第831話 苦労人ジョーは伝言を頼まれる

 ※今回は近藤譲二目線の話です。


 いつもよりも緊張感を持ってオーランド商店の馬車の護衛に臨んだが、リバレー峠は何事も無く通過できた。

 秋も深まり、馬車を引く馬たちの負担も、真夏に比べれば減っている。


 休憩の回数を以前よりも減らしているのだが、馬にはまだまだ余裕がありそうだ。

 今夜は、イロスーン大森林の入口近くの集落にある、オーランド商店の定宿に宿泊する予定だ。


 いよいよ明日からは『消える馬車』の噂が流れている、イロスーン大森林を抜ける街道を進むことになるので、今夜は英気を養っておく必要がある。

 宿に着いたら周囲の警戒を行った後で、順番に休憩をする予定だ。


 山賊や盗賊は、街道の宿屋や野営地で良い獲物がいないか目を光らせている。

 旅人を装って宿泊している場合もあれば、街をウロつきながら品定めをする場合もある。


 御者のリーダーを務めているエウリコさんの予想では、オーランド商店の馬車は目立ちすぎて『消える馬車』の標的としては狙われにくいようだが、それでも油断する訳にはいかない。

 襲われて、依頼主であるデルリッツさんが負傷したり、金品を奪われれば、これまで積み重ねて来た信用を一気に失う。


 それどころか、襲撃を受ければ自分達の命が失われることになりかねない。

 馬車を降りたデルリッツさんに同行して宿に入ると、顔馴染みになった宿の主が満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました、デルリッツ様。峠はスムーズに越えられたようですね」

「あぁ、すっかり良い陽気になって、馬車の旅を楽しんでこられたよ」


 真夏の馬車での移動は、高級な馬車であっても快適とは言い難い。

 リバレー峠のピーク付近はいくらか涼しいが、峠を下るほどに気温は上がる。


 だが、平地でも涼しいと感じられる季節ともなれば、のどかに馬車の旅を楽しむ余裕も生まれてくる。

 実際、仕事ではあったが今日の峠越えは、なかなか快適だった。


「それはようございました。明日からの道行もきっと順調ですよ」

「そうあって欲しいものだが、近頃は良からぬ噂も耳にするからな」


『消える馬車』の噂は、当然だがデルリッツさんにも伝わっている。

 だが、宿の主は表情を引き締めるどころか笑みを深くした。


「あぁ、『消える馬車』の噂でしたらば心配ありませんよ。魔物使いが一味を捕縛したそうです」

「ほほう、ケント・コクブか」

「えぇ、この集落の近くにあったアジトも摘発されたそうです」

「それならば、ジョーたちの出番は無いようだな」

「それでも、準備を怠るつもりはありませんよ」

「それでこそ、ケント・コクブの盟友だな」

「えっ、ジョーさんは魔物使いとお知り合いなんですか?」


 宿の主は、俺達が国分と同郷の異世界人だと知らなかったようだ。


「まぁ、知り合いといっても世話になりっぱなしですけどね」

「いやいや、私どもなどでは、会って言葉を交わすことすら困難ですから、羨ましい人脈ですよ」


 確かに、一般の人が国分と知り合いになるのは簡単では無いだろう。

 ましてや、『消える馬車』の噂を国分に流し、摘発を促したのが自分だと明かせば、宿の主はさぞや驚くだろう。


 デルリッツさんからの俺達への評価も上がるかもしれないが、摘発をタダで頼んだようなものなのに、評価まで貰おうというのはガメつ過ぎるだろう。


「あの……結局、何人ぐらい捕まったんですか?」

「正確な数は分かりませんが、襲撃の実行役が五十人ぐらい、アジトにも同じぐらい居たらしいですよ」

「五十人! そこまでの人数だったのか……」


 偽の乗り合い馬車を使っての襲撃を想定していたが、人数はせいぜい二十人程度だと思っていた。

 もし自分達が襲われていたら……と考えると、ちょっと背筋がゾッとした。


 同時に、それだけの人数を苦もなく捕らえてしまうのだから、やはり国分は別格だ。


「ジョー、どんな風にして捕らえたのか、聞いておいてくれ」

「はい、この依頼が終わったら、家を訪ねてみます」

「できれば、詳しく……な」

「それは、難しいかもしれません」

「どうしてだ?」

「国分は感覚派なので、説明が下手なんですよ」


 ぱっ……とか、さっ……とか、擬音が多くて本当にわかりにくい。

 魔術を遠方で発動させる方法とかは、実際に体得するまで本当に苦労した。


 一度コツを掴んでしまえば、後は理解できるようになるのだが、その最初の一歩が大変なのだ。

 まぁ、体得したコツを説明してみろと言われると、やっぱり擬音頼みになってしまうし、苦労して得たものを簡単に教えてしまうのも癪に障る。


 オスカーにもコツを聞かれたが、ヒュッてやって、ズバッだと言っておいた。

 冒険者なら、自分でコツを掴むしかない。


 さすがに、デルリッツさんへの説明は、もう少し分かりやすくする必要があるから、国分語の翻訳を頑張るとしよう。

 デルリッツさん達が泊まる部屋に問題が無いかチェックした後、外で目を光らせていた鷹山たちと合流した。


「消える馬車の盗賊は、国分が片付けてくれたらしいぞ」

「マジで? 一つ懸念が減ったな」

「だが、油断するなよ。襲撃役は五十人ぐらい居たらしいから、もしかすると残党がいるかもしれないからな」

「そうか、だが俺は帰りを待つシーリアとリリサのために、油断する気など微塵も無いぞ」

「あぁ、その調子で頼む」


 ヴォルザードに戻った途端アホになってしまうのはいただけないが、依頼の最中の鷹山は頼りになる。

 護衛の依頼を重ねる度に、鋭さが増している感じだ。


「怪しげな奴は見掛けなかったか?」

「今のところは居ないな」

「そっか、新旧コンビは?」

「裏手のチェックに行ってる」

「二人が戻ったら、夜の順番を決めよう」

「了解」


 相変わらず、夜中の見張りの順番は、その日の夕食時に決めている。

 最初はじゃんけんだったが、今は恨みっこ無しのアミダクジだ。


 ただし、日本製の防犯アラームやセンサーライトなどを活用しているので、見張りの労力は減っているし、仮に居眠りしても大丈夫な備えはしている。

 デルリッツさんは、そうした防犯グッズも扱いたいようだが、残念ながら魔導具での再現は出来ていない。


 新旧コンビが戻って来たので、夕食を済ませるために宿の食堂に向かうと、三十すぎぐらいの冒険者が立ち塞がった。


「あんたら、魔物使いの知り合いなのか?」

「だったら、何か?」

「ダチの仇を討ってくれて感謝すると伝えてくれ」

「ヴォルザードに戻るのは先の話になるし、すぐに会えるとも限らないが……」

「あぁ、構わない、俺の自己満足だから、いつでも良いから伝えてくれ」

「わかった。あんたの名前は?」

「伝えなくていい……魔物使いからみれば、どこにでも転がっている冴えないオッサン冒険者さ」

「そうか、必ず伝えておくよ」

「ありがとう」


 自称冴えないオッサン冒険者に国分への伝言を頼まれた後、食堂で夕食を待っている間にも別の二人組から同様の伝言を頼まれた。

 二人組の知り合いだった冒険者パーティーも、消える馬車の盗賊に殺されたらしい。


 腕の良い四人組の冒険者パーティーだったそうだが、商会の馬車を護衛してバッケンハイムに向かい、それっきり戻って来なかったそうだ。

 いくら腕が立っても、五十人近くの盗賊に襲われれば一溜りもなかったのだろう。


 国分に噂話を伝えて、盗賊どもを討伐するように仕向けたのは、少しズルいと思ったが正解だったようだ。

 もし国分を動かさず、もし自分達が襲われていたら、鷹山や新旧コンビと一緒に街道脇の空堀の底に骸を晒していたかもしれない。


 ヴォルザードに戻ったら、国分に伝言を伝えよう。

 そして、俺達からの感謝も伝えよう。

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