第841話 ホープと駆け出し(中編)

 新旧コンビと睨み合ったオッサン冒険者の一人が、這いつくばったまま立ち上がれないでいるウサギ獣人の若者に向かって顎を振って尋ねた。


「お前ら、あのガキの仲間か?」

「いいや」

「知らねぇ奴だな」


 新旧コンビの答えに、尋ねたオッサンは眉を顰めた。


「なら、何で絡んで来やがる?」

「そりゃあ、気に入らねぇからだ」

「あと、暇つぶしな」

「はぁ? 暇つぶしだと?」


 達也の一言を聞いたオッサンは、こめかみに青筋を立てて目を見開いた。


「こちとら、身の程を知らねぇガキに世間の厳しさを教えてやってるのに、気に入らねぇとか暇つぶしで絡んで来てんじゃねぇ!」


 オッサン冒険者が声を荒げて凄んでみせても、新旧コンビの二人はニヤニヤ笑っている。


「世間の厳しさを教えるだぁ? 嘘つくんじゃねぇよ。格下相手に憂さ晴らししてるだけだろ」

「そうそう、防具を付ける必要も無い相手を嬲ってただけじゃん」


 実際、オッサン冒険者とウサギ獣人の若者の間で行われたのは立ち合いなどではなく、一方的に痛め付けるだけの行為で、何の指導にもなっていなかった。


「ふざけるな、俺らは無謀なガキが死ぬのを止めるために……」

「だったら、なんでオーク討伐が危険なのか教えないんだ?」

「一方的に叩きのめすだけじゃ、反発するだけだろ」


 冒険者の行動は自己責任……というのは世間の常識だ。

 ギルドの規定でFランクの冒険者は討伐の依頼は受けられないが、依頼を抜きにしてオークに立ち向かっていくのは自由なのだ。


 その結果、Fランクの冒険者が命を落とそうが、ギルドも先輩冒険者たちも、責任を負う必要は一切無い。


「防具を着せて、教育してやるって言えば、一方的に痛めつけても白い目で見られずに済むもんな?」

「グズ、ノロマ、カス、身の程知らず……罵るだけなら誰でもできるだろ?」

「このガキ……」


 教育と称する立ち合いの真の理由を言い当てられて、オッサン冒険者は返す言葉を失った。

 ウサギ獣人の若者と受付嬢との口論から見守り、オッサン冒険者に声援を送っていた野次馬たちも、自分らの考えの浅さに気付いてバツの悪そうな表情を浮かべている。


「受付嬢にあれだけ言われても引き下がらない奴が、叩きのめされた程度で諦めるかよ」

「強い冒険者には勝てなくても、知能の劣る魔物なら……なんて考えるのが関の山だろう」

「だったら、あのまま行かせれば良かったとでもいうつもりか!」

「そうだそうだ、あのまま行けば死んでたぞ!」


 野次馬の中には、オッサン達の反論に同調して囃し立てる者もいたが、新旧コンビの態度は変わらない。


「はいはい、そうやって自分らの憂さ晴らしを正当化するつもりだったんだろう?」

「だからさぁ、引き留めたなら、ちゃんと教育しろよ。オークがどれだけ鼻が利いて、どれだけ大きくて、どれだけ素早く動いて、どれだけ脂肪が厚くて刃が通らないか、ちゃんと教えてやれよ」


 新旧コンビの二人は、Fランクの冒険者として活動する以前に、ラストックでの初めての実戦訓練でオークの群れに囲まれて死にかけている。

 その後もケント主催の魔の森の訓練で、一人でオークを倒す難しさを嫌というほど味わっている。


 その他にも、近藤や鷹山と切磋琢磨した時間や、ベテラン冒険者ペデルから用心深さを学んだ経験があるからこそ、教育と称したイジメにさえ思える行為に腹を立てているのだ。


「どうしたよ、オッサン。木剣よこせよ」

「さっさと始めようぜ、野郎とお喋りを楽しむ趣味はねぇからよ」

「このガキ……お前ら何ランクだ!」

「ランク? Cだけど」

「Cランクだと……」


 オッサン冒険者は顔色を変え、野次馬からもどよめきが起こる。


「Cランク程度じゃ自慢にならねぇだろ」

「俺らの同期にはSランクだっているんだし」


 新旧コンビは、ケントというイレギュラーが身近にいるせいで感覚が麻痺しているが、二人の歳でCランクというのは十分異例な出世速度だ。

 というか、オッサン冒険者の二人は万年Cランク止まりだ。


 見るからに駆け出しの冒険者ならば叩きのめして悦に入れるが、新進気鋭の若手冒険者となると話が違ってくる。


「ちっ……そ、そんなに偉そうな事をぬかすなら、お前らが教育してみせろ!」

「そうだぞ、この身の程知らずをよく分からせておけ」

「なんだよ、やらねぇのかよ」

「うるせぇ、お前らみたいに暇じゃねぇんだ」


 冒険者は舐められたら終わりだと考えている者が殆どだが、実際に手合せをして逆に叩きのめされるのは更に悪い。

 打ちどころが悪くて骨を折ったり関節を痛めたりすれば、何日も依頼を受けられず生活に窮することになる。


 若い頃は舐められたら終わりだと、格上だろうとお構いなしに食って掛かっていた冒険者も、歳を重ね経験を重ねれば引き際を考えるようになる。

 このオッサン二人も酒に酔ってでもいれば、新旧コンビとやり合っていただろうが、まだ昼にもならない時間で素面ならば計算するだけの理性は残っていた。


 肩をそびやかし、自分たちを無視して立ち去ろうとするオッサン冒険者を、新旧コンビもあえて止めようとはしなかった。

 窮鼠猫を噛むではないが、オッサンたちを追い詰めすぎれば、自分らもダメージを負うかもしれない……程度のことは新旧コンビも考えられるようになっている。


「ちぇっ、やらねぇのかよ……」


 野次馬の呟きを耳にした和樹が声を荒げる。


「誰だぁ今言ったのは! 相手してやっから出て来い!」


 達也と二人で声のした方向を振り返ったが、みんな視線を背けて名乗り出る者はいなかった。

 先に見切りを付けた達也は、座り込んだままのウサギ獣人の若者に歩み寄った。


「よぅ、立てっか?」

「ちっ、余計なこと……ぐぉ」


 憎まれ口を叩いたウサギ獣人の頭を達也が張り倒した。


「そうやって余計な敵ばっかり増やしてると、出来ることすら出来なくなんぞ」

「そうそう、別に礼を言ってくれなんて言わないが、噛みつく相手を間違えてんじゃねぇよ」


 遅れて来た和樹が言い添えると、ウサギ獣人の若者は頭を下げてみせた。


「すまなかった」

「いいってことよ」

「ほら、立ちな」


 新旧コンビはウサギ獣人の若者に手を貸して立たせると、ギルドの備品である防具を脱がせ、木剣と一緒に近くに居た野次馬に押し付けた。


「俺は和樹、こっちが……」

「達也だ。あんたは?」

「ディーニだ」

「随分と焦ってるみたいだが、何があったんだ?」

「俺も和樹も、こう見えて結構苦労してきてるから、力になれるかどうかは分からないが話なら聞くぜ?」

「君らは本当にCランクなのか?」

「あぁ、まだランクアップして日は浅いけどな」

「おぅ、リーゼンブルグにも行ったことあるぜ」

「リーゼンブルグに……」


 ディーニは少し考え込んだ後で、新旧コンビに向かって再び頭を下げた。


「あったばかりの二人に頼るのは申し訳ないが、私は早急に金を稼ぎたい。相談に乗ってもらえないだろうか?」

「構わないぜ、俺ら今日は時間を持て余してるから」

「でも、金が絡む話なら、場所は考えたほうがいいぜ」

「分かった。私の行きつけの店に行こう。こっちだ……」


 先導するディーニの後を歩きながら、新旧コンビの二人は視線を交わし合い、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる。

 最初の暇つぶしは不完全燃焼で終わってしまったが、新たな暇つぶしを捕まえられたとほくそ笑んでいるのだ。


 ギルドを出たディーニは、入り組んだバッケンハイムの裏町を迷いもせずに進んでいった。

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