第835話 送迎依頼
ヴォルザード家の次男バルディーニが、美人局に引っ掛かって強請られていた件をどうにかクラウスさんに報告できました。
あまり仲が良くない……というか対立している相手の不祥事を知らせるのは、告げ口をしているようで気分が悪かったのですが、やはり必要だろうと思って報告しました。
クラウスさんは任せろと言ってくれたし、報告の後は冒険者時代の話を聞かせてもらいながら楽しくお酒を飲めました。
まぁ、二人してグデングデンに酔い潰れ、自己治癒魔術で二日酔いを治す前に、うちのお嫁さんとマリアンヌさんからお説教を食らうことになってしまいましたけどねぇ……。
お説教を食らった翌日の午後、ヴォルルトがひょっこりと顔を出しました。
「わふぅ、ご主人様、クラウスが呼んでる」
「えっ、クラウスさんが? ギルドに行けば良いのかな?」
「わぅ」
クラウスさんはギルドの執務室にいるそうなので、ヴォルルトと一緒に影に潜って移動しました。
「ケントです、お呼びですか?」
「おぅ、入ってくれ」
何か緊急事態でも起こったのかと思いましたが、クラウスさんはにこやかな表情で迎えてくれました。
「ケント、明日の午前中にバッケンハイムに送ってもらいたいんだが、大丈夫か?」
「クラウスさんを送れば良いんですか?」
「そうだ、バッケンハイムからブライヒベルグへの荷物の取りまとめをしているヨハネスと打ち合わせをしたくてな。手紙はすぐ届くが、まどろっこしくてな」
闇の盾を使って声だけならば届けられますが、帳簿を突き合わせながら話をしたいそうで、直接会った方が早いそうです。
「了解です、何時ぐらいに送れば良いですか?」
「そんなに早くなくて良いぞ、朝飯を済ませて、ゆっくりしてから迎えに来てくれ」
「迎えはお屋敷ですか、それとも、ここですか?」
「んー……そうだな、屋敷にしてくれ」
「了解です。では、明日お屋敷に迎えに行きますね」
「おぅ、頼むな」
クラウスさんとの打ち合わせを終えて家に戻ったのですが、何か引っかかる感じがしました。
「うーん……なんだろう。そうか、リーチェが報酬の話をしなかった……」
普段なら、指名依頼だから報酬は弾んでもらわないと……なんて感じでクラウスさんと価格交渉が始まるのに、今日のリーチェは曖昧な笑みを浮かべていただけでした。
「てことは、クラウスさんのバッケンハイム行きにはリーチェも関係している?」
まぁ、十中八九バルディーニの件でしょう。
それを僕に言わないのは、覗き見されたくないからでしょうね。
でも、見るなと言われると見たくなってしまうのが人間のサガってやつですよねぇ。
家に戻って、どうしたものかと悩んでいると、ラインハルトが話し掛けてきました。
『どうされました、ケント様』
「うん、クラウスさんは、バルディーニをどうするのかな?」
『単純に美人局に引っ掛かっただけなら、拳骨の一つも落として終わりでしょうな』
「でもさ、それなら僕に気付かれないようにする必要は無いよね?」
『そうですな……それ以上に厳しい処分が必要だと考えているのでしょうな』
「だよねぇ……てことは、単に美人局に引っ掛かっただけじゃなかったのか」
『おそらく、脅し取られた金の出所でしょうな』
「ヤバい所から借りてるとか?」
ならず者に騙されて、金を脅し取られるというと、セロリじゃなくて……ニラみたいな名前のメリーヌさんの弟を思い出します。
歓楽街の元締めの一人ボレントに狙われて、冒険者パーティー、フレイムハウンドの三人におだてられ、騙されて、高価な装備や飲食で大きな借金を作っていました。
ボレントの狙いは姉であるメリーヌさんと店の権利でしたが、僕の眷属の活躍によって、三百万ヘルトの借金は、百万ヘルトまで値切って解決しました。
それでも、迷惑を掛けた人達に謝罪も感謝もせず、最後はダンジョンで騙されて魔物に食われて死体すら残りませんでした。
バルディーニが、あんな馬鹿野郎と同じレベルだとは思いたくありませんが、もしそうだとしたらクラウスさんに親子の縁を切られてもおかしくないでしょう。
『高利貸しに借金程度なら、拳骨が一発増える程度でしょう』
「えっ、もっと悪い状況があるの?」
『ありますぞ、領主一家の次男なら……』
「えっ……それって、家のお金に……そうか、領主一家のお金は税金。それに手を付ければ、横領になるのか」
公金横領となれば、クラウスさんの拳骨程度では済まないでしょう。
『ヴォルザード家の暮らしを見れば、領主一家の一員として恥ずかしくない付き合いが出来る程度の金は与えられていたはずです。ですが、カーロスのアジトから見つけた帳簿に書かれていた金額は、与えられた小遣いでは払えないでしょうな』
「これって、勘当待った無し状態?」
『そうですな、勘当されてもおかしくないでしょうな。ただ、クラウス殿ならば、最後にもう一度チャンスを与えるのではありませぬか』
「うーん……そうだね、クラウスさんなら切り捨てて終わりにはしないだろうね。たぶん、厳しい処分をして、その上で挽回のチャンスを与えると思う」
クラウスさんは、かつては最果ての街などと呼ばれていたヴォルザードの領主だけあって、人の使い方が本当に巧みです。
勇者なんて呼ばれて調子ぶっこいていた鷹山を強制労働とおだてる、飴と鞭で更生させてしまいました。
しかも、恩赦を与える時には、鷹山の借金を僕に押し付ける鬼畜っぷりです。
「あれっ? でも、バルディーニを更生させるなら、別に僕に隠す必要なんて無いよね?」
『そうですな、考えられるとしたら、バルディーニに課せられる罰というか課題に、ケント様が手を貸さないようにするためではありませぬか』
「なるほど……ってか、絶対に手なんか貸さないけどね」
『どうですかな、ベアトリーチェ様から頼まれたら、いかがいたしますか?』
「うっ、それは確かに……」
僕自身はバルディーニに手を貸す気なんて皆無だけど、リーチェに泣きつかれたら手を貸してしまうでしょう。
でも、それはバルディーニのためにはならないでしょう。
「うーん……見たい、めっちゃ覗き見したい」
『ならば、単刀直入にクラウス殿に、どんな処分を下すのか尋ねてみてはいかがですかな?』
「それしかないか……てか、僕らが探り出した不祥事なんだから、その結末を知る権利はあるよね?」
『そうですな。ケント様にとっては義理の兄ですからな』
「それは、あんまり考えたくないな」
翌日、時間を見計らってお屋敷に出向くと、クラウスさんは普段の冒険者みたいな服装ではなく、ヴォルザードの領主に相応しい出で立ちでした。
「おはようございます」
「おぅ、今日はよろしく頼む」
「それで、バッケンハイムのどちらに送れば良いですか?」
「そうだな、学院の近くにしてくれ」
「分かりました。それで、バルディーニはどうするんですか?」
それまでは、不自然なほどの笑みを浮かべていたクラウスさんですが、バルディーニについて尋ねると、表情を曇らせました。
「はぁ、あんまり身内の恥は晒したくないんだがな」
「僕も身内ですよ」
「そうだな、ここまでやってもらっておいて、何も教えないのはフェアじゃねぇな。ケント、お前は影の中から見てろ。ただし、バルディーニには絶対に見つかるなよ」
「了解です……」
「まったく、出来の良い息子も、良し悪しだな」
溜息を洩らしたクラウスさんをバッケンハイムへと送還し、その後のバルディーニへの処分を見守ることにしました。
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