第851話 怪しい女

※今回は久々にケント目線の話になります。


 冒険者連続殺人事件については小耳に挟んでいましたが、クラウスさんやギルドから話が来るまでは独自に動かない方が良さそうだと思っていました。

 ラインハルト達にも手出ししないように話しておいたのですが、新旧コンビが訪ねて来て、少々事情が変わってきました。


 倉庫街の近くでギリクがタコ殴りにされていたと聞いた時には、内心ざまぁと思ってしまいましたが、人殺し呼ばわりされているとなると話が違ってきます。

 そこで実戦訓練場に魔物の納品に行ったついでを装って、カルツさんに接触を図ってみると、思った以上に捜査は難航しているようでした。


 カルツさんとバートさんから事件のあらましを聞いてみると、これが日本だったら色々と遺留品が残されていそうだと感じられます。

 殺された冒険者は三人で、いずれも泥酔状態だったと思われ、そのうちの二人には着衣に乱れがあったようです。


 殺人現場は歓楽街近くの裏路地で、犯行時間は深夜と思われ、目撃者は一切見つかっていないそうです。

 被害者の状況から、酒に酔って用を足そうとしている所を後ろから襲われたと考えられているみたいですが、僕の脳裏には別の状況も浮かんでいます。


『別の状況と言いますと?』

「ラインハルト、これって街娼が犯人じゃないかな?」

『なるほど、行きずりの娼婦を装って、相手が油断したところでバッサリですか?』

「うん、だって一番油断している時じゃない?」

『ぶはははは、確かに殺されるなどとは思っていませんな。ですが、犯人の動機は何なのでしょう?』

「僕は、冒険者に恨みを持つ者の犯行じゃないかと思ってるんだ」


 カルツさんの話によれば、殺害された三人は財布もギルドカードも盗まれていなかったそうです。

 金品が目当ての犯行ではないなら、残るのは怨恨でしょう。


『怨恨ですか……ですが、三人に共通の繋がりは無いという話でしたが』

「そこだよねぇ。もしかしたら、殺された本人ではなくて、泥酔している冒険者に恨みがある……とかじゃないかな」

『それでは、殺された連中は誰かのとばっちりを受けたのですか?』

「そういう可能性もあるんじゃないかな。もしくは、守備隊が探り出していない共通の事情があるのかもしれないよ」

『そこまでいくと、我々でも探り出すのは難しいでしょうな』

「だよね、だから僕らは夜間のパトロールに協力して、老婆の振りをしている女性を見つけ出すことに集中しよう」

『了解ですぞ、手の空いているコボルト隊を早速今夜から投入しましょう』

「うん、僕もいつでも動けるように待機しているよ」


 カルツさんの方でも、問題の女性を探し出す切っ掛けを掴んだようですし、さして時間を掛けずに探し出せそうな気がします。


『ケント様は、カルツ殿が探している女性が犯人だと思われますか?』

「うーん、どうだろう、街娼をしている女性ならば、老婆に変装する必要はないよね。単に犯行現場を目撃してしまったとか、遺体を発見してしまったけど事件に巻き込まれたくない……みたいな感じじゃないかな」

『なるほど、では問題の女性というのも守備隊には探られたくない事情を抱えているのかもしれませんな』

「そうだね、歓楽街で働いている女性ならば、色々と事情を抱えていてもおかしくないもんね」


 何はともあれ、僕らがやるべき事は女性の発見と、犯行を未然に防ぐための見守りです。

 被害者は首を刃物で斬られているそうですが、失血死する前ならば治癒魔術で助けることは可能です。


『ケント様、ギリクはどうされますか?』

「うーん……どうしようかね。カルツさんに釘を刺されたみたいだし、それでも出歩いていれば疑われても自業自得でしょう。まぁ、一応見つけたら知らせて」

『了解ですぞ』


 夕食の後で、歓楽街周辺の見守りに加わると話すと、ベアトリーチェは不服そうな顔をしていました。

 そこで、こうした事件は依頼されてから動いても解決に時間が掛かるし、事前に備えておくのも出来る冒険者の条件だよと言って納得させました。


「健人、歓楽街の見回りとか言って、エッチなお店に行ったら許さないからね」

「やだなぁ、唯香、歓楽街周辺の裏路地を巡回するだけだよ。そもそも、緊急事態を除いて、影の空間から出る気もないからね」

「そっか、疑うようなことを言って、ごめんね」

「ううん、ちょっと遅くなると思うけど心配しなくていいからね」


 危ない、危ない、見回りついでに歓楽街の見物をしようかと思っていたけど、どこからバレるか分からないので自重しましょう。

 これまでの犯行時間は、いずれも夜半過ぎだったようなので、僕らも日付が変わる少し前から活動を開始しました。


「うわぁ、これは……」

『ぶははは、最近のヴォルザードが好景気だと分かりますな』

「そうだね」


 いくら歓楽街とは言っても、真夜中近い時間ともなれば人通りは少なくなっているだろうと思っていたのですが、メインの通りには煌々と明かりが灯り、多くの通行人が行き交っていました。


「でも、犯行現場は歓楽街からは少し離れていたんだよね?」

『これだけ賑やかだと、かえって周辺には目が届かないのかもしれませんな」


 店の中には入りませんでしたが、呼び込みをする女性もスケスケだったり、布面積極小だったり、下は穿いてなかったりと、色々と目の毒です。

 というか、現場はこんなに賑やかな場所ではないので、そろそろ真面目に巡回しましょう。


 歓楽街から一区画離れるとガクンと人の数が減り、二区画離れると裏路地は静まり返っていました。

 しかも、街灯も無い場所では真っ暗で、僕らは夜目が利くから苦になりませんが、普通の人では明かり無しでの移動は難しいと感じるほどです。


「なんだかさ、あちこちに酔いつぶれている人がいるね」

『金回りが良くなっているからか、それとも歓楽街で出されている酒の質が落ちているのか、あるいは両方なのかは分かりませんが、酔っ払いの質が悪いのは確かでしょう』


 酔いつぶれて道端で寝込んでいる人の半数以上は冒険者のようですが、商売人や職人と思われる人も少なくありません。

 冒険者だけが好景気という訳ではなく、ヴォルザード全体の景気が良くなっているのでしょう。


 歓楽街近くの裏路地は、網の目のように入り組んでいて、全てを監視するのはコボルト隊を全員投入しても難しいでしょう。

 これでは守備隊が苦戦するのも無理はありません。


 歓楽街南側の路地を巡回していると、ツルトが呼びに来ました。


「わふぅ、ご主人様、老婆がいたよ」

「おっ、早速見つけたか、よし案内して」

「わぅ、了解!」


 ツルトに案内されて向かった先は、歓楽街から見て北西の裏路地でした。

 腰を曲げ、右手で杖を突きながら、左手には小さな明かりの魔道具を持っています。


 黒っぽい外套をはおり、黒っぽい布を頭に巻いて、外からでは顔の表情は窺えません。


「たぶん、この人がカルツさんが探していた女性だろうね」

『そうですな、確かに足取りに危うさが感じられませんな』

「とりあえず、このまま尾行して家を突き止めよう」


 影の空間から尾行を続けている僕らならば、女性に見つかる心配はありません。

 いったい、どこまで帰るのだろうかと思っていると、女性の前方をフラフラと歩く男の姿が目に入ってきました。


 老婆の振りをしているぐらいだから、酔っ払いには近付かずに別の路地を選んだりするのだろうと思っていると、女性は意外な行動にでました。


「えっ、老婆の振りは止めちゃうの?」


 それまで深く屈めていた腰を伸ばして歩き始めただけではなく、厚ぼったい外套を脱いで杖と一緒に抱えて歩き始めました。

 顔は深く被ったスカーフで良く見えませんが、外套の下は豊満な体つきを強調するかのようにピッチリとした服装です。


「えっ? なんで? どういう事?」


 酔っ払いに絡まれないために老婆の振りをしているならば、この女性の行動の意味が分かりません。


「まさか、誘ってるのか?」


 女性はそのまま足を速めて歩き、あろうことか酔っ払いに肩からぶつかっていきました。

 斜め後ろからぶつかられた酔っ払いは、よろけた拍子に膝から崩れ落ち、裏路地に座り込んでしまいました。


「ごめんなさい、大丈夫ですか?」


 それまで老婆の振りをしていた女性は、胸の膨らみを押し付けるようにして酔っ払いの腕を抱え込んで立たせようとしましたが、体格が違い過ぎて起こせません。

 それでも女性は諦めずに酔っ払いを立たせよう……というよりも、体を寄せて誘惑しているように見えてしまいます。


 ですが、酔っ払いは女性の腕を振りほどくと、体を丸めて横たわり寝息を立て始めました。


「ちっ……」


 酔っ払いが完全に寝込んでしまうと、女性は小さく舌打ちし、外套を着込み、腰を曲げて歩き始めました。


『ケント様、この女は怪しいですぞ』

「だね。このまま家を突き止めて、カルツさんに報告しよう」


 冒険者連続殺人事件にどれほど関与しているか分かりませんが、怪しさ爆発の女性を尾行して家を突き止めました。

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