第858話 マールブルグからの依頼
「ケント、指名依頼だ」
ヴォルルト経由でクラウスさんから呼び出しを受け、ギルドの執務室へと出向くと、開口一番に指名依頼だと告げられました。
「場所と内容を教えて下さい」
「場所はリバレー峠、内容はブルーオーガの討伐だ」
リバレー峠は、ヴォルザードからマールブルグへ行く途中にある峠で、領地としてはマールブルグになります。
なので、今回の指名依頼はマールブルグのギルド、もしくは、マールブルグ家からのものなのでしょう。
「ブルーオーガ? そんな魔物が居るんですか?」
「いいや、魔物じゃねぇ、山賊だ」
「山賊退治ですか? 別に構いませんけど、僕が出るまでの内容じゃない気がしますけど」
「まぁな、Sランクが必要かと聞かれれば、そこまでの必要性は無いのかもしれないが、ちょっとばっかり厄介な相手らしい」
「どう厄介なんですか?」
「ケント、ヴォルザードのダンジョンに現れた青い大蟻は覚えてるな?」
「勿論、忘れやしませんよ。カルツさんとメリーヌさんが危うく殺されるところだったんですから」
青い大蟻は、ダンジョンの内部に発生した空間の歪みを通して、おそらく南の大陸から迷い出てきた魔物です。
固い甲殻と鋭く強力な顎を持ち、ダンジョン内部のみならず、周辺の街にまで大きな被害を与えました。
「あの大蟻の外殻が加工できるようになって、防具として出回り始めたそうだ」
「あれ、むちゃくちゃ硬くて、刃物が通らないって聞きましたけど」
「そういう厄介な素材を加工したがる偏屈な連中が居るんだよ」
「あぁ、なんとなく分かります」
僕が知っている職人さんでは、魔道具屋のガインさんと娘のイエルスさんが、そんなタイプです。
「あの外殻だが、単に硬いだけでなく粘りがあるから割れにくい上に、魔力を通すと強度が更に上がるらしい」
「へぇ、防具にするには良い素材なんじゃないですか?」
「その通りだ。重量も軽いし、各種の魔法に対する耐性まであるそうだ」
「あっ、もしかして、その防具を装着した山賊だからブルーオーガなんですか?」
「そういう事だ。防具はまだ高価で、余程稼いでいる冒険者でなければ手に入れらない値段なんだが、その防具をヴォルザードで仕入れてマールブルグに向かっていた商人が襲われて、防具を奪われちまったそうだ」
防具を手に入れて、防御力が大幅に上がった山賊どもが調子に乗って、みずからブルーオーガなどと名乗るようになったらしいです。
「でも、いくら凄いって言っても防具だけなら、そんなに恐れる必要も無いんじゃないですか?」
「そうとも言えん。ブルーオーガの連中は、いわゆる少数精鋭のようで、単独で峠越えをする馬車専門で襲撃を行い、若い女性を除いて被害者は全員殺害、金目の物を奪ったら脇目も振らずに逃走するらしい」
「つまり、襲撃の時間を極端に短くすることで、救援が駆け付ける前に逃亡するって感じですか?」
「それと、防具の性能がバカ高いから、恐れる事なく突っ込んでくるそうだ」
既にマールブルグギルドで、Bランクのパーティーに討伐の依頼が出されたそうですが、結果としては返り討ちにされてしまったようです。
「マールブルグの守備隊は動いてないんですか?」
「逃げ足が速くて尻尾すら掴めていないそうだ」
「なるほど……でも、Bランクが返り討ちにされるような相手かなぁ」
「なんだ、乗り気じゃねぇみたいだな」
「まぁ、被害が増えるのを防ぐには、僕が動いた方が早いんでしょうけど、防具程度で返り討ちにされるんじゃBランクの資格無いんじゃないですか?」
「ほぅ、随分と手厳しいじゃねぇか。だが、リバレー峠はオーランド商店の馬車だって利用するんだぞ」
「オーランド商店の馬車は、即席キャラバンに便乗するそうですし、ジョー達ならあっさり討伐しちゃうと思いますよ」
こうした山賊が頻繁に現れる時には、峠を越える人たちは何台かの馬車でキャラバンを作ります。
複数の馬車が固まって移動すれば、当然護衛の冒険者の数も増え、人数の限られている山賊は襲いにくくなるからです。
オーランド商店の馬車は、店主のデルリッツさんが乗る箱馬車はピカピカに磨きあげられ、幌馬車の幌には大きく店名が染め抜かれています。
つまり、ヴォルザードで一番大きな商会の馬車だと宣伝している状態なので、金目の物を狙う山賊にとっては格好な獲物になります。
そのため、即席のキャラバンに入ろうとしても断られる事の方が多いようです。
では、どうするかと言えば、即席キャラバンの後ろに続いて、勝手にキャラバンに加わってしまうのです。
即席のキャラバンを作った人達からすれば迷惑に感じるのでしょうが、ジョー達の活躍で山賊を退けたこともあるそうなので、実際には守られているような気がします。
「ケントよぉ、仲間を信頼するのは良いが、過信は良くないぞ」
「過信じゃないですよ。みんな鍛錬は続けているそうですし、鷹山のバカ魔力にも更に磨きが掛かっているそうですよ。いくら強固な防具を身に付けていようと、丸ごと燃やされてしまったら意味無いですよね」
「そりゃそうか。いくら魔法に耐性がある防具だろうと、丸ごとに火に包まれちまえば意味ないか」
軽くて硬く、剣や槍を跳ね返す丈夫さ、魔法を弾く耐性があったとしても、守られているのは防具をしている場所だけです。
体全体を炎で包まれてしまったら、防具をしていない場所は焼けただれてしまうでしょう。
「だが、シューイチは良いとして、他の連中は対処できるのか?」
「ジョーは、ある意味鷹山よりも凶悪ですからね」
「じゃあ、風の魔術で、どうやって防具のスキを突く?」
「この前、ちょっと聞いた話では、風の魔術を使って真空状態を作ることも試しているとか言ってましたから」
地球の人間も、こちらの世界の人間も、生きていくには酸素が必要です。
酸素が足りなくなると、意識を失い、命を落とすことになります。
いくら良い防具を身に付けていようが、酸欠になれば倒れてしまうでしょう。
「まぁ、あの二人は分かったが、カズキとタツヤはどうだよ」
「あいつらも頑張ってますよ。達也が作った超硬球は石よりも硬いそうですし、和樹が身体強化を使って投げつけると、ロックオーガでも頭に食らえばグラつくそうですよ」
いくら頑丈な防具であっても、中身の体まで強化されたりはしないでしょう。
ヘルメットを被っていても、転倒して頭を打てば、脳が揺れて気を失ったりします。
何も付けていない状態よりは守られていても、衝撃を百パーセント吸収できる訳ではありません。
「達也は落とし穴での支援も上手くなってるそうですよ」
「落とし穴程度じゃ、足止めにはなるかもしれないが、倒せないだろう」
「なんか、片足が付け根まで落ちる深さを瞬時に作り出すみたいで、落ちたら瞬時に閉じて拘束するらしいですよ」
「ほぅ、そんな事まで出来るようになってるのか。やっぱり、こっちの人間とは考え方が違うんだろうな」
「そうですね、魔術に対しての常識が薄い分、色々と試して新しい使い方を思いつくんでしょうね」
たぶん、自分達でブルーオーガなどと名乗っている痛い連中なら、ジョー達はサクっと討伐してしまうでしょう。
「で、やるのか? やらないのか?」
「報酬の条件は、どうなってます?」
「山賊一人当たりの報奨金を規定の三倍、連れ去られた人質を生きたまま救出できたら、一人当たり五十万ヘルト、それと持ち去られた品物を回収した場合、それらと同等の金額を支払うそうだ」
「結構良い条件じゃないですか?」
チラリと視線を向けると、ベアトリーチェも頷いている。
「それだけノルベルトの爺も手を焼いてるんだろう」
「分かりました。この指名依頼、受諾いたします」
「そうか、マールブルグには俺から返事をしておく、早速取り掛かってくれ」
「はい、それじゃあ、行ってきます」
クラウスさんに見せつけるように、ベアトリーチェにチュってしてから影の空間へと潜りました。
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