第860話 変な山賊(中編)
山賊ブルーオーガの監視を眷属のみんなに頼み、僕はマールブルグ家に向かいました。
「うん、門を守る衛士は二人だね」
かつてマールブルグ家の門には、違う制服を身に付けた二組四人の衛士が立っていました。
双子の兄弟アールズとザルーアが家督を巡って対立し、それぞれが衛士を立たせていたのです。
今は同じ制服を着た二人の衛士が門を守っていますが、家督争いは決着したんですかね。
とりあえず、領主であるノルベルトさんに会って、指名依頼受託の挨拶をして、ついでに家督相続の件にも探りを入れてみますか。
門から少し離れた場所に闇の盾を出して表に踏み出すと、二人の衛士は姿勢を改めて敬礼してきました。
「ケント・コクブ様、ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは、ノルベルトさんはご在宅ですか?」
「はい、ケント様がいらしたら、お通しするように承っております」
衛士の一人に案内されて玄関に向かうと、すぐにメイドさんが書斎まで案内してくれました。
「旦那様、ケント・コクブ様がお見えです」
「入っていただけ」
「失礼いたします」
執務机に向かっているノルベルトさんは、以前に比べると血色も良く健康そうに見えます。
「ご無沙汰しております」
「あぁ、良く来てくれた。それと、依頼を受けてくれた事に感謝する」
「クラウスさんがOKすれば、大概の依頼は受けますよ」
Sランクの指名依頼については、所属する領地の了承が必要になります。
これは、ギルドの最大戦力でもあるSランク冒険者が不在になれば、その地域の戦力が手薄になってしまうからです。
ただし、それは従来の冒険者は移動に時間が掛かっていたからで、影移動で瞬時に遠方まで移動できる僕には当てはまりません。
「それならば、これからは頻繁に依頼を出すとするかな」
「それは構いませんが、クラウスさんが納得する依頼料を出すのは大変じゃないですか?」
「そうだな、その問題があったな」
普段、僕に依頼を出す時に、ベアトリーチェ相手に四苦八苦しているクラウスさんですが、間違いなく貴方の遺伝ですからね。
ノルベルトさんに促されてソファーに腰を下ろすと、メイドさんが香りの良いお茶を淹れてくれました。
「さて、厄介な依頼を出してスマンな」
「いいえ、山賊は放置できませんからね」
「うむ、ブルーオーガなどとふざけた名前をかたる輩には、鉄槌を下してやらねばならぬ」
山賊ブルーオーガによると思われる被害は、僕が考えていたよりも深刻なようです。
「死者、行方不明者を合わせると約三十人、総被害額は千八百万ヘルトを超えている」
「えっ、そんなにですか」
千八百万ヘルトというと、日本円の感覚だと一億八千万円ぐらいになります。
多くて五百万ヘルト、せいぜい三百万ヘルトぐらいかと思っていたので、ちょっと予想外でした。
「一件ごとの被害金額も多いし、明確に狙いを定めているようだ」
「行き当たりばったりに襲っているのではなくて、情報を仕入れているのですね?」
「そう思われるが、何しろ足取りが掴めない。襲撃した馬車に乗っていた者は、殆どが殺されたか連れ去られていて、追跡が出来ていないのだ」
山賊ブルーオーガは宝石や工芸品、現金など運搬が容易で高価な品物を積んでいる馬車を狙い、目撃者を残さないようにしているそうです。
襲った馬車を丸ごと奪って逃げる手口もありますが、馬車が通った跡を追跡されるリスクが生じます。
人間でも足跡は残りますが、小川を渡るなどカモフラージュする手立てはいくらでもあります。
「出来れば、奴らの手口を調べてもらいたいが、まずは見つけることが困難だろうから、新たな被害を出さないことに注力してもらいたい」
「もし、次の襲撃前に発見出来たら、手口を調べた方が良いですか?」
「可能であれば頼む、その場合には別途報酬を考えさせてもらう」
「分かりました。これまでに判明している、奪われた品物や連れ去られた人の詳細を教えていただけますか?」
「こちらに資料をまとめておいた。それは控えだから、持っていって構わんぞ」
「では、お借りしていきますね」
まとめられた資料は三十ページぐらいあり、襲われた馬車ごとに人と品物が書き出されていました。
ざっくりと資料に目を通すと、馬車ごとに明確に狙いが付けられているのが分かります。
宝飾品を狙ったかと思えば、食料品や酒が狙われていたり、女性が狙われていたりします。
「見ての通り、街に協力者がいるのは間違いない。山賊だけでなく、協力者も捕らえてしまいたいのだが……そこまで望むのは贅沢というものか」
「そうですね。協力者も探してみますが、そいつらを発見する前に次の襲撃が起こってしまったら、待つ余裕は無いですね」
最優先事項は、次の襲撃の阻止です。
協力者の洗い出しが済む前に襲撃が行われるならば、実行部隊を捕らえる必要があります。
「いや、襲撃の邪魔をすれば良いのかな……」
「方法は任せるぞ。どうせワシなどが考えつかない手段を使うのだろう?」
「そうですね。なるべくご期待に沿えるように頑張ります」
ノルベルトさんと握手を交わし、その場から影の空間へと潜りました。
「ラインハルト、街の協力者も捕まえたい」
『協力者を捕らえるのは賛成ですが、時間が足りないのではありませぬか?』
「うん、次の襲撃の時には実行役は捕まえないで、襲撃を失敗させる」
『襲撃を阻止するのは容易いですが、我々の存在に気付かれてしまうのでは?』
「大丈夫、ゼータ達に散歩してもらえば良いんじゃない?」
『ぶははは! なるほど、ギガウルフが現れれば山賊どもも襲撃どころではないですな』
「でしょ? それに突発的な失敗をすれば、すぐに次の獲物を探して協力者と連絡を取ると思うんだ」
『それでは、ポーションもどきを作った組織を潰した時の要領で、根こそぎ捕まえてやりましょう』
ポーションもどきを作った裏組織を潰した時は、容疑者の腹に闇属性を付与した魔石を仕込むという荒業を使いました。
仕込まれてしまえば、居所の目印になり、僕の眷属達からは逃れる術はありません。
例え、今回は証拠を押さえられなくても、監視は続けられ、違法行為に手を染めた時点で官憲などと連携して捕縛するつもりです。
『ケント様、やはりあの女は身売り同然でマールブルグからヴォルザードに連れて行かれる途中だったようですな』
「それじゃあ、今の境遇を受け入れちゃってるんだね」
資料には、借金返済のための出稼ぎと書かれていますが、女性の出稼ぎがまともな職場とは思えません。
「あの女性は助け出されたら、身売り先に送られてしまうのかな?」
『借金の証文や出稼ぎ先との契約書などが残っていれば、自由の身とはいかないでしょうな』
「ブルーオーガを壊滅させると、あの女性を生き地獄に送る事になっちゃうのかな……」
『ですが、山賊行為は見逃せませんぞ』
「分かってる、分かっているけど複雑だよね」
僕らが調査を開始してから三日後、青い防具で身を固めた山賊ブルーオーガ一味は、穀物問屋の馬車を襲撃すべくリバレー峠の街道脇に隠れました。
ところが、いよいよ目的の馬車が近づいて来たと思った直後、地の底から響いてくるような唸り声が聞こえてきました。
「グルゥゥゥ……」
「ギ、ギガウルフだ!」
「なんで、こんな魔物が……」
「背中を向けるな、正面を見据えたまま下がれ」
「く、来るな!」
襲撃の事などスッカリ忘れて、半分パニックになりつつも、ブルーオーガ一味はギガウルフに襲われず、命からがらアジトまで引き返した。
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