第840話 ホープと駆け出し(前編)

 時間は少し遡る。

 近藤と鷹山がオーランド商店の主人デルリッツの護衛を行う当日、新旧コンビこと新田、古田の両名は、朝食を済ませた後でバッケンハイムのギルドに向かった。


 バッケンハイムのギルドは、別名本部ギルドと呼ばれ、ランズヘルト共和国内のギルドを統括する役目も担っている。

 新旧コンビの二人がバッケンハイムのギルドに出向いた理由は、単純に暇だったのと、ヴォルザードとの違いを確かめるためだ。


 バッケンハイムに来る前に、ヴォルザードで聞いた話によれば、街の特色によってギルドに出される依頼にも違いがあるし、報酬にも差があるらしい。

 例えば、魔の森に隣接し、かつては最果ての街などと呼ばれていたヴォルザードでは、森に魔物が居るのは当たり前で、討伐は常設の依頼になっている。


 だが、ヴォルザード以外の街では、家や畑の近くに魔物が現れなければ、討伐の依頼は発生しない。

 自分で探して討伐するか、頼まれて討伐するかの違いだ。


「やっぱ、本部ギルドともなると、建物もデカイな、和樹」

「なんだよ達也、入る前からビビってんのか?」

「んな訳ねぇだろう。ラストックとヴォルザードしか知らなかった頃と違って、他の街にも行ってんだからビビったりしねぇよ」


 実際、ヴォルザードギルドの訓練場では、新旧コンビよりも遥かにベテランの冒険者とも立ち会いをしたり、酒場で酒を酌み交わしたりしている。

 日本に居た頃は、運動部に所属していたので、自分たちよりも優れていると思えば礼儀正しく接するので、オッサン達からは色々と可愛がられている。


 ギルドの訓練場に出入りし始めた頃は、経験に裏付けされた戦術やフェイントで良いようにあしらわれていたが、今では互角以上の戦いができるようになった。

 元々運動部で体を鍛えていたし、異世界召喚の特典でこちらの世界の平均よりも高い魔力も持っている。


 ラストックで行われていたようなゴリ押しの訓練ではなく、キチンと意味のある訓練を積めば強くなる素質は備わっていたのだ。

 実力を付け、経験も積んだ今の新旧コンビは、近藤や鷹山と同様に同世代からは頭一つ抜けた存在になっている。


「おぉ、この時間でも混んでるのか」

「どうする達也、あの中に突っ込んで行くのか?」

「いや、そこまでする必要は無いだろう」

「だよな、俺ら依頼中だしな」


 バッケンハイムならではの変わった依頼は無いかと見に来た二人だが、混雑する依頼掲示板を見て暫く待つことにした。


「しっかしよぉ、和樹」

「なんだ?」

「こうして見ると、色んな獣人がいるよな?」

「あぁ、そうだな。てか、もうすっかり見慣れちまったけどな」


 ヴォルザードにも猫や犬、狼、ウサギなど、様々な獣人が暮らしている。

 獣人と言っても、殆どは耳と尻尾程度しか差は無いので、二人にとってコスプレを見慣れた感じだ。


「達也、獣人と言えば、国分の嫁もだよな」

「あぁ、ベアトリーチェちゃんにセラフィマちゃんだろ」

「ウサ耳の巨乳とトラ耳のロリを独り占めとか許せんよな」

「まったくだ。国分がチートじゃなかったら、今すぐにでも処刑してるところだ」

「だよなぁ……てか、あんまり女性冒険者いなくねぇ?」

「だな、ヴォルザードに比べると少ない感じするよな」


 かつては最果ての街と呼ばれ、男も女も戦う意識が高いヴォルザードと比較すると、他の領地での女性冒険者の割合は低い。

 学術都市と呼ばれているバッケンハイムでは、その傾向は更に顕著だ。


 新旧コンビの二人が眺めている間にも、冒険者たちは次々と依頼票を剥がして受付に向かっていく。

 依頼の数自体は潤沢にあるようで、混雑が落ち着き始めても結構な数の依頼票が残されていた。


「達也、こっちもラストックの復興特需に湧いてんのかな?」

「さぁ、残ってる依頼を見れば分かるんじゃねぇの?」

「それもそうか、ちょっと見にいくか」


 新旧コンビの二人は、依頼が貼り出されている掲示板の前へと移動して、残っている依頼を眺め始めた。


「和樹、これ殆ど討伐系の依頼じゃね?」

「だな、護衛の依頼は残ってないな」

「あっちは、見習い系だろ?」

「荷運びとかも残ってっけど、やるか?」

「止めようぜ、明日にはヴォルザード目指して出発するみたいだし、疲れて動けなかったら洒落にならねぇぞ」

「だな……」

「それにしても、討伐系の依頼が残り過ぎじゃねぇの? これ大丈夫なのか?」

「受付が空いたら聞いてみるか? ついでに受付嬢のお姉さんをランチに誘うってのはどうだ?」

「和樹、お前天才か……」

「最近ヴォルザードでは、お局系がヤバげな雰囲気だからな……」

「だな……」


 オーランド商店からバカ売れした蚊取り線香のアイデア料などが振り込まれてから、ヴォルザードギルドの受付嬢から新旧コンビへの対応が一変した。

 特に選り好みをして婚期を逃しつつある受付嬢からの熱い視線……というよりも、肉食獣が獲物を見るような視線には、さすがの新旧コンビも恐れをなしている。


 それこそ、新旧コンビからアプローチすれば、その夜のうちにベッドインすることも可能だろう。

 ただし、手を出した瞬間にゴールインも決定付けられてしまうはずだ。


 新旧コンビの二人は、結婚に対する憧れよりも恋人とイチャイチャする時間に憧れている。

 性的な欲求はあるが、それを満たした瞬間に将来が決まってしまうのは勘弁してもらいたいのだ。


「んで、和樹、どの娘にする?」

「そうだなぁ……」


 新田が受付嬢を見比べ始めると同時に、受付でちょっとした騒ぎが起こった。


「ですから、何度も説明している通り、貴方のランクではこの依頼は受注できません」

「なぜだ! 討伐の依頼なんて失敗したところで俺が死ぬだけだろう」

「依頼の失敗は、貴方だけでなくギルド全体の信用に関わる問題なんです!」


 新旧コンビが視線を向けた先では、茶色い髪のウサギ獣人の若い男が受付嬢と揉めていた。


「ディーニさん、Fランクの貴方ではオークの討伐は受注できません。これはギルドの決まりなんです」

「依頼は受注できなくても、討伐した魔物の素材は買い取ってくれるのだな?」

「それは……買い取りはいたしますが、無茶です。自殺しに行くようなものです」

「死ぬ気は無い。死ぬ気は無いが、俺には時間が無いんだ」


 ウサギ獣人の男が討伐の依頼票をカウンターに残して立ち去ろうとすると、騒ぎを見ていたオッサン冒険者が二人現れて行く手を塞いだ。


「なにか用か?」

「面貸せよ、小僧」

「身の程ってのを教えてやるよ」

「そんな暇は無い。どいてくれ」

「出来ない相談だな」

「グダグダ言ってねぇで来い」


 若いウサギ獣人の男は、オッサン冒険者二人に挟まれるようにして連れ去られていった。


「どうする、達也」

「そりゃ見物に行くしかないだろう」

「俺はオッサンに五百ヘルト」

「ふざけんな! あんな駆け出しに勝てる要素なんて無ぇじゃん」


 ウサギ獣人の男が連れて行かれたのは、ギルドの訓練場だった。

 冒険者アイドル的存在である受付嬢に無理難題を言って困らせる……たとえ新入りでも許されない、いや新入りだからこそ教育が必要なのだ。


 実際、新旧コンビの二人も、ウサギ獣人の若者を援護する気は全く無い。

 小生意気なウサギ獣人がどの程度の腕前なのか、どんな感じでボコられるのか楽しみにしている。


 オッサン冒険者は、ウサギ獣人の男に防具を付けさせ、自分たちは防具も着けずに立ち合いを始めた。

 訓練場には、騒ぎを聞いていた冒険者たちが集まって、人垣が出来ていた。


 元々依頼に行く気が無かったのか、受注したけど気になって残ったのか、結構な人数が騒ぎの行方を見守った。

 だが……結果は、オッサン冒険者たちの圧勝だった。


 ウサギ獣人の男は、何処かの道場で習ったらしい教科書通りのような構えから型にはまった攻撃を繰り返したが、オッサンたちにスカされ、あしらわれ、叩きのめされた。

 剣を振るための基礎体力も、フェイントや間合いを図る技術も不足している。


「防具と剣を片付けとけよ、小僧!」

「お前なんかにオークの討伐は十年早ぇぇよ」


 ウサギ獣人の男を叩きのめし、木剣を放り出して歩み去ろうとした二人の前に、新旧コンビが立ち塞がった。


「よう、俺らにも一手指南してくれよ」

「あぁん? なんだ、お前ら」

「見掛けねぇ面だな? どこから来やがった?」

「そんなん、どうでもいいだろう」

「やるのか? それとも逃げるのか?」

「はぁぁ? 小僧が調子くれてんじゃねぇぞ」

「手前らも畳んでやんよ」


 思わぬ暇つぶしを見つけた新旧コンビは、笑みさえ浮かべつつオッサン冒険者たちと睨み合った。

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