第838話 苦労人ジョーは依頼される(中編)

※今回も引き続き近藤目線の話になります。


 高利貸しの事務所への同行を依頼された翌日、宿舎で鷹山と待機しているとエウリコさんが呼びに来た。

 時刻は昼過ぎで、デルリッツさんの所へ出向くと、息子のナザリオが居た。


 借金の話をしにいくのに、借金した本人が同行しない訳にはいかないのだろう。

 奥歯を噛みしめて俯いているナザリオの左の頬は赤く腫れている。


 恐らく、デルリッツさんから平手打ちを食らったのだろう。

 こちらの世界の倫理感は、日本でいうなら昭和どころか大正か明治の頃に近い気がする。


 子供が悪さをすれば、容赦なくビンタや拳骨が飛んで来る。

 自分の子供や孫だけでなく、近所の悪ガキなどにも容赦しない。


 悪いものは悪い、駄目なことは駄目。

 現代日本育ちの俺達から見ると、やり過ぎと感じる時もあるが、このぐらい厳しくあるべきだとも感じる。


「ジョー、シューイチ、交渉は私に任せて、君らは意味ありげに笑みを浮かべて居てくれれば良い」

「分かりました」

「じゃあ、そろそろ出掛けよう」


 裏組織の連中と交渉すると聞いているが、支店を出てからもデルリッツさんが気負っている感じは全く無い。

 日々、商売という名の交渉を重ね、オーランド商店を守って来たデルリッツさんにとっては、数ある交渉のうちの一つに過ぎないのだろう。


 その息子のナザリオは、落ち着かない様子でキョロキョロと視線を動かしていた。


「な、なにをジロジロ見てるんだ! クビにするぞ!」


 俺は視界の端で捉えて観察していたが、正面から見据えていた鷹山にナザリオが食って掛かった。


「なにって、自分では返済できない借金を作り、親父に尻拭いをさせてるドラ息子だが? デルリッツさん、俺は宿に戻っても構わないのか?」

「シューイチ、腹立たしいだろうが契約を履行してくれ」

「分かりました」

「ナザリオ、お前はまだ自分の置かれている立場が理解出来ていないのか?」

「い、いいえ……」


 ナザリオは釘を刺された瞬間、ビクリと体を震わせた。

 鷹山に話し掛けた時には柔らかかったデルリッツさんの声が、ナザリオに対しては硬質で冷たい響きに変わっている。


「だったら、やるべき事があるだろう」

「は、はい……」


 ナザリオは鷹山に向き直ると、暫しの葛藤の後で頭を下げた。


「す、すまなかった、どうか力を貸してほしい……」

「俺はデルリッツさんに雇われているから、デルリッツさんには力を貸す。それが、あんたのためになるように祈るんだな」


 ナザリオは何か言いたげに口をモゴモゴとさせていたが、飲み込んで声には出さなかった。

 それにしても、鷹山の態度はいつもと違っている。


 ヴォルザードに来た頃の鷹山はこんな感じでイキっていたが、シーリアさんと暮らすようになってからは他人に突っ掛かることは無くなった。

 少し気になって、小声で理由を尋ねてみた。


「どうかしたのか、鷹山。やけに突っ掛かるじゃないか」

「なんか、昔の自分を見てるみたいでな、デルリッツさんだけでなく、他の人間からも分からせた方が良いんだよ。チヤホヤされているのは、親父のおかげであって、自分の力じゃないんだって」

「へぇぇ……あの鷹山が、そんな事を考えるようになったのか」

「うっせぇよ、これでも娘を持つ親だからな。いつまでもガキじゃいられねぇよ」


 なるほど、子を持つ親だからこそ、デルリッツさんに別の意味で手を貸している訳だ。

 オーランド商店に使用人として雇われているエウリコさん達では、ナザリオに対して鷹山のような態度はとれない。


 依頼を受けてはいるが、外部の人間である俺達だから出来るという訳だ。


「でも、ナザリオが後を継いだら、俺らの仕事が無くなるかもしれないぞ」

「心配無い。その頃には、もっと冒険者ランクを上げて、指名依頼が来るような冒険者になってるさ。ジョーだって、まだまだ成長する気だろ?」

「まぁな……確かに心配無いな」


 親バカ、嫁バカの鷹山が、こんな事を考えているとは、ちょっと意外だったが、仲間が成長するのは大歓迎だし、俺も負けてはいられない。

 ちょっと面倒な依頼だと思っていたが、想定外の収穫があったかもしれない。


 ナザリオが案内する形で向かった高利貸しは、バッケンハイムの中心地から南に歩いて二十分ほどの歓楽街の入り口近くにあった。

 娼館や賭場に足を運ぶのに手持ちが心細い者や、そうした場所ではしゃぎ過ぎて金が足りなくなった者達が利用するようだ。


 日本でいうならキャッシングみたいなものだが、利率は恐ろしく高い。

 しかも、こちらの世界では学校に通えなかった人の割合も少なくなくて、読み書きや計算が出来ない人もいる。


 そうした人達が、トイチなどと呼ばれる十日で一割なんて法外な利率に引っ掛かって、雪だるま式に膨らむ借金に苦しめられているようだ。

 ランズヘルト共和国では、法律で貸付金利に上限が設けられているそうだが、読み書きすら出来ない人達が、そんな法律なんて知っているはずがない。


 しかも高利貸しどもは、借金が膨らみ切ったところで法定金利ギリギリで借り換えをさせ、元の証文を破棄してしまうらしい。

 こうなると、法律違反の高金利の証拠がなくなり、正当な金利での莫大な借金が残ることとなる。


 法定内の金利とはいえ、借り入れの元本が膨大な金額となってしまうと、当然ながら返済は難しい。

 つまり、出来る限り初期の段階で法律違反を訴えて、余分に払った金利を返却させるようにしないと底無しの借金沼に引きずり込まれてしまうのだ。


 高利貸しの事務所の入口には、お世辞にも人相が良いとは言えない柄の悪い男が二人待ち構えていた。


「オーランド商店のデルリッツだ。息子の借金の話をしに来た」


 ナザリオは顔を蒼ざめさせているが、デルリッツさんは顔色一つ変えず堂々としたものだ。

 ついでに言うと、鷹山は高利貸しの建物を珍しそうに眺め、観光気分のようで緊張感は感じられない。


 建物の中へと通され、更に奥にある応接間へと案内された。


「悪いが、武器は預からせてもらうぜ」


 応接間まで案内してきた男に言われ、俺と鷹山は左の腰に吊った剣を外して手渡した。

 普段御者を務めているエウリコさんは、剣を持ってきていない。


「そっちのナイフもだ」


 右の腰のナイフも外して渡すと、男は鞘から少し抜いて剣とナイフを確かめた。


「ガキのくせに良い物使ってんじゃねぇか」

「それで命が拾えるなら安いもんだ」


 鷹山がそっけなく答えると、案内の男はニヤリとした後で表情を引き締めた。

 案内された応接間のソファーにデルリッツさんとナザリオが座り、俺と鷹山とエウリコさんはソファーの後ろに立った。


 一応事務員の服装ではあるが、豊満な胸の谷間を見せ付けるようにシャツの胸元を大きく開き、張りの良い尻を強調するようなタイトスカートの女性がお茶を運んできた。

 それまで落ち着かない様子でキョロキョロしていたナザリオの視線が、女性の胸元に吸い寄せられる。


「どうぞ……」


 妖艶な笑みを浮かべた女性を夢遊病者のように見送るナザリオを見て、デルリッツさんは額に手を当てて小さく首を横に振った。

 そんな父親の仕草に気付いた様子もなく、女性が部屋の外へ出ていくと、ナザリオは溜息を洩らした後でテーブルのお茶に手を伸ばした。


 ふーふーと冷ました後で、ナザリオは何の躊躇いもなくお茶を口へと運んだ。

 カップの三分の一ほどを飲んでカップを戻すまで、デルリッツさんは無言でナザリオを見守っていた。


 待つこと暫し、俺達が入って来たのとは反対側にあるドアが開き、痩せた長身の男が応接間に入ってきた。

 愛想の良い笑みを浮かべているが、目がまるで笑っていない。


 痩せた男の後ろからは、俺達を案内した男とは違う、更に体格が良く、更に人相が悪い男が二人入ってきた。

 痩せた男がデルリッツさんとテーブルを挟んだ向かい側に座り、男二人はその後ろに立って俺達を睨み付けている。


「どうも、どうも、初めまして、ホネスト金融のルデロと申します」

「オーランド商店のデルリッツだ」


 ルデロが骨ばった右手を差し出したが、デルリッツさんはその手を取ろうとはしなかった。

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