第869話 立ち上がる男(中編)

※今回も引き続き、新旧コンビの新田和樹目線の話になります。


 ギルドの訓練場で木剣の素振りを繰り返していたギリクに遭遇した後、どう対応すべきか答えを出せず、一旦シェアハウスに戻った。


「ジョー、いるか?」

「おぅ、何か報告で問題でもあったのか?」

「いや、報告は問題なかったんだけど……」

「まぁいいや、入れよ」


 ジョーの部屋は、俺や達也の部屋とは違ってキッチリ片付いている。

 さすが几帳面だと見る度に感心させられる。


「それで、何があったんだ?」

「報告してたらドノバンさんが出てきてさ、たまには訓練場で汗を流せとか言われたのさ」

「あぁ、確かに最近は対人訓練とかやってないもんな」

「だろう! 俺らもそう思ったんだけど、考えてみればもう夕方じゃんか、そんな時間から汗を流せってのも変じゃねぇかって話になったのさ」

「それで、行かなかったのか?」

「いや、行ったよ。ドノバンさんが、そんな時間に行けって言うのは、何か目的があるとおもったのさ」

「なるほど、確かにそうだな。それで?」


 時間の話を出した途端、ジョーがそわそわし始めた。

 よく見れば、部屋着ではなく外出する時の服装だ。


「それで?」

「あぁ、それでさ……居たんだよ」

「なにが?」

「訓練場の端で……素振りしてる男が」

「素振りをしてる男? 悪い、この話長くなるか?」

「いや、そんなに長くはならないけど……なにか用事でもあるのか?」

「いや、まぁ……ちょっと……」


 けっ、どうせケモ耳彼女と八発ナイトの予定なんだろう。

 俺がギリクなんかに頭を悩ませているのに、そう簡単にイチャイチャできると思うなよ。


「用事って?」

「いや、大した事じゃないから、それより訓練所で素振りをしていた男って誰のことだ?」

「誰だと思う?」

「そういうの要らないから、誰なんだよ」


 おぅ、ちょっとイラっとしてきたみたいだな。


「じゃあ、ヒントな」

「いや、ヒントとか要らないから、さっさと言えよ」

「ヒントはモフモフ!」

「お前なぁ……って、モフモフ? まさか、国分とコボルトなのか?」

「ブッブーーッ! 第二ヒント」

「和樹、いい加減に……」

「薬屋」

「えっ、ギリク?」

「正解!」

「マジで?」


 ギリクの名前を出すと、ジョーは苛立ちを消して考えを巡らせ始めた。


「汗びっしょりで、見るからに疲れている感じだけど止める気配も無くてさ、どう思う?」

「どう思うって……この所は良い噂を聞いてないから、立ち直るつもりなら手を貸してやれ……みたいな感じじゃないのか?」

「だよなぁ……でも、ぶっちゃけ声を掛けづらくてさ」

「あぁ、右手を失った時の状況が状況だもんな」


 ギリクが右腕を失った時、俺達はその現場に立ち会っている。

 二頭のロックオーガに無謀にも一人で立ち向かい、その結果としてギリクは右腕を食われたのだが、その命の危機を救ったのが俺達だ。


 駆け付けた時には、まだ距離が離れていたので、ロックオーガに捕まっているのがギリクだとは分からなかった。

 ギリクを助けられたのだが、片や身の程知らず、片やロックオーガまでスムーズに討伐するパーティーという構図が出来上がってしまった。


 向こうは訓練を怠り、こちらは地道に訓練を続けた結果だから、俺達が卑屈になる必要なんて何も無いのだが、それでも一緒に依頼を受けたこともある間柄だ。

 あまりにも明暗がハッキリしてしまい、絡みづらくなっている。


「うーん……ちょっと考えてみるから時間もらっていいか?」

「それは構わないけど……ジョー、時間は大丈夫なのか?」

「お前なぁ……いくら女が居ないからって、質が悪いぞ」

「えー……何の事かなぁ……よく分からないや」

「こいつ……やっぱり同棲を前倒しするかな。そうすりゃ毎晩……」

「待て、同棲だぁ? ようやく八木の所が静かになったのに、俺の隣の部屋で何するつもりだよ!」

「ふっ、わざわざ答える必要も無いだろう。ほら、俺は出掛けるから出て行け」

「いいや、そんな事は許さないぞ。八発様が降臨したら、俺の睡眠時間が無くなっちまうだろう!」

「大丈夫だ、俺だって事が済めば寝るんだから……ほら、自分の部屋に戻れ」

「嫌だぁ……八発様、どうかお慈悲を八発様ぁ」

「うっさい、帰れ!」

「ぐへぇ……」


 ……んだよ、蹴らなくたっていいだろう。

 てか、ジョーの奴、マジで同棲する気なのかな。


 毎晩隣の部屋からアンアン、ギシギシなんて耐えられんぞ。

 憂鬱な気分を抱えて一階のリビングに降りると、どんより落ち込んだ鷹山がいた。


「どうした? またリリサちゃんに拒否られたのか?」

「ば、ばば、馬鹿なことを言うな。俺がリリサに拒否られる訳ないだろう」

「だよな、それなら落ち込む必要も無いな」

「そうだな、その通りだな。リリサからは愛されてるんだから、落ち込む必要など無いな」


 どんより落ち込んでいたのかと思いきや、あっさり立ち直りやがった。

 鷹山は親バカ、嫁バカで呆れることも多いのだが、こういう切り替えの早さには感心する。


「なぁ、鷹山。今日、ギルドの訓練場に行ったら、ギリクが必死の形相で木剣振ってたんだけど、どう思う?」

「冒険者に復帰するつもりだろうな」

「マジで、そう思うのか?」

「その気も無いのに必死に木剣なんて振ったりしないだろう」

「あぁ、それもそうか」


 確かに鷹山の言う通り、何の目的も無いのに汗みずくで木剣を振ったりしない。


「じゃあさ、俺らはどうしたら良いと思う?」

「どうしたらって?」

「いや、手伝った方が良いのか、それとも無視すべきなのか……」

「そんなの俺に聞かれても分からないよ」

「だよなぁ……」


 鷹山に聞いた俺が間違いだったと思いかけたら、意外な一言が返ってきた。


「ギリクに聞けよ」

「はぁ?」

「だから、俺に聞かれたって、ギリクが何を考えてるのかなんて分からないよ。手伝ってほしいのか、それとも放っておいてほしいのか、そんなのギリクに聞かなきゃ分からないだろ」

「あっ……なるほど」


 頭を殴られたかと思うほどの衝撃だったが、鷹山の言う通り、ギリクが何をして欲しいのかなんて本人に聞かなきゃ分からない。

 それなのに、俺達が勝手に考えて世話を焼いてやろう……なんて傲慢だろう。


「そうだな、その通りだ。あれこれ考えすぎた。てか、鷹山を見てると、マジで馬鹿と天才は紙一重なんだと思うよ」

「だろう、俺も前からそう思ってたんだよ」


 いや、ドヤ顔してっけど褒めてねぇからな。


「でもよぉ、片腕で冒険者なんて出来るのか?」

「出来るだろう」

「いや、あっさり言うけど簡単じゃねぇぞ。それにギリクが失ったのは利き腕だろう?」

「そもそも、出来る出来ないって、誰が決めるんだ?」

「えっ? 誰っていうか、冒険者で飯が食えるかどうかで決まるんじゃね?」

「だったら出来るだろう。薬草の採取なら片手だって出来るし、オークだって一頭なら何とか倒せるだろう」

「言われてみれば、そうだな」

「それに、ソロでやらなきゃいけない訳じゃないだろう」

「おぉ、確かに。パーティー組めば良いのか……ってか、ギリクの性格じゃパーティー組むのは難しいだろう」

「まぁ、俺もそう思うけど、人間必死になると変わるものだぞ」


 日本に居た頃や召喚された頃の鷹山は、ハッキリ言っていけ好かない男だった。

 だが、ヴォルザードで靴屋を燃やして強制労働をさせられ、クラウスさんに薫陶を受け、シーリアさんと一緒に暮らせるように努力した結果、以前とは別人に思えるほど変わった。


 オーランド商店の護衛依頼で他の街に行った時でも、浮気をする素振りすら見せない。

 勇者様なんて呼ばれていた男が、犯罪者として隷属の腕輪を嵌められるまで落ちぶれ、そこから一歩ずつ地道に歩んできたのだ。


 鷹山に出来て、ギリクに出来ない訳がない。

 それでも、これまでの経緯を知る者としては、信じきれないという気持ちもある。


 以前ギリクは、身だしなみを整え、国分に訓練に参加させてもらえるように頭を下げた。

 あの時は、これでギリクも少しは常識的な行動をとると思っていたのだが、結局護衛の仕事は嫌だとか言ってペデルさんとのコンビも解消したのだ。


「何度目の正直なんだ? まぁ、ドノバンさんの思惑には乗っておくか……」


 明日の午前中にでもギルドの訓練場に顔を出し、ギリクが居たら直接要望を尋ねることにしよう。

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