第837話 苦労人ジョーは依頼される(前編)
※今回は近藤目線の話になります。
イロスーン大森林を貫く街道に入ってから三日後、俺達は無事にバッケンハイムに到着した。
『消える馬車』の噂を聞き、防具や武器も見直して万全の態勢で臨んでいたせいで、何事も起こらずに到着できた事が物足りなく感じてしまった。
護衛の仕事は依頼主や荷物を無事に送り届ける事こそが何よりも優先される仕事だから、何事も起こらない方が良いに決まっている。
だからこそ国分に情報を流したのだし、その国分が盗賊を一掃してくれた事には本当に感謝している。
ただ、それでも物足りないと感じてしまっているのも事実なのだ。
バッケンハイムに到着した後、俺達はオーランド商店の支店にある使用人用の建物に滞在するのが常だ。
下手な宿よりも遥かに清潔だし、食事も美味い。
何よりも、宿代が掛からないのが有難い。
ここで二日ほど待機して、商店主であるデルリッツさんの用事が済むのを待って、またヴォルザードに戻る。
待機する二日間は、自由に出歩いて構わないと言われているので、街を見て歩いたり、恋人であるリカルダへのお土産を探して歩いたりしている。
今回も一日目は自由に過ごせたのだが、その日の晩に御者を務めているエウリコさんから声を掛けられた。
「ジョー、シューイチ、明日は何か予定を入れているか?」
「いえ、特には……」
「俺も無いっすけど……」
「だったら、デルリッツさんの外出に付き合ってくれ」
「それって、護衛ってことですか?」
「そうだ、バッケンハイムまでの往復とは別に報酬を出す」
「護衛が必要ということは、それなりに危険な場所に行くってことですか?」
「そうだ」
ちらりと鷹山に視線を向けると、少し首を傾げてみせた。
昔の鷹山だったら、あまり考えもせずにオッケーしていただろうが、娘が生まれてからは慎重さが増している。
「もう少し詳しく内容を聞かせてもらえませんか?」
「そうだな……バッケンハイムの高利貸しの所へ交渉に行く。どこの街でも同じだろうが、高利貸しの連中は裏組織と繋がっているもんだ」
「では、荒っぽい連中と戦うことになるかもしれないんですか?」
「いや、デルリッツさんとしては穏便に話をするつもりだが、相手がどう出るかまでは分からない」
「戦闘になった場合に俺と鷹山でデルリッツさんを守れってことですね?」
「いや、俺も同行するし、ピペトとテードロスも建物の外までは同行する。ジョーやシューイチは、バッケンハイムの裏通りまでは熟知してないだろう?」
エウリコさんたちも元冒険者なので、そこらのゴロツキ連中なんかよりも遥かに腕が立つ。
その三人が揃って同行するとなれば、相当危険な相手のような気がする。
「随分と大掛かりですけど、そんなに面倒な交渉なんですか?」
「そうだな、デルリッツさんにすれば金額自体は大した事はないそうだが、高利貸しみたいな連中は、一度隙を見せると何度でも食いついて来て甘い汁を吸おうとするからな、ハッキリと決別するための交渉だ」
「報酬は?」
「一人、五万ヘルト」
報酬の金額を聞いた途端、新旧コンビが勢いよく手を挙げた。
「やります! エウリコさん、俺らがやりますよ!」
「悪いな、遠距離魔術が使える二人というご指名なんだ」
こちらの世界の魔術は基本的に手元で発動させるのだが、俺や鷹山は国分からヒントを貰って離れた場所で魔術を発動させられる。
このおかげて、普通ならば届かない距離の相手に魔術を当てられる。
「俺は使えるけど……土属性は建物の中には向かないからなぁ……」
古田は土属性の魔術で、かなり離れた所にいる相手に対しても落とし穴などで牽制できるが、新田はまだ遠距離魔術を上手く使えない。
ただし、身体強化と野球部での経験を活かして、古田がボール型に石と同等の強度で固めた土を凄まじいい速度で投擲する。
二キロぐらいあるボールが二百キロを超える速度で飛んで来たら、どれほどの衝撃があるか想像してみて欲しい。
遠距離魔術は使えないが、中距離までなら相当な攻撃力を持っている。
「鷹山、どうする?」
「エウリコさん、戦闘になった場合、俺達の役目は相手を倒すことなのか、それともデルリッツさんを守ることなのか、どっちなんですか?」
「ジョーとシューイチには、相手を無力化してもらいたい」
「殺すのではなく、無力化するんですか?」
「状況次第だが、相手が殺す気で襲ってきても、殺してしまうと罪に問われる可能性がゼロではなくなる。できれば、命までは奪わないようにしてもらいたいが、自分の命が危ういと思ったら手加減しないでいい」
「でも、殺したら罪に問われる可能性があるんですよね?」
「デルリッツさんさえ無事ならば、どんな手を使ってでも必ず助けるし、もし懲役が課せられるならば、その間の家族の面倒はみると約束する」
「それは、契約書にも書かれていますか?」
「勿論だ」
「分かりました。契約書の内容を確認して、問題が無ければ受けます」
「ありがとう、ジョーは?」
「俺も契約書を確認して問題が無ければ受けます」
この後、鷹山と一緒にデルリッツさんの部屋を訪れて、内容を確認して契約を交わした。
契約を終えると、珍しくデルリッツさんはホッとした表情をみせた。
「ジョー、突然予定外の依頼をしてすまないな」
「いいえ、キチンと報酬もいただけますし、納得して受けているのですから気にしないで下さい。ただ、ちょっと質問させてもらっても良いでしょうか?」
「何かな?」
「なぜ、バッケンハイムの高利貸しと交渉する必要があるのですか? オーランド商店は、そんな所に借金する必要なんてありませんよね?」
「その通りだ……」
デルリッツさんは渋い表情を浮かべて沈黙した後、おもむろに口を開いた。
「うちの愚息が、質の悪い女に引っ掛かったらしい。知っての通り、店の名前を使って威張り散らす程度しか能の無い馬鹿者で、バッケンハイムの学院に入れれば少しは変わるかと思ったのだがな……」
デルリッツさんの息子ナザリオは、街で知り合った女の子に熱を上げ、二人きりになったところで襲い掛かったらしい。
だが、いわゆる美人局だったようで、無理やり服を脱がせて行為に及ぼうとした瞬間に、兄弟だという男が踏み込んで来て責任取れと脅されたようだ。
要求された金が払えなくなると、男はナザリオを高利貸しの所へと連れて行き、借金をさせて金を奪い取っていったそうだ。
「それって犯罪じゃないんですか?」
「そうなんだが、ナザリオを騙した連中と高利貸しは別の組織で、元の組織は潰されたらしいのだが、高利貸しへの借金は帳消しにはならんのだよ」
「あぁ、なるほど……では、その借金を帳消しにする交渉ですか?」
「いや、理由はどうあれ借りた金は返す。ただし、法律で禁じられた高利の利息までは返すつもりは無い」
ここで高利貸しの言いなりになって、違法な金利まで返してしまうと付け込まれるようになるのだろう。
たとえ裏社会の連中に繋がっているとしても、オーランド商店は暴力や脅しには屈しないという姿勢を見せる必要があるという訳だ。
それにしても、あの馬鹿息子は本当にロクなもんじゃないな。
「うちの愚息を騙していた連中は、例の『消える馬車』の盗賊の一味だったらしい。ケント・コクブが連中を一掃していなければ、高利貸しの借金を返すために別の高利貸しから借金をさせられていただろう」
どこの世界でも似たようなもので、借金が雪だるま式に増えていって、最終的には首が回らなくなるまで追い詰められるようだ。
「ちなみに、その借金を返せなくなったら、どうなるんですか?」
「あぁ、最近の流行はリーゼンブルグで奴隷落ちさせられるようだ」
「奴隷落ちって……自分を売って返すってことですか?」
「そうだ。いっそナザリオも売り飛ばして店の資金にしてしまおうか……ははっ、冗談だよ」
冗談だと言って笑ったデルリッツさんだが、目がちょっとマジに見えたのは、俺の見間違いだろうか……。
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