第830話 盗賊狩り(後編)

 バッケンハイムのアジトを目指した盗賊どもは、馬車を引く馬達をろくな休憩も与えずに走らせ続けました。

 影の空間から見守って治癒魔術を施したり、脱水症状を起こさないように胃に水を流し込んだりして支えていましたが、それでも倒れやしないか気が気ではありませんでした。


 盗賊どものアジトは、イロスーン大森林を出てすぐにある集落を通り過ぎ、細い脇道を進んだ先にありました。

 かつては、何処かの金持ちの別宅だったらしい朽ちかけた屋敷を勝手に使っているようです。


 馬車に乗って戻って来た盗賊は五人で、そのうち四人が陽動役、一人が監視役だそうです。

 アジトに到着すると、一番年上に見える三十代半ばぐらいの男が大声で指示を出し始めました。


「襲撃が失敗した、このアジトは放棄する!」

「うぇぇ、失敗ってマジっすか?」

「馬鹿野郎! これが冗談言ってる顔に見えんのか! さっさと金目の物を馬車に積み込め! 今夜のうちにバッケンハイムに戻るぞ!」

「へぃ!」


 アジトに残っていたのは十人ほどの下っ端たちで、監視役の男に怒鳴られ、慌てて金目の物を積み込み始めた。

 屋敷の玄関ホールには、襲撃によって手に入れた品々が積み上げられていた。


『奪った品物をすぐに売り捌くと足が付きやすいので、ほとぼりが冷めるまで保管しているのでしょう』


 ほとぼりが冷めるまで保管したり、本来の納品場所とは違う方角の街に持ち込んで売り捌いたりするのは盗賊の常套手段だそうです。

 アジトにいた十人と、馬車に乗って戻ってきた陽動役の四人が、汗だくになって積み込み作業を行っても、目ぼしい物を積み込み終えるまで三時間ほど掛かりました。


 馬車がアジトに戻ってきたのは夕方でしたが、今やすっかり日が暮れています。

 盗賊どもにとって幸いだったのは、空は雲一つなく晴れ渡り、空に浮かんだ月が道を照らしていました。


『元々、馬は夜目が利く生き物ですから、これだけの月明かりがあれば問題なく馬車を進められるでしょう』


 結局、一台の馬車では荷物が積み切れず、もう一台の馬車にも荷物が積み込まれました。

 ハイペースで馬車を引いて来た馬たちは、馬車からは外されたものの、売り物として連れていかれてしまうようです。


「せっかく解放してあげようと思っていたのに……」


 まぁ、バッケンハイムの裏街まちにあるらしい、黒幕のアジトに着くまでは我慢してもらいましょう。

 盗賊どもは、バッケンハイムへと続く街道を東に向かって進み、街の少し手前で畑の中の細道へと入っていきました。


 畑の中の道は細く、馬車が一台通り抜けるのがやっとの幅しかありません。

 二台の馬車は畑の中の細道をウネウネと進み、バッケンハイムの街の南側へと進んで行きました。


 バッケンハイムの街は『学術都市』と呼ばれ、学院や研究機関が集まる中心部は洗練さと煩雑さが同居している独特な雰囲気ですが、街の端まで来ると普通の街並みが広がっています。

 二台の馬車は街には入らず、畑の中にある家畜小屋と納屋を合わせたような家へ向かい、敷地に入る直前で止まりました。


 約二十秒ほどの重苦しい沈黙の後、道の両脇から黒装束の男が現れて御者台へと歩み寄りました。

 馬車の側で対応したのは監視役の男でした。


「あっ、お疲れさまです」

「襲撃失敗、実行役は全員捕まった。俺達はアジトを放棄して戻ってきた」

「襲撃失敗って、一体どこのどいつが……」

「ヴォルザードの魔物使いだ」

「げぇ……」


 黒装束の男は、驚きのあまり言葉を失っていました。


「ボスは?」

「中にいやす……」

「行くぞ、お前らは荷物を片付けろ」


 馬車を降りた監視役の男は、黒装束の男と共に納屋のような建物へと入って行きました。

 いよいよ黒幕とのご対面ですかね。


 外からは納屋のように見える建物ですが、中側は小さな酒場のような造りになっていました。

 その一番奥に置かれたソファーで、目つきの悪い男が半裸の女性を両側に侍らせて酒を飲んでいました。


「ボス!」

「うるせぇ、どうした?」

「実行役が捕まりました。魔物使いです!」

「あぁ? 手前ぇら、真っ直ぐ逃げ戻って来やがったのか!」

「いえ、こっちがわのアジトは放棄して、戦利品は全部回収して……」

「同じだ、馬鹿野郎! 手前らは、ここへ案内させるために泳がされたんだよ、この馬鹿が!」


 どうやら、この黒幕の男は、なかなか頭が切れるみたいですね。

 黒幕の男は、酒の入ったカップを監視役の男に叩き付けると、猛然と席を立ち、二階への階段を昇り始めました。


 階段を昇った先の廊下を足早に進んだ男は、ポケットから鍵を取り出して一番奥の扉を開けて魔導具の明かりを灯すと、持っていた鍵を思い切り床に叩き付けました。


「クソがぁ!」


 悪いけど、金庫ならラインハルトが回収済みだよ。


『ケント様、いわくありげな証文や強請り集りのネタらしいものが詰まってますぞ』

「金品は?」

『金貨や大粒の宝石がゴロゴロと……』

「全部いただいておこう」


 金庫を奪われたと知った黒幕の男は、誰もいない部屋に向かって喚き散らしました。


「出て来い、魔物使い! ぶっ殺してやる!」


 馬鹿ですねぇ、出て来いなんて言われてホイホイ出て行く訳ないじゃないですか。


「ゼータ、エータ、シータ、よろしく!」

「うおぉぉぉぉ……」


 合図をするとゼータ達が遠吠えを始め、外で荷下ろしをしていた下っ端連中を納屋の中へと追い込みました。

 遠吠えを聞いた黒幕の男は、部屋を飛び出して階段を駆け下りて行きます。


「俺を中心にして集まれ! 油断すんじゃねぇぞ! 邪魔だ!」


 黒幕の男は、輪に加わろうとしていた半裸の女性を足蹴にして追い出しました。

 なんて野郎だよ……。


「出て来い、魔物使い! いるのは分かってんだ!」


 だから出て行かないって……出て行くのは、お前らの方だよ。


「送還!」


 都合良く盗賊どもが固まってくれたので、一網打尽にして送還術で外へと送り出してやりました。


「なっ、なんだ! どうなってやがる!」


 まぁ、いきなり夜の草原に放り出されれば、そういう反応になるよね。

 混乱している盗賊どもから少し離れた場所に闇の盾をだして、表に踏み出しました。


「こんばんは、盗賊の皆さん」

「手前ぇ……手前が魔物使いか!」

「しぃぃぃ……お静かに、騒ぐと魔物が寄ってきますよ」

「手前、何をしやがった。ここは、イロスーン大森林だな?」

「違いますよ。そんなつまらない場所に招待しませんよ」

「んだと……じゃあ、ここは何処だってんだ!」

「南の大陸です」

「はぁ? 何ふざけた事をぬかしてやがんだ!」

「ふざけてなんていませんよ。あなたを罪に問うのは色々と面倒そうなんで、送還術を使ってポイっとしちゃう事にしました。ここ、大陸の中央付近にある古い火口の内側なんで、頑張って北を目指して下さいね。じゃあ……」

「ちょっと待て! て、手前……俺達を置き去りにするつもりなのか?」


 僕が冗談を言っているのではないと気付いたのか、黒幕の男は顔を引き攣らせています。


「だから、そう言ってるじゃないですか。今まで、散々他人を食い物にしてきたんでしょ? 最期は食い物にされる側にしてあげますよ」

「ふざけんな! 手前に何の権利があって……」

「しぃぃぃ……大声は魔物に居場所を知らせるだけですよ。因みに、この山にはグリフォンも住んでますから、死ぬ前に見れるといいですね。じゃあ……」

「ちょっと待て! おいっ!」


 黒幕の男は必死に駆け寄って僕を引き留めようとしましたが、手が届く寸前で闇の盾へと潜り込みました。


「どうかな、ラインハルト」

『もう、オーガがウジャウジャと寄って来ていますぞ』

「それなら、すぐに終わりそうだね」


 南の大陸に暮らすオーガの群れに殆ど丸腰状態で立ち向かえば、どうなるかなんて言うまでも無いでしょう。

 他人を食い物にしてきた盗賊どもは一人も逃げられず、この世から姿を消しました。

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