第859話 変な山賊(前編)
剣と魔法の世界が厄介なのは、魔法に特化した人物がいると、複数人と同等の戦力になってしまったり、重機の代わりをしてしまうところです。
例えば、リバレー峠に潜む山賊で考えてみましょう。
山賊の場合、山間部の森林地帯に身を隠して活動します。
そのアジトとなるのは、一般的に洞窟などですが、土属性の魔法に特化した人間がいれば、洞窟以外にアジトを作ることが可能になります。
しかも、時間を与えれば与えるほど、アジトの環境は整えられ、快適に過ごせるようになってゆきます。
略奪品の種類が増え、備蓄まで出来れば、焦って襲撃を繰り返す必要もなくなります。
襲撃の頻度が下がれば、それだけ発見できる確率も下がってしまいます。
追う側のマールブルグ守備隊はリバレー峠全体に目を光らせねばならず、対する山賊側はピンポイントで襲撃を行うのだから、ハンデが大きすぎますよね。
加えて今回の山賊は、ブルーオーガなどと名乗り、少数精鋭タイプの山賊だと聞いています。
逃げ足が速く、マールブルグ守備隊は尻尾も掴めていないそうです。
これは、僕も気を引き締めて掛からないと、捜索が長引きそうですね。
『ケント様、見つけましたぞ』
「えっ、もう?」
さて、どうやって追い詰めてやろうかと思っていたら、ラインハルトが発見の報告に来ました。
クラウスさんから話を聞いてから、まだ30分も経ってないんですけど……。
『なかなか、巧妙に隠れているようですぞ』
「でも見つけちゃったんだよね?」
『見つけました……と言うよりも、見つけていました』
リバレー峠は、表向きはマールブルグ家の支配地域ですが、裏の支配者はうちのアンデッドロックオーガ、イッキ達です。
アンデッドロックオーガといっても、野生のロックオーガとは完全なる別物で、赤銅色のマッチョ体形で黒い袴を穿いた姿は、ソシャゲに出て来る鬼人のイメージです。
「若様、狩りますか?」
「いや、狩るのは襲撃の現場を抑えてからね」
イッキは今すぐにでもアジトに飛び込んで行きそうな勢いで、ゴーサインを出したらブルーオーガの連中は瞬殺されちゃうでしょうね。
普段はリバレー峠に出没する大型の魔物が群れないように、生息数を調整する役目を担っていますが、同時に盗賊の監視も行っています。
山賊も魔物みたいなものですからね、大規模になったら知らせてもらい、討伐の判断を下すことになっていました。
ブルーオーガの連中は大規模山賊ではないので、イッキ達からすると討伐対象ではなかったのでしょう。
アジトは茂みの中に巧妙に隠されていて、
『それにしても、こいつら変な山賊ですな』
「変って、どの辺りが?」
『まず、身綺麗です』
言われてみると、山賊独特の見ただけでも臭ってきそうな不潔さはありません。
アジトの中も乱雑な感じではなく、物が整理されています。
更には、水場が整備されていて、炊事場、水浴び場、洗濯場、トイレなど、町中と同じレベルに見えます。
『湧き水を引き入れているようですな』
「洗濯する山賊とか、初めて見たよ」
『もしかすると、街に降りて情報を仕入れている者が居るのかも知れませんな』
「金が手に入れば、襲撃だけでは手に入らない物も仕入れられるしね」
『髪型を変え、髭を蓄えたりすれば、案外気付かれないものです』
「身綺麗にして、容姿を変え、街に降りてるのか」
こいつらは、兼業農家ならぬ兼業山賊なのかもしれません。
監視を続けていると、行商人風の男がアジトに入って来ました。
「守備隊の連中は、諦めかけてるみたいだぜ」
「そうか、そろそろ動くか?」
「いや、まだ蓄えは潤沢にある。もう少しノンビリしようぜ」
「でもよ、そろそろ新しい女が欲しくねぇか?」
「なんだよ、もう飽きちまったのかよ」
「そうじゃねぇけど、フェフナはすっかり馴染んでやがるからよ」
「あぁ、ちょっと調子に乗ってやがるかもな……」
こんな所に隠れ住んでいる時点でギルティですが、出来れば山賊行為の現行犯で捕らえたいのですが、どうも動く気配を感じられません。
「人質というか、連れて来られた女性がいるのかな?」
『こちらです』
ラインハルトに案内されたのはアジトの一番奥の部屋で、そこに一人の女性が居ました。
年齢は二十代半ばぐらいでしょうか、椅子に腰掛けて何やら作業をしているようです。
「ん? 刺繍……?」
『攫って来た女性を強制的に働かせているのでしょうかな』
その割には、女性は鼻歌まじりに針を進めているように見えます。
「なんだか、楽しそうにも見えるんだけど」
『そう、ですな……』
山賊に攫われた女性と言えば、レイプ目をして人生に絶望し、やつれ果てているようなイメージがあるのですが……。
「なんか、血色良くない?」
『そうですな』
「着てる服も綺麗だよね?」
『そうですな』
「てか、閉じ込められてないよね?」
『そう、ですな……』
女性は血色も良く、着ている服も部屋も清潔、何より鉄格子のようなものは無く、水場にも自由に行けるようです。
「なんだか、妙に待遇が良いよね? 馴染むとか、調子に乗るって言葉も分かる気がする」
『これは、憶測ですが、不遇な生活を送っていた女性なのではありませぬか?』
ランズヘルト共和国では奴隷制度は廃止され、犯罪者を除けば隷属の腕輪の使用は禁じられています。
奴隷は居ない……という事にはなっていますが、実際には奴隷同然の暮らしを強いられている人も居るようです。
それと、隣国リーゼンブルグ王国では、まだ奴隷制度が残っています。
魔の森の危険度が下がり、リーゼンブルグ王国との往来が盛んになった事で、ランズヘルト共和国から連れ出されて奴隷落ちといった事例が起きているようです。
メリーヌさんの弟も奴隷落ちさせられるところでしたが、ニコラの場合は奴隷になっていた方が長生きしてたでしょうね。
「なるほど、奴隷同然の生活だったら、ここの生活の方が良いのかもね」
『ですが、ここは山賊のアジトですから、ここでの生活を楽しむという事は、山賊の一味であると見なされるかもしれませんぞ』
「そう言われると、山賊一味の福利厚生要員と言えない事もないな……この人は、ここから救い出された方が幸せなんだろうか?」
『さて、それは本人にしか分からないでしょうな』
幸せの基準なんて人それぞれです。
金持ちの富裕層から見れば貧しい暮らしであっても、気持ちは遥かに満たされていたりします。
まぁ、山賊行為に手を染めている以上、ブルーオーガの連中は許されないし、奴らを捕らえてしまえば、ここでの生活は成り立ちません。
となれば、この女性も街での暮らしに戻るしかないのでしょう。
『それで、いかがいたしますか、ケント様』
「そうだね、この連中は特殊な山賊みたいだから、次の襲撃までは泳がせて、アジトの外での動きや繋がりも把握しておいて」
『次の襲撃の時には全員処刑ですかな?』
「うーん……撮影しつつ、可能ならば生け捕りにして。それと、親玉の男は絶対に生かして捕らえてね」
『了解ですぞ。こ奴らが襲撃の準備を始めたらお知らせします』
「うん、よろしくね」
マールブルグ守備隊をてこずらせたブルーオーガの連中も、もはや袋のネズミです。
さぁ、細工は流々仕上げを御覧じろ……と参りましょう。
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