第861話 変な山賊(後編)
ゼータ達の妨害を受けて襲撃に失敗したブルーオーガは、てっきり時間を置かずに次の襲撃を行うと思っていましたが、なかなか動こうとしません。
「ラインハルト、どう思う?」
『そうですな、外からの情報を待っている可能性が高いですな』
ラインハルトの分析によれば、ブルーオーガの連中が動かない理由は三つあるそうです。
一つ目は、食うに困っていないからでしょう。
ブルーオーガの連中は、これまでの襲撃で手に入れた戦利品を売りさばいて金にしたり、そのまま利用したりして生活に必要な品物を蓄えています。
今日の食事に困っているような状況であれば、急いで次の襲撃を行うのでしょうが、食料や酒にも困っていないなら焦る必要はありません。
二つ目は、襲撃のための情報を十分に仕入れているからだと思われます。
ブルーオーガの連中が捕まっていない理由の一つは、襲撃に失敗していないからです。
山賊は死罪……というのがランズヘルト共和国の常識で、襲われた側は容赦なく反撃して山賊を殺します。
ただ、中には生きたまま捕らえられる者もいますし、そうした者達は恩赦をチラつかされてしまうと、我が身の可愛さから情報を喋ってしまいがちです。
情報が洩れれば、アジトを突き止められて、組織が壊滅させられる可能性が高まります。
ブルーオーガの連中は、これまで一度も仲間が捕らえられた事が無く、そのため情報が洩れてこなかったそうです。
襲撃の成功率が高いのは、獲物を厳選して襲撃しているからでしょう。
山賊にとって、一番厄介な獲物は鉱石です。
マールブルグの鉱山から産出される鉱石は、精錬せずに運ばれる場合があり、未精錬の鉱石は重さの割に価値が低く、山賊にとっては割の合わない獲物です。
逆に効率が良いのは、宝飾品や貴金属、魔石、そして現金ですが、馬車に何が積まれているのかは、外から見ただけでは分かりません。
そこで必要になるのが情報です。
馬車の積荷は何なのか、どんなレベルの冒険者が何人護衛しているのか……どうやって仕入れているかは不明ですが、そうした情報を基にして襲撃計画を練っているようです。
三つ目は、山賊どもが不満を抱えていないからだと思われます。
山や森に潜んでいる山賊や盗賊は、制約の多い生活に不満を募らせ、それを解消するために襲撃を繰り返したりします。
ブルーオーガの連中は、前述の通り十分な食事をして、酒を飲み、住環境もそれなりに整えられているので、環境から来るストレスが抑えられているようです。
そして、娯楽として人質になっている女性フェフナとの性行為が許されています。
フェフナが一晩に相手をするのは三人までと決められていて、三人を一度に相手するか、順番に相手するかは利用者同士の話し合いで決まるらしい。
驚いたことに、フェフナは嫌々男どもの相手をするのではなく、積極的に行為を楽しんでいるようでした。
『おそらく、身売りさせられるよりもマシだと考えているのでしょうな』
フェフナの考えまでは分かりませんが、住めば都的な考え方なんでしょうかね。
ブルーオーガの連中が潜伏を続けている間、眷属たちの追跡調査を続けさせていると、徐々に情報の出所が分かってきました。
その一人が、マールブルグ・ギルドに所属しているDランクの中年冒険者でした。
周囲からは、うだつの上がらない飲んだくれ、金があるうちは働かず、金が無くなったら肉体労働で日銭を稼いでいる冴えないオッサンと思われているようです。
ギルドの酒場で管を巻きながら冒険者の動向を探り、掲示板の情報と合わせて誰が何処の依頼を受けたのか探り出していたようです。
ブルーオーガの連中は、ヴォルザードのギルドにも情報要員を置こうと画策していました。
情報提供者の他にも連絡員、襲撃で得た品物を売りさばく者など、リバレー峠のアジト以外でも二十人近い者が動いていました。
ブルーオーガの連中が綿密に計画を立てて襲撃を行うのは、マールブルグ守備隊にとって厄介なことでしたが、僕らの証拠集めには好都合でした。
組織の人間と認定した人物には闇属性を付与した魔石をセットして動向を監視、打ち合わせなどの現場は全て撮影しておきました。
襲撃失敗の後、約十日間の準備期間を費やして、ブルーオーガの連中は新たな襲撃を実行しました。
「手前ら仕事だ! 浮ついてんじゃねぇぞ!」
夜明け前のアジトで声を張り上げたのは、スルダンという男だそうです。
スルダンと左右に控えている二人の男は、元フェアリンゲンの守備隊員だったようです。
守備隊内部で不祥事を起こして除隊を余儀なくされ、冒険者に鞍替えした後も数々のトラブルを起こし、マールブルグまで流れてきたらしいです。
元守備隊員ならば、普通の山賊とは違った襲撃の仕方をするのも納得です。
スルダンの訓示を受けた後、ブルーオーガの連中はアジトを出て、リバレー峠の南側の襲撃地点へと向かいました。
「あれっ、随分と下まで行くね」
山賊は、馬が疲労する峠の頂上付近で襲撃するのが一般的です。
『護衛の油断を突くつもり……』
フレッドが調べたブルーオーガの戦術は、護衛の冒険者の隙や油断を突く戦法が多いそうです。
『馬車を止めるために、素っ裸で助けを求めたりもしたらしい……』
「うわぁ、見たくないねぇ……」
襲撃予定の場所に到着すると、ブルーオーガの連中は三組に別れて準備を始めました。
「あれっ、普通の防具じゃない?」
『あっちは囮……』
ボロボロの格好をした二人と、チグハグな防具を付けた見るからに山賊という格好の三人、そしてブルーの防具を身に付けた一団に別れています。
普通の防具を着た五人は山頂側、ブルーの防具を着た一団は少し下った場所に身を隠しました。
暫くすると、麓の方から次々に馬車が登って来ました。
数台でキャラバンを組んでいるものもいれば、単独で登ってくる馬車もいます。
ブルーオーガの連中は、じっと身を潜めて動く気配を見せません。
どんな馬車を待ち構えているのかと思っていたら、山賊どもが準備を始めたのは、藁を満載した馬車が近づいてきた時でした。
「えっ、あの馬車を襲うの?」
『藁は偽装のため……』
馬車はマールブルグの宝飾店が用意したもので、大量の藁はカモフラージュのために載せてあるそうです。
「さ、山賊だぁ! 助けてくれぇ!」
「山賊だ、逃げろぉ!」
ボロボロの格好をした二人が坂の上から駆け下りて来て、藁を満載した馬車とすれ違っても更に駆け下りて行きました。
続いて、チグハグな防具を身に付けた三人が姿を現すと馬車は急停止し、御者台に座った二人の他に藁の中から更に二人の冒険者が飛び出してきました。
三対四の戦いが始まると思った直後、隠れ潜んでいたブルーの防具を着た一団が、馬車へ目掛けて一斉に弓矢や魔法を放ちました。
「闇の盾!」
号令もせずに一斉攻撃を放った手腕はなかなかのものですが、影の空間から監視しいていた僕らからは見え見えのタイミングなんだよねぇ。
「みんな、やっちゃって!」
僕が号令を下すと、フレッド、バステン、それにイッキたちが一斉に動いて、瞬く間にブルーオーガの連中を制圧しました。
「僕はヴォルザード所属のSランク冒険者、ケント・コクブです。僕の眷属が山賊ブルーオーガを討伐していますので、皆さんはそのままお待ちください」
影の空間から大声で呼びかけると、藁を満載した馬車に乗っていた一団はホッとした表情を浮かべたものの、警戒態勢は解こうとしませんでした。
うん、なかなか優秀な冒険者みたいですね。
山賊を縛り上げたイッキ達が騎士の敬礼をしてから影に潜っていくのを見て、ようやく冒険者たちは警戒を解きました。
縛り上げられたブルーオーガの連中は街道脇に並べられ、その脇には大きな立て看板を持ったコボルト隊が立っています。
『山賊ブルーオーガ一味は、ケント・コクブが捕縛しました。ですが、道中気を抜かずにお進み下さい』
リバレー峠で捕縛が行われたのと時を同じくして、麓の村やマールブルグの町中で協力者や連絡員が、コボルト隊に縛り上げられて張り紙を貼られました。
『この者は山賊の協力者です、守備隊に連絡して下さい。ケント・コクブ』
更には、アジトに残っていた者達もイッキたちに縛り上げられ、ブルーオーガ一味の捕縛は完了しましいた。
うん、今回も僕はあんまり働いていない気がするよ。
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