずがない。


 そして、この場にいる両方の村の人達はゴブリンが人をさらっていく理由を知らない様子。

 村長が話をしてくれている間に何度も「なぜさらって行ったかはわからないんじゃが……」と言っていた。


 助けを待っている時間なんてない。こうなったら……こうなった僕一人でもリリンス村の人たちを助けに行かなければ!



「話はわかりました。でも助けを呼ぶ暇はありません」

「なぜじゃ? まさかゴブリンが人をさらう理由がわかるのかい、若い冒険者さんや」

「……耳を背けず聞いてください」

 


 僕は正直に、今回起こりうることを話した。

 当たり前だけどほぼ全員パニックになってしまう。でもどれだけ危機的状況かはっきり言わないと、今すぐ行動は起こしてくれないだろう。



「な、なんと……なんと……」

「なので、僕が今すぐにリリンス村の人たちを助けに行きます。僕が帰って助けを呼ぶのではなく、皆さんのうちのどなたかが、王都まで行ってこれまでの話をしてください」

「にゃんと、お主がやると申すか!」

「そうじゃ、まだ冒険者さんは子供にしか見えにゃい! 正直Dランクかすら怪しい……!」

「……すまないが、ギルドカードを見せてくれんか」

「わかりました」



 僕はシャンプ村の村長さんに僕のギルドカードを手渡した。同時に何人かが村長さんの後ろから覗き込み、それを一緒に眺める。



「ギアル・クロックス……登録日がつい最近で、14歳で既にDランク……。魔導師で魔法一種の能力二つ!?」

「なんじゃこれは、まるでめちゃくちゃ……わけがわからん」



 誰も彼もが目を丸くしている。こうやって口に出されると、たしかにヘンテコリンで突っ込みどころの沢山あるギルドカードだ。

 ……そろそろ返してくれないと、本当にまずい。



「よく言われます。それは今は置いといて、とにかく時間が惜しいです。人肉食が根付いたゴブリンは、人肉をご馳走だと思いこむらしいので、大事に食べようとすることでしょう。なので2時間経ってしまっていますが、まだ被害は少ないはずです。だからこそ今助けにいかなきゃいけないんです……!」



 そういうと、村長さんは僕のことをじっと見ながらギルドカードを差し出してきた。その顔は先ほどよりもひどく悲しそうだ。



「死地に行かせるようなものじゃ……ワシが、ワシが、お主に頼むと返事をしたら、孫ほどの年齢の冒お主に死にに行けといってしまったのと同じになるんじゃよ……」

「にゃがしかし、こうなると、頼れるのは……」

「くっ……」

「村のみにゃ……」



 僕は村長さんの手から自分のギルドカードを受け取り、背を向け、集会所の出口へ歩みを始める。

 流石にみんな僕のやろうとしてることがわかっているようだ。



「いくのか……!」

「はい、僕はそもそも頼まれなくてもいくつもりでしたから。……では」



 僕の正義感がつよい? 違う。

 ヒーローになることを望んでいる? いや、違う。

 単なる無鉄砲? それも違う。


 僕がリリンス村の人たちを助けにいく理由は、僕ならそれができるからだ。止まって見えるほど遅くできる力、とんでもない速さを手に入れられる力。それこそが僕の力。


 ここで使わなかったらいつ使う。人助けくらいできなくては、僕を最強と呼べる日などこない。

 だからこの救助には……僕のプライドがかかっている。






==========

(あとがき)

※起き入り、閲覧、レビュー、ありがとうございます!

次の投稿は今日の午後10時です!



魔物紹介


ゴブリン/Dランク

ゴゴブリン/Cランク


非常に知能が高い亜人の魔物。知能が高いと言っても人間にはだいぶ劣る。しかし武器を自作し、火を扱い、ゴブリン系同士でコミュニケーションをとることからこの世界に存在するいくつかの人間の種族はゴブリンが突然変異したものではないかという説もある。


また、人間のように魔法が得意な個体、武器の扱いが得意な個体などが別れており実際に戦ってみるまではそのどちらが得意かは判別がつけにくい。

ゴブリンと同じような生態を持つ魔物に、コボルトやリザードマンがいる。


これら知能の高い魔物は、時と場合、利害の一致によっては人間に協力することもある。



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