第850話 違和感の正体

 魔物から街を守り、他国から禁制品が持ち込まれるのを防ぎ、町中の治安を維持するなど、ヴォルザード守備隊の仕事は多岐にわたっている。

 地球の組織に例えるならば、軍隊、警察、消防の仕事を一手に引き受けているようなものだ。


 ケントとその眷属の活躍によって、街の防衛業務は大幅に軽減されている一方で、リーゼンブルグとの交易が活発化しているために、検問業務が大幅に増えている。

 プラスマイナスで考えるならば、業務量はプラスになっているが、危険度という面では大幅なマイナスだ。


 隊を預かる立場のカルツは、突発的に増えた冒険者殺しの捜査を早々に片づけて、通常業務に注力したいと思っているが、解決に向けての糸口すら見つけられずにいる。

 通常の殺人事件の場合、被害者に恨みを持つ人物など、容疑者の絞り込みが出来るものだが、冒険者殺しの被害者三人には、冒険者であることを除けば共通点が見つかっていない。


 年齢も、冒険者ランクも、経歴も、同じ人物に恨みを持たれるような接点が見つかっていないのだ。

 そのため、容疑者と思われる不審人物も絞り込めずにいる。


 この日、カルツとバートは昼食を終えた後、昼の間に歓楽街に出向くことにした。

 目的は、ギリクが目撃したという女性を探すためだ。


 その女性が歓楽街に関係しているならば、同じ時間に同じ場所を通る可能性が高いが、これまでの捜査では、それらしい女性は見つかっていない。

 そこで考え方を変えて、その時間に仕事を終えて帰宅する人物ならば、昼過ぎぐらいに仕事に出向いているのではないかと考えたのだ。


 勿論、そうでない可能性もあるとカルツも分かっているが、今は藁にもすがる思いで考えられる対策は全てやろうと考えている。


「カルツさん、バートさん、お久しぶりです」


 守備隊の食堂で昼食を済ませたカルツとバートが門へと向かっていると、実戦訓練場の方から歩いてきた少年に声を掛けられた。


「やぁケント、今日は魔物の納品か?」

「はい、活きの良いオーク二頭とゴブリンを五頭ほど納品してきたところです」


 本物の魔物を使って討伐の訓練が行える実戦訓練場は、守備隊とギルドが管理運営をしている。

 そこでは守備隊員の訓練の他に、冒険者たちの訓練も行われている。


 その実戦訓練で使われる魔物をケントが定期的に納品しているのだ。


「いつもすまないな」

「いえいえ、これも仕事ですから。カルツさん達は、例の事件の捜査ですか?」

「ケントの耳にも入ったか」

「まぁ、これでも一応冒険者ですから。それに、昨日タツヤとカズキが訪ねて来まして……」


 ケントの話によると、新旧コンビの二人が護衛の仕事を終えてシェアハウスに帰る途中、ギリクが六人ほどの集団にボコられている現場に遭遇したそうだ。

 最初、新旧コンビはギリクだと気付かず、一対六のリンチだと思って止めに入ったらしい。


 六人はギリクがフランツを殺した犯人だと主張し、当然ギリクは否定した。

 双方とも物的証拠は何もなく、新旧コンビの出した結論は、文句があるなら一対一で勝負しろ……だった。


 六人の代表とギリクの殴り合いは、ギリクに軍配が上がった。

 負けた六人は、捨て台詞を残して消えていった。


 新旧コンビの二人は、ギリクから余計なことはするなと言われたが、六人が口にしていた殺人犯という言葉が引っかかって、ケントのところに相談を持ちかけたそうだ。


「こんな事、迂闊には話せないとは思いますけど、捜査の目途はついているんですか?」

「大丈夫だ、すぐに犯人を捕まえてみせる……」

「と言いたいところだが、ぶっちゃけ難航してるな」


 話を遮るようにバートが打ち明けると、カルツは渋い表情を浮かべてみせた。


「バート……」

「隊長、ケントなら情報を洩らしたりしませんよ。頼りっぱなしはマズいっていうのがクラウスさんの考えなんでしょうが、今は一日でも早く犯人を捕まえた方がいいっすよ。でないと、余計な騒ぎになりかねませんよ」


 バートが懸念しているのは、フランツの仲間とギリクの対立が他の者まで波及して騒ぎが大きくなることだ。

 冒険者の中には、舐められたら負けだと考えている者が一定の割合で存在している。


 そうした人間が騒ぎに加わってくると、対立が急激に先鋭化する場合があるのだ。


「確かにそうかもしれないが、ケントやコボルトに聞き込みさせる訳にはいかないだろう」

「だったら、例の女を探してもらうのは?」

「それなら有りか……」

「例の女って、女性が容疑者なんですか?」

「いや、現時点では容疑者じゃない」


 そう前置きした後で、カルツはギリクが証言した黒っぽい外套の女についてケントに話した。


「黒っぽい外套を着て、頭にスカーフを巻いた女性ですか……なんか、お婆ちゃんみたいな服装ですね」

「そうなのか?」

「違うんですか?」


 ヴォルザードの常識に疎いケントと、女性の服装に疎いカルツは、顔を見合わせた後で揃ってバートに目を向けた。


「まぁ、年寄り臭いと言えば年寄り臭いけど、若い女性が夜歩きする時には、酔っ払に絡まれたりしないように、そういった服装で年寄りの振りをするかもしれないっすね」

「年寄りの振りだと……」

「どうしたんすか、隊長?」


 カルツの脳裏に浮かんだのは、夜中の巡回中に遭遇した老婆の姿だ。


「そうか、もっと若い女が化けていたのか……」

「えっ、隊長、それらしい女と遭遇してたんすか?」

「腰が曲がって、杖をついて、片足を引きずるように歩いていたが、今になって考えてみると、転びそうな危うい感じが無かったんだ」

「なんで捕まえて話を聞かないんすか」

「その時は、何か変だと感じただけで理由がハッキリしなかったんだよ」


 話しているうちに、カルツの中で老婆に対する疑念はどんどん強くなっていった。


「これは、僕の出番は無さそうですね」

「そうだな……いや、まだ老婆に化けた女が犯人と決まった訳じゃない。割り振れる人員がいるなら、歓楽街周辺を見回ってもらえないか?」

「構いませんけど、もし殺しの現場に遭遇したら、どう対処しますか?」

「未然に防げるなら、殺す前に捕らえてほしい」

「分かりました。でも、捕まえるのは斬り付けた後でいいですよね?」

「いや、これ以上の被害者は……そうか、ケントなら治療できるのか」


 カルツは、ダンジョンで大蟻に襲われて瀕死の重傷を負った自分とメリーヌを治療したケントの治癒魔術を思い出した。


「はい、犯罪の動かぬ証拠を押さえないと、しらを切られると面倒ですよね?」

「確かにそうだが、被害者が命を落とさないようにしてくれ」

「了解です。じゃあ、今夜から見回ります」

「よろしく頼む、俺達も老婆の振りをしていた女を探して事情を聞くことにする」


 打ち合わせを終えたケントは、影に潜って帰っていった。


「バート、老婆に化けていた理由はなんだと思う?」

「普通に考えるなら、酔っ払いに絡まれないようにするためでしょ」

「ふつうじゃないとしたら?」

「力の弱い老人の振りをして、酔っぱらった冒険者に近づいてバッサリやるためですかね」

「冒険者が、そんな油断をするものかな?」

「やっぱり、老婆の振りは事件には関係ないんじゃないですか。ギリクと遭遇した時には、事件を目撃したとかで気が動転していたとか……」

「なるほど、事件に巻き込まれるのが嫌で口を噤んでいるのかもしれないな」

「隊長、今は見つけることが先っすよ」

「そうだな、行くか」


 カルツとバートは歓楽街へと出向き、老婆の振りをして仕事に来ている女性がいないか聞き込みを始めることにした。

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