第32話 駆ける
村を飛び出してからまずは鞄から探知計を取り出し始動させた。とりあえずゴブリンの反応が大量にある場所を目指せばいい。
そして実際にこの村から北側に多くのゴブリンの反応があった。だいたいこの距離だと人の足で走り続けて1時間半くらいかかる場所だろうか。
シャンプ村は一本の道しかなく基本的に森で囲まれており、ゴブリン達の反応があった場所もおそらく森のど真ん中。馬車を使っての移動は見込めないので、僕自身が走っていく必要がある。
自分の【速度制御・改】を信じて、とりあえず『シィ・スピアップ』を二……いや、三回分重ね掛けする。
速度を上げた状態で長距離を走るのは初めてだけど、上手くいくだろうか。違う、上手くやらなきゃいけない。
僕は走り始めた。
学び舎で行っていた運動の科目。走行の授業ではいつもビリか下から2番目だった。そんな僕が今は並みの馬車と同じくらいのスピードで走っている。あの頃だったら確実に一等賞を取れているだろう。
「ぐ……はぁ……はぁ……」
ゴブリンの群れまであと6分の5ほど。運動が苦手だった僕の息が切れるのは当然のこと。心臓がバクバクなっているし、お腹が締め付けられるようにジンジンと痛む。
何回か低木に引っ掛かったから、数カ所、怪我もしている。
正直……こんな短期間でDランクになり、Cランクすらもすぐ手に届くような状況になって図に載っていたかもしれない。
たしかに順調に最強へと近づいていたけれど、まだまだ課題はたくさんある。特に運動面。
でもいい。それってつまり僕はまだ強くなれるってことだ。
とにかく今は休憩している時間が惜しい。水筒から水を飲み、一呼吸整えてから再び走り始める。
今度は怪我をしないように低木や鋭そうな草をなるべく避け、ただ走ることのみで頭をいっぱいにはせず、冷静に、冷静に。
群れにたどり着くのがゴールじゃない。そのあと、ゴブリンたちと一線交える。そのための体力も残しておかなくちゃいけないんだ。
……足元には頻繁にゴブリンらしき足跡が見えるようになってきた。ゴブリン達が通った道に合流できたんだろう。
それにしても本当に数が多い。加えて車輪らしい跡もあることから、荷台を使って村人たちを運んだのだろうか。
「っつ………」
再び限界が来た。これでもまだ3分の1しか走れていない。吐きそうだ、内臓が煮え繰り返っている。
大量に流れている汗が口に入り、目に入り。特に攻撃されたわけでもなく怪我も軽いものなのに自分の体が悲鳴を上げていることに苛立ちを感じる。
いや……まて、冷静さを欠いてはいけない。よく考えるんだ。
走るからこうして疲れるのだったら、走らなければいい。歩いちゃえばいいんだ。今かけている補助魔法の量を最大にして。
僕はさらに自分へ『シィ・スピアップ』をかけた。
今までこの魔法を最大まで掛けるのは攻撃に応用する時だけだった。それも立ち止まって鞭を打つのがほとんど。今回で初めて移動に使うことになる。
まさか速さの活かしどころの真骨頂である移動のために限界まで魔法を使うのが、この緊急事態で初めてだなんて。皮肉というべきかなんと言うべきか。
とにかくこの状態で、歩幅を走るのと同じくらい大きくして歩き始める。
気持ちは急いでるのに歩かなきゃいけないというのはもどかしいけれど、やってみて正解だった。
息が切れないし、さっきと同じくらい速い。それに走っている時より頭が働きやすくなるから障害物を避けるのも容易だ。
そのまま一切の休憩を挟む必要がなくついに群れまで3分の2を移動した。
間に合う、このままだったら被害が少ないままに!
そう思ったその時だった。僕の頭上目掛けてなにかが落ちてくる。
「シャーー!」
Cランクのヘビ系の魔物バキュームスネークだ。ゴブリンなど中型以上の生き物を吸い込むように丸呑みにする。人もよく被害に遭うけど、一度食事をとったら丸一日、他のものを食べなくていいらしい。
ただ、そいつが落ちてくるスピードより僕の移動の方が早く、頭から飲み込まれることは免れた。このまま追跡されるのも面倒なため、ウィップスネークの速度を極限まで遅くしておく。
しかし、この道は途中で猫族の人たちを連れたゴブリンが通ったはずなのに、なんで今のバキュームスネークはそれを狙わなかったのだろうか。襲ってくるってことは、はらぺこなはずなのに。
襲えない理由があった? それとも、単にゴブリン達に遭遇しなかっただけか。……多分後者だろう。
ちょっとしたハプニングはあったものの、歩き始めてからはそれ以上の問題はなく、やがて開けた場所に出ることができた。
真っ先に探知計をみるとたしかにここらにゴブリンがいることを示している。やっと着いたんだ。
時間にして30分弱。普通に走るより全然早い。ただ、障害物を避けて慎重に進んでいたため、僕がもっと自分が速い状態に慣れていれば10分以下で着いたような気がする。
途中まで走っていたためか、頭の中がボヤッとしてきた。いや、やっぱり走ったことによる疲労は関係ないみたいだ。なぜなら文字が浮かんできたから。
<【特技強化・極】の効果が発動。
能力進化:【真・速度制御】>
最近進化したばかりの速度制御がもう進化したみたい。とはいえ、道中で進化していればもっと早くここまで到達できたんだけどな。贅沢言っても仕方ないか。
それに森の中をひとっ走りして進化させられるんだったらもっと早くやっておけばよかった。……今までやろうと考えつきすらしなかったかけど。走るの嫌いだから。
……さて、今僕の目の前に湖の水を丸ごと全部抜いたような大きな大きな穴がある。どう考えてもゴブリン達はここを拠点にしているのだろう。
僕はそっと穴まで近づき、覗き込んでみた。
==========
(あとがき)
閲覧ありがとうございます!
明日の投稿も午後6時と午後10時です!
私、走ってると喘息でもないのに脇腹と肺と喉がめちゃくちゃ痛くなるので、走るのは嫌いです。走るの嫌いだから他の運動も軒並み嫌いです。でもギアルくんには頑張ってもらいました。
(非常に励みになりますので、もし良ければ感想やレビューやコメント、フォローなどをよろしくお願いします!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます