第868話 立ち上がる男(前編)
※今回は新旧コンビの新田和樹目線の話になります。
オーランド商店の護衛依頼を終えた後、ギルドへの報告は当番制になった。
信じられないかもしれないが、あの親バカの鷹山までもが当番の時には報告に行っている。
そうでもしないと、鷹山の場合は依頼や訓練の時以外シェアハウスに入り浸りなのだ。
嫁さんや娘にとっては良き父親なのだろうが、世間の動きから取り残されてしまう。
最近はどんな依頼が増えているのか、どんな依頼が残っているのか、ギルド内部の様子はどうなのか、自分達がどう見られているのかなど……少しは考えろと、ジョーから諭されたのだ。
まぁ、俺達に任せきりのままギルドの手続きが出来ないようでは、いつか娘に幻滅されるぞという一言が止めだったのだが……。
ジョーにしてみれば、これまで手続きを自分だけがやっているのは不満だっただろうし、俺達も手続きに慣れていた方が良いのは確かだ。
そして今日は達也が報告の当番で、俺はそれに付き添ってギルドまで来ている。
「どうするよ、和樹」
「いや、どうするって、行くしかねぇだろう」
「いや、でもさ……」
「さっさと報告だけ済ませて帰るぞ」
「あぁ……」
ギルドのロビーに入った達也が足を止めたのは、既に俺達がロックオンされているからだ。
カウンターの向こうの受付嬢から熱い視線を注がれている。
以前の俺達だったら、何を馬鹿な妄想をしているのかとか、警戒されているの間違いだろうと言われていただろうが、見間違いでも何でもない。
「うっ……」
覚悟を決めてカウンターへ向かって一歩踏み出そうした達也が、小さく呻いて足を止めた。
さりげない動作ではあったが、カウンターの向こうの受付嬢が制服のボタンを一つ外したのだ。
「ビビるな、達也」
「分かってる、分かってるけどよ」
「大丈夫だ、俺もいる」
「お、おぅ……」
俺が軽く背中を押すと、達也は一歩、二歩と歩みを進め始めた。
「ふぐぅ……」
「止まるな、達也」
足を止めかけた達也の背中を強く押す。
分かってる、俺だって怖い。
カウンターの中の受付嬢は、更にボタンを二つも外してみせたのだ。
ギルドの受付嬢の中でも抜きん出た大きさの双丘が、封印から解き放たれるように存在感を増していく。
そのシットリとした柔肌や深い谷間から目を逸らすのは、若くて健康な十代男子には不可能ともいえる難行苦行だ。
「い、依頼達成の報告です……」
喉に痰が絡んだような声で達也が要件を告げると。
フルールさんは、深い谷間を見せつけるように丁寧なお辞儀をしてみせた。
「お疲れ様でした、達也さん」
「ど、どうも……」
止めとばかりに寄せて上げる腕の動きに耐えかね、チラっと後ろを振り返った達也は驚愕の表情を浮かべる。
すまん達也、お前が要件を告げている間に、俺は五歩ほど下がらせてもらった。
『うらぎり者……』
達也が口パクで声に出せない言葉を告げてくるが、今日はお前の当番なんだから諦めろ。
ていうか、この前はお前が俺を見捨てたんだからな。
フルールさんは、殊更丁寧に依頼完了の手続きを進めていく。
その間、わざとらしくペンや用紙を落としたりする。
達也の理性が勝つか、制服の第四ボタンが耐えきるか、色々とスリリングな展開は、突然終了した。
「痛っ……」
「制服はキチンと着ろ」
背後から歩み寄ってきたドノバンさんに拳骨を落とされ、フルールさんは涙目で制服のボタンを留め直した。
「鼻の下は伸ばしてないようだが、お前らも調子に乗るなよ」
「大丈夫っすよ、俺らはジョーを見習ってますから」
「そうそう、達也の言う通り、俺らは出来る男を目指してますからね」
「ふん、そのジョーも含めて言ってるんだ」
近藤は、国分という規格外を除けばヴォルザードのギルドで一番期待されている男と言っても過言ではない。
ギルドの顔役であるドノバンさんからも認められていると思っていたのだが……。
「最近は、魔の森もリバレー峠も、厄介な案件はケントの野郎が片付けちまって平穏そのものだ」
「平穏ならば良いじゃないですか」
「そうだな、お前らがヴォルザードに現れる前も平穏な期間が続いてたが、その後は、ロックオーガの大群が来たり、ゴブリンの極大発生が起こったり……散々だった」
ゴブリンの極大発生は俺達も目にしたが、城壁下を埋め尽くすほどの数のゴブリンには命の危険を感じると同時に、強烈な生理的嫌悪感を覚えた。
「でも、国分の眷属もいるし、そんなに危機的な状況にはならないんじゃないっすか?」
「俺も和樹に賛成っすね。国分の野郎は性格は褒められたものじゃないですけど、戦闘力なら当時よりも上がってるでしょ」
「確かにそうだな、だが、他の場所で厄介ごとに巻き込まれていたらどうだ? そっちで人手が足りなくなって、こちらの眷属を抜かれた時に何か起こったらどうする?」
確かに国分の戦闘力は別格だが、その戦闘力はあちこちで頼りにされている。
最近は日本からの要望は届いていないみたいだが、小惑星の接近みたいな地球の危機となれば、国分も動かざるを得ないだろう。
「どこかで厄介事に巻き込まれている最中、ヴォルザードに危機が迫ればケントはこちらを優先すると思うが、到着が遅れる場合もあるだろう。その時に、お前らは自分の大切な人を守れるのか?」
「それは……分からないっすよ」
「俺らだって鍛錬は続けてますよ。でも、俺らには国分の代わりは務まりませんよ」
「まぁ、それに関しては俺も同じだが、平穏に思える時こそ気を抜きすぎるなよ。たまには、裏手で一汗流してこい」
ドノバンさんは訓練場の方を顎で示し、達也に依頼完了の書類にサインをさせると、手振りで俺達を追い払った。
フルールさんが、ぶんむくれていたのは言うまでもないだろう。
「そう言えば、対人の訓練は暫くやってなかったな」
「確かに……」
達也が言う通り、このところは魔法や遠距離攻撃の訓練がメインだったので、木剣を手にした手合わせなどはやっていなかった。
「ちょうどいいタイミングだし、ちょっとやっていくか?」
「いいけど、もう夕方だぜ。やるなら明日の方が良くね?」
「そうなんだけど……なんか言いたげじゃなかったか、ドノバンさん」
「あー……確かに」
フルールさんの露骨な色仕掛けから助けてもらったのは有り難いが、普段だったらスルーされているところだ。
というか、俺の時は完全スルーで姿すら見せなかった。
「達也に助け船を出したというより、訓練場の方が本命ってことか?」
「そうじゃね?」
「でもよ、訓練場に何があるってんだろうな?」
「さぁ?」
ドノバンさんの行動からすると、俺達を訓練場に向かわせようという意図を感じるのだが、その目的が分からない。
「まぁ、行ってみようぜ」
「そうだな、行けば分かるか」
一体、何があるのかと期待しつつ訓練場へ向かうドアを開けたのだが、特に賑わっている感じはしない。
そもそも、訓練場の使用は講習が行われている午前中と、講習が終わった後の自主練が行われる昼過ぎがピークだ。
日が傾き出している今ぐらいの時間は、殆どの者が鍛錬を切り上げているのが普通で、今日も訓練場には数える程度の人数しか残っていない。
突然、訓練場を見回していた達也が、端っこで木剣を振っている人物を指差した。
「おい、和樹、あれ見ろ!」
「うえぇ、マジか!」
その人物は、こちらに背中を向けて一心不乱に木剣を振っていた。
どのぐらいの時間続けているのか分からないが、シャツは汗に濡れてベッタリと張り付き、木剣の振りにも疲れが見える。
「復帰するつもりなのか?」
「分からねぇけど……分からねぇ」
以前に比べると、だいぶ体つきに緩さは感じられるが、あの体格でケモ耳、モフ尻尾は見間違いではないだろう。
「どうする?」
「どうするって言われてもなぁ……」
「だよな……」
俺も達也も、すぐには答えを出せずに、赤く染まり始めた空の下で素振りを続けるギリクの背中を黙って見守った。
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