第856話 改心中のドラ息子(中編)

 剣なんて、いかに素早く自在に振れるか、膂力が物を言うとディーニは思っていたが、実際には剣の握り方すら分かっていなかったのだと思い知らされた。

 素振りの最中に話しかけてきた小柄な老人は、どうやらディーニの父が言っていた『爺ぃの皮を被った化け物』だったようだ。


 ディーニは腰を入れた振り方を尋ねたのに、老人は剣の握り方から指摘してきた。


「馬鹿みたいに力を入れて握るな。すっぽ抜けて飛んでいかない程度に握っておれば良い。手首も柔らかく、剣が当たる瞬間に力を込めよ」


 握り方なんて……と思ったのは最初だけで、実際に振ってみると剣先の走り具合が全然違っていた。


「基本は縦振り、横振り、突きじゃが、実際の戦闘では、こちらが望む剣筋が通ることなど無いぞ。相手のスキを突き、こちらの意図を読ませず斬り込むのだ」


 同じ講習に参加予定の冒険者たちは、老人に教えを請いながら素振りを続けるディーニを笑いながら眺めている。

 冒険者らしい服装をしている訳でもなく、腰に剣を下げてもいない、どこにでも居そうな小柄な老人に教わる事など何も無いと思っているのだ。


 やがて、講師役の元冒険者が姿を現し、受講希望者に集まるように声を掛けた。


「ありがとうございました。大変勉強になりました」


 ディーニが姿勢を改めて頭を下げると、小柄な老人はニンマリと笑みを浮かべた。


「基礎は教えたが、まだ鍛え方が足りぬ。討伐に行きたければ、真剣を自在に振れるようになるんじゃな」

「はい、肝に銘じておきます」

「それと、魔物相手に正々堂々と戦おうとするなよ。どんなに姑息な手段を用いても、己が傷つかずに倒すことのみを考えよ」

「分かりました」


 ディーニは、もう一度頭を下げてから集合場所に急いだが、既に他の受講希望者は整列を終えていた。

 怒られるかと思いきや、講師はディーニに列に加わるように命じた後、老人に向かって会釈をしていた。


 それに気付いた受講希望者の一人が講師に尋ねた。


「オステルさん、何なんすか、あの爺さん」

「馬鹿、間違ってもそんな口をきいたりするなよ。俺なんかよりも何倍も恐ろしい人なんだからな」

「うぇ、マジっすか」

「お前らが束になって向かって行っても、秒で殺されるぞ」


 講師の話を聞きながら、ディーニは父の言葉を思い出して良かったと胸を撫でおろしていた。

 もし木剣で殴りかかっていたら、あの細い杖でコテンパンに叩きのめされていただろう。


 そして老人の教えは三十分にも満たない短い時間だったが、直後の手合わせで劇的な効果を発揮した。

 一週間前には、一勝するのがやっとだったのに、この日はあっさりと三人抜きを達成できてしまった。


 勿論、同レベルの冒険者が相手だからなのだが、一週間前と比べると格段に剣が自由に振れるようになっていた。

 剣の握り方を直されながら素振りをしただけなのに、まったく別の武器を使っているような感覚だった。


 一週間前は、木剣という物体を振り回している感覚だったが、今は手の延長であるかのような感覚がある。

 先週は間に合わなかった防御が出来るし、見つけても打ち込めなかったスキを突けた。


 ただし、あくまでも木剣ならばだ。

 木剣と鉄の剣では重さがまるで違う。


 ディーニは講習の後、学院から追い出された時に父からもらった真剣を使って素振りをしてみたが、腰がふらつき剣先はブレブレだった。


「こんな状態でオークに向かっていったら……間違いなく命を落としていただろうな。というか、何で同じ重さの剣で鍛錬しないんだ?」


 そこまで考えたところで、ディーニは苦笑いを浮かべた。

 普通の冒険者ならば木剣と真剣の重さの違いなど、言われるまでもなく理解していて、真剣を振り回せるようになるまで討伐に行こうなどと考えないと気付いたのだ。


「本当に、俺はどこまで愚かだったんだ」


 公金の使い込みがバレて、父から冒険者になることを強制されて以来、ディーニは自分が余りにも物を知らずに生きてきたことを思い知らされ続けている。

 しかも、知らないことを放置すれば、自分の生活、将来、存在価値が危うくなるので、否が応でも知識を手に入れるしかない。


 知識を手に入れるには、知識を与えてくれる人に頭を下げなければならない。

 ディーニが幸いだったのは、知識を与えてくれる人に恵まれ、知ることの楽しさを理解できたことだろう。


「今日で水の曜日の講習は突破、来週は風の曜日の講習か……剣ばかりでなく魔術も訓練したいな」


 ディーニは兄弟たちに比べると魔力が少ないこともコンプレックスだったが、冒険者として活動するならば使える武器は多い方が良い。

 講習前に小柄な老人から、魔物相手に正々堂々と戦おうとするなと教えられた。


 貴族としての戦いならば、ルールに則り正々堂々と戦うべきだろうが、魔物との戦いでは生き残るのが大前提だ。

 魔物に気付かれる前に魔術で攻撃を仕掛け、弱ったところを剣で止めを刺すといった戦い方こそが、冒険者としての戦い方だ。


 ディーニは真剣を使った素振りを切り上げて、魔術のための射撃場へ移動した。


「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて、火となれ! 踊れ、踊れ、火よ舞い踊り、火球となれ!  たあぁぁぁぁ!」


 火球の大きさは手のひらサイズ、打ち出された速度は山なりでようやく的に届く程度しかない。

 ディーニは苦笑いしながら、次の詠唱を始めた。


 魔力の少なさに劣等感を抱いていたせいで、まともに魔術を使うのは数年ぶりだ。

 それを考えれば、上手くいかないのは当然だし、まだ改善する余地は残されている。


「そういえば、あいつは詠唱もしないで魔術を使うんだったな」


 ディーニは妹を嫁にしたSランク冒険者のことを思い出し、自分も詠唱せずに魔術を使えないか試してみたが、まったく上手くいく気がしなかった。

 そこで早口で詠唱してみるが、途中でつかえてしまい、上手く発動しなかった。


「まずは発動させる、それから……速度か」


 ディーニは確実に発動するように、ゆっくりと詠唱しつつ、火球の速度が上がるように意識しながら魔術を使い続けたが、二十発も撃つと魔力切れの眩暈を感じてしまった。

 己の魔力の少なさを痛感しつつ、これまで鍛えてこなかったのだから増えていないのは当然だとも思った。


 ディーニは魔術の鍛錬を中断すると、視線を感じて振り返った。

 斜め後ろからディーニを眺めていたのは、先程の講習に参加していた同年代の冒険者だった。


「何か用か?」

「あんた、何でそんなに必死に鍛錬してんだ?」

「早く強くなりたいからだ」


 本当は金を稼ぐのが目的だが、それは口にしない方が良いと先日知り合ったCランク冒険者に忠告されたのだ。

 金を稼ぐのに焦っていると知られると、利用してやろうという輩に目を付けられる可能性があるらしい。


 声を掛けてきた冒険者が、その手の輩かと思いきや、ディーニが想像していなかった反応が返ってきた。


「だよな! やっぱり早く強くなりてぇよな!」

「あ、あぁ……」

「俺、ルニンって言うんだ。あんたは?」

「ディーニだ」

「ディーニ、一緒に鍛錬しないか? 一人じゃ手合わせも出来ないだろう」

「そうだな」


 一瞬、自分を利用しようとする輩かと疑ったことが馬鹿らしくなるほど、ルニンは真っ直ぐな目でディーニを共同鍛錬に誘ってきた。

 正直に言えば、ルニンは苦手なタイプだったが、ディーニはあえて誘いに乗ってみることにした。

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