第857話 改心中のドラ息子(後編)
これまでの駄目な自分を変えるには、これまで関わりを避けてきたタイプの人間とも付き合ってみるべきだと考えて、ディーニはルニンと一緒に鍛錬すると決めたのだが……。
「どうだ、ディーニ、凄い盾だろう。この大盾ならば、オークの突進にだって耐えられるぞ」
俺の自慢の装備を見せてやると言われ、ルニンが暮らす下宿に足を運んだのだが、盾を見た瞬間にディーニは頭を抱えそうになった。
確かに見事な大盾だとは思うが、ディーニと大差ないルニンの体格では、両手で持ってもフラつくほどの大きさがある。
「ルニン、その盾で相手の攻撃を防いだとして、どうやって攻撃を仕掛けるつもりだ?」
「えっ? 攻撃……?」
「そうだ、攻撃だ。オークの突進を盾で防いだら、何を使って攻撃するつもりだ」
盾が大きすぎて攻撃に転じられないだろうと、ディーニは諭すつもりなのだが、ルニンは自信ありげにニヤリと笑ってみせた。
「あぁ、そういう意味ね。じゃあ、俺の自慢の武器も見せてやるよ」
そう言うとルニンは大盾を壁に立て掛けて、ベッドサイドに立ててあった大剣を手に取った。
「こいつで、真っ二つにしてやるよ」
大剣の刃渡りは、切っ先を床に付けても鍔はルニンの胸の高さにある。
持ち上げて、構えてみせたルニンの腕は、大剣の重さに抗うだけでもプルプルと震えている。
「俺も他人のことを言えた義理じゃないけど、ルニン、お前馬鹿だろう」
「なんでだよ。俺の何処が馬鹿だって言うんだよ」
「お前、その盾と剣の両方を装備して、森の中を自由に移動できるのか?」
足場の悪い森の中と考えれば、大剣のみでも、大盾だけでも厳しいだろう。
「そ、そんな事は……体を鍛えれば問題ない!」
「問題有りまくりだ! こんな馬鹿デカイ盾を片手で扱えるようになるのに何年掛かると思ってるんだ」
「両手で使っちゃ駄目なのか?」
「だから、盾を両手で持っていたら、剣が握れないだろう」
「えっ……あっ、そうか! 確かにそうだ。でも、その時は一旦盾を置けば良いんじゃないか?」
「置くって、どこに?」
「それは……森の木に立て掛けるとか、そうでなければ足元だな」
「どこの世界に盾を放り出して戦う冒険者がいる?」
「居ないのか? ならば、俺様が最初の一人になるんだな」
「そういう意味じゃない! 盾を置いて、大剣を鞘から抜いて、さぁ斬り付けましょう……なんて待っていてくれる魔物なんかいないぞ」
ディーニは、先日知り合った同年代のCランク冒険者から、オークの素早さを嫌と言うほど聞かされた。
その知識を踏まえれば、そんな悠長な攻撃が通用するとは思えない。
だが、ディーニの言葉の意図は、ルニンには通じない。
「そうか、だったら素早く持ち替えるために、鍛錬しないといけないな」
「そんなの、出来っこない!」
思わず声を荒げてしまった後で、ディーニは失敗したと思った。
いくら馬鹿げた話でも、ほぼ初対面の人間の意見を声を荒げて全否定すれば反発されるだろう。
実際、ルニンは黙り込んで、じーっとディーニの顔を眺めている。
「す、すまん、言い過ぎた」
「いや、別に構わない。否定されるのは慣れてる」
「そうなのか?」
「ああ、他の連中もディーニと同じ事を言うよ。ただし、そいつらは俺を見下して、せせら笑いながらだけどな」
どうやらルニンは、ディーニ以外の人間にも自慢の大盾と大剣を披露しているようだ。
そして、返ってくる反応は否定的なものばかりらしい。
「ディーニは、どうして無理だと決めつけるんだ?」
「それは……いくら何でも盾も剣も大きすぎるだろう」
「今はな。確かに今の俺には大きすぎる。でも、何か月か先、何年か先の俺でも無理だとディーニは断言できるか?」
「それは……絶対ではないが、難しいことは確かだろう」
「俺も簡単ではないと思ってるぞ。でも、俺はまだ肉体的に成長するつもりだし、魔術も上手くなるつもりだ。身体強化の魔術を使いこなせるようになっても、無理だと思うか?」
ディーニは、頭をぶん殴られた気がした。
今のルニンの体格と大盾、大剣の大きさの差に囚われて、ディーニは将来の可能性を見ようとしなかった。
「さすがに俺でも、今すぐこの盾と剣を持って討伐依頼に出掛けようなんて思っていない。だが、この盾と剣を使いこなす目標を諦めるつもりは無いぞ」
ディーニは見せられた大盾や大剣の大きさに囚われて馬鹿げていると決めつけてしまったが、ルニンはキチンと将来を考えているようだ。
「なぁ、ディーニの考える強さって何だ?」
「えっ、俺の考える強さ?」
「だって、強くなりたいと思ってるんだよな?」
「そうだ、早く強くなりたい」
「それなら、強くなったディーニとは、どんな人間なんだ? 俺は、とにかく腕っぷしが強く、少々の逆境は力でなんとかしてしまう強さを身に着けたいと思ってる」
ディーニが強くなりたいと答えたのは、金目当てで騙そうとする連中の目を逸らすためだ。
それゆえにディーニは、具体的に強くなった自分を想像できずにいた。
「大金を稼ぐ……いや、違うな俺の望む強さは、そんな強さではないな」
「なんだよ、ディーニは自分がなりたい姿が見えてないのか?」
「そうだ、それじゃ駄目なのか? 今の自分では駄目だ、変わりたいと思うのはいけない事なのか?」
「そうじゃないけど、具体的な目標があった方が良いだろう。じゃないと、何を努力すれば良いのか定まらないぞ」
これまでディーニは、ルニンのようなノリの良いタイプの人間を衝動的で後先考えない人間だと決め付けていた。
ところが、後先考えていなかったのはディーニの方で、ルニンは将来も現実もキチンと見据えている。
「俺は……俺は今までの生き方や考え方を否定されて焦っていたのかもしれない。ルニンの言う通り、もっと具体的な目標を立てないと駄目だな」
「俺は、ディーニが抱える事情は知らないが、それだけ努力しているのだから強くなれると思うぞ。ただ、同じ努力をするなら、明確な目標を立てた方が無駄な努力はしないで済むんじゃないか?」
「そうだな、その通りだ」
一人で考えをまとめたいと言って、ディーニはルニンの下宿を後にした。
下宿しているパン屋の方へと歩き、途中にあった公園のベンチに腰を下ろして考え込んだ。
「俺は、何になりたいんだ……」
これまでディーニは、自分の将来について真剣に考えてこなかった。
領主である家は兄が継ぎ、自分はその補佐をすると思っていたが、具体的に何を補佐し、そのためにどんな能力が必要になるとか考えてこなかった。
それが今回、公金を使い込んで家を叩き出されたことで、自分の将来への課題を突き付けられている。
「父のようになりたい? その気持ちが無い訳ではないけど……俺の求める強さって何なんだ?」
ディーニは改めて考えてみたが、自分の将来についての具体的なイメージが湧いて来ない。
「とりあえず……信頼される人間にならないと駄目だろうな。俺は父の信頼を裏切ってしまったのだから」
ディーニは学院を追い出される時に、父に殴られた左の頬に手を当てた。
もう、とっくに腫れも引き、痣も残っていないが、まだ熱が残っているような気がしていた。
口も悪いし、喧嘩っ早い父だが、あんなに本気でディーニが殴られたのは始めてだった。
ディーニは、その時の父の瞳が怒りの色と同時に悲しみに彩られていたのを見逃さなかった。
「やっぱり俺は、父に認められたい。そのためには、周りから一目置かれる男になる。腕っ節でも、実績でも」
まだ漠然とはしているものの、自分の進むべき道筋が見えたような気がして、ディーニはしっかりとした足取りで下宿を目指して歩き始めた。
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