ピロートークwith神代
今年の春先に俺の悪友
ただ神代をはじめとする事件の解決に当たった皆から話をつなぎ合わせた結果と、彼女の屋敷をひっくり返す勢いで家探しして得た成果物から、一つのストーリーが見えてきた。
だから今はそれを事件の真相というか、詳細な情報として扱っていた。
――大蛇の奴が暴走して町の半分が濁流に飲み込まれた際、栂は隠れてそれに巻き込まれて死ぬはずだった人間を助けたらしい。
で、その脳を生きたまま摘出した。
本人の手記曰く“リサイクル”だそうだ。
なお脳を取った体の方はそのまま濁流に改めてポイしたそうだ。
気が狂っているとしか思えなかった。
――そうやって彼女が用意したのは、老若男女合わせて一万人分を越える数の脳。それをあろうことか栂は自分の力で粘土をまとめるみたいにこねくり回して圧縮して、一つの歪な箱を作った。
一辺十センチにも満たない立方体。
スーパーコンピューターも真っ青な性能を持つそれ――“水槽”を使って彼女が何をしたのかと言えば、怪異の培養だった。
「あ、あっ、あ――ンっ」
“水槽”は一万人の脳をただぐちゃぐちゃにしてまとめたものではない。
理屈は分からないし知りたくもないが、一万人の人格と思考を保ったままダウンサイズしたものだったそうだ。つまりあの箱の中で、肉体も感覚もないが、一万人の意識だけは生きている状態だった。
それに外側から望んだ怪異のデータを入力し、“気持ちよくなるお薬”で
……そういえば喋ると彼女が殺されかねなかったため(結局俺が殺したのだが)皆には未だに言っていないが、大蛇の一件も元をただせば彼女が原因だ。
今にして思えばその時点から計画を練っていたのだろう。何とも用意周到な事だった。
「ん、ぅ――ッ」
結論を言うと“水槽”による怪異の培養は成功した。
その作例を記したらしい資料がいくつも屋敷の中には残っていた。
“尽きない弾丸”もその作例の一つだ。資料によれば“全体的に養殖モノだからか天然モノに比べるとかなり質が落ちていた”らしいが、それは母数の問題という事だった。一万人では全然足りなかったらしい――二千万人分あれば十全、と手記には書かれていた。
ともかく人為的に都市伝説を生み出すことが出来たという結果が得られたため、今度はその性能を試したくなった栂は、街中に何体か作例の怪異を解き放った。
結果的に怪異は全て殺し切ったが、その過程で後輩の目が片方潰れ、妹分が片腕を失った。
だから俺は彼女を殺すと決め、即座に屋敷へ赴き殺害した。
その際に“水槽”の破壊も行っている。
「けふ。……付け直しますね」
――栂の遺体は三週間ほど前に霊安室から消え、行方が分かっていなかった。
そして今日、彼女が作成したと思われる怪異と、それを使う男が現れた。
……本当に彼女が蘇ったのだろうか。
男から話を聞ければ良かったのだが――それは、
「ん……あ、もうこんな時間……」
畳の上に敷いた布団。
素っ裸で仰向けになっている俺にまたがっていた、衣服をはだけさせた神代が俺に抱きつきながら恍惚とした表情で囁く。
一方で俺は眉根を揉みながら言う。
「……腰がいてぇ」
「? みずはみくん動いてませんよね」
「いや何度もこう、全体重を叩きつけられると……」
「むぅ。というかちょっとは気持ちよさそうにして欲しいのです。このマグロめ。……まぁでも流石に疲れちゃいましたし、今日はもう終わりにしましょうか」
やっと満足してくれたらしい――全く、控えめに言っても地獄だった。
ようやく訪れた行為の終わりにほっと安堵の息を漏らすと、神代がそんな俺をじーっと穴が空くほど見つめていた。
目つきがこわい。なにをなさるおつもりで。
がっ、と両手首を抑えつけられベッドの上にあおむけに拘束された。磔にされたように動けない。なんかデジャヴ。
そして見れば、神代の頭頂部で獣耳がぴくぴくと動いていた。
体に隠れて良く見えないが、左右に揺れるものがある。尻尾だった。
「……どうしたんだよ」
「――今の安心した顔にちょっとムラっと来た」
「えー……」
乱れた髪を邪魔にならないようポニーテールのように纏め、神代は犬歯が剥き出しになるような嗜虐的な笑みを浮かべた。
肉と肉とが叩きつけられる音が遠い。
天井の木目を数えつつ、俺は明日学校サボろうかなぁ、などと現実逃避がてら考えていた。
※
「……」
気付いた時には朝だった。
ちゅんちゅん、と外から雀の鳴き声が聞こえていた。
「……何があったんだこれ。こわっ」
目が点になるレベルで部屋の中はひどい有様だった。布団の上が汗や涙やよく分からない液体やらでぐちゃぐちゃだ。布団をはみ出して畳の上にまでフツーに飛び散っている。
というかあそこの壁まで何があったら飛んでいくんだ。
布団の上から軽く二メートルは離れてるだろ。
神代はというと、俺の上に乗って寝ていた。
くぅくぅ、と寝息を立てている小動物のように可愛らしい見た目の彼女が、昨夜肉食獣のように俺の上でさんざ乱れていたとは、正直襲われた当人である俺でさえ思えない。
「めっちゃ体中いてぇ……」
壁掛け時計が示す時刻は午前五時――まだ起こすには早いだろう。
とりあえずシャワーを浴びたいので、真っ裸の神代を極力刺激せずに俺の上から引きはがそうと痛い痛い痛い! なんでコイツ寝てんのにこんな力強いんだよ……!
ともあれ何とか引きはがす。背中の爪痕がヒリヒリと痛む感覚に顔をしかめながらそっと寝室を後にし、風呂場へ向かう。
その途中。
縁側に面する廊下の突き当りに置かれた姿見に映ったヤツを見て、吐き捨てるように自嘲した。
この世で一番嫌いな奴が、そこに映り込んでいた。
「……相変わらず貧相な体つきだこと」
――傷跡だらけの白い肌。
細長い手足と女のような顔。雑に切りそろえた肩口まで伸びる長い茶髪。
そんな
……そういや簪どこやったんだ。
・水喰錬
かんざしで茶髪結ってる男の娘。
影から伸縮自在の刃を伸ばせる。
身内にゲロ甘であり逆レどころか人殺しすら容認するが、身内が身内を傷つけた場合には即座に傷つけた側を殺害しに行く。
・神代環
低身長ロリ巨乳怪力ストーカー。
かつて狐に憑かれた際、水喰に助けられて以降彼のストーカーと化した。
・栂睡蓮
高飛車アルビノツンデレ女。水喰の悪友で彼とは長い付き合いだったものの、紆余曲折あって彼の手で殺害された。現在遺体が行方不明。
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