第829話 盗賊狩り(中編)

 盗賊の実行犯を捕らえた直後、マールブルグの領主ノルベルトさんに引き渡しのための連絡を入れました。

 捕縛した盗賊は、縛り上げて一味が乗ってきた馬車に積み込み、襲われた馬車を護衛していた冒険者の一人に御者を頼んで、次の野営地まで運びます。


 ラインハルト達だと馬が怯えて、僕だと馬になめられちゃうんですよねぇ。

 乗馬とか馬車の御者とか練習した方が良いのでしょうが、影移動、影収納が使えるので、必要性を感じられないんですよ。


 ただ、こうした輩を捕縛した時などには困るのも事実ですが、最悪送還術で飛ばしてしまうという手がありますからね。

 まぁ、暇な時にでも練習しますかね。


 先頭で車列をコントロールしていた陽動役の馬車は、襲撃が失敗したと悟ると、仲間を助けようともせずに先へと進んだようです。

 最後尾にいた検分役の馬車は、遥か手前で停まって近付いてこようともしません。


 それを追い越して来た馬車を護衛していた冒険者が、襲撃現場の少し手前から声を張り上げて事情を問い質してきたので、盗賊に襲われたが既に捕縛したと答えました。

 一応、警戒はしておきましたが盗賊一味とは全く無関係なようで、次の野営地の守備隊に引き渡すと説明すると、連絡役を買って出てくれました。


 襲われた馬車に乗っていた商人に事情を説明すると、めちゃくちゃ感謝されました。


「消える馬車の噂は、私どもも耳にしておりました。今日も護衛をしっかりと付けてきたつもりでしたが、これほどの人数で襲ってくるとは思ってもいませんでした」

「怪我が無くてなによりです。ここで捕らえたのは実行役のようで、他にも仲間がいると思われますが、マールブルグに居る連中はすぐに捕縛されるでしょう」

「そうですか、これでまた安心してイロスーン大森林を通れるようになります。本当にありがとうございます」


 商人にマールブルグのアジトも摘発されるだろうと伝えたのは、マールブルグ側のアジトを放棄してバッケンハイムに戻らせるためです。

 陽動役の連中がバッケンハイムへと戻り、黒幕に接触したところで一網打尽にするつもりです。


 結局、襲撃開始から一時間ほどで現場を離れ、盗賊共の引き渡しを行う次の野営地を目指して出発できました。

 野営地に到着する前に、ノルベルトさんからの書状が届き、そこには野営地の守備隊員への指示書も添えられていました。


「フレッド、ちょっと次の野営地に行って、守備隊の人に受け入れをお願いしてくる。こいつら暴れたら黙らせておいて」

「りょ……」


 ノルベルトさんからの書状を手に、次の野営地まで影移動で先行して、守備隊員に盗賊の受け入れを頼んできました。


「二十三人だと……冗談ではないんだな?」

「はい、馬車に積み込んで、こちらに向かっていますので、受け入れをお願いします」

「了解した。おいっ、留置場を空けるぞ!」


 マールブルグ家の紋章入りの書状、Sランクのギルドカードを提示して名乗れば、流石に冗談ではないと守備隊員も理解してくれたようです。

 襲撃用から護送用に変わった馬車へと戻ると、盗賊どもは騒ぎもせず大人しくしていました。


「フレッド、変わり無さそうだね」

『問題無い……暴れたら……』


 フレッドが顔を向けると、盗賊どもは少しでも後に下がろうと馬車の側板に張り付きました。

 そう言えば、フランシスコ・ザビエルのような髪形になっているのが二、三人見受けられますね。


 そりゃ、髪で済んでるうちに大人しくしておかないとね。


「わふぅ、ご主人様、後の馬車は引き返したよ」

「マールブルグには行かずにバッケンハイムに戻る気か。全員を追跡しておいて」

「わぅ、任せて」


 頭をグリグリと撫でてやると、ケルトはパタパタ尻尾を振って影に潜っていきました。

 それを見ていた盗賊の一人が話しかけてきました。


「あ、あんたが魔物使いなのか?」

「そうですよ、皆さんの悪企みは、事前に記録してますから、逃げられるなんて思わないでくださいね」

「違う! 俺は今回初めて加わったんだ、まだ誰も殺しちゃいねぇ!」

「そうですか、でも僕に言っても無駄ですよ。この街道は僕の眷属たちが、安全に通行できるように一生懸命整備したんです。それを盗賊に利用するような奴は、一人も許す気は無いです」

「ちくしょ……うっ……」


 二十歳ぐらいに見える盗賊は、後ろ手に縛られたまま僕に飛び掛かろうとして、影の中から飛び出してきたサヘルにククリナイフの切っ先を突き付けられて動きを止めました。


「くるるぅぅぅ……」


 喉を鳴らしながら縦に虹彩の割れた瞳で見つめられたら、飛び掛かる気力なんて消え失せちゃいますよね。

 僕が何かを言うまでもなく、若い盗賊は元の場所に腰を下ろし、自分の命運が尽きたと悟ったのか、ポロポロと涙を流し始めました。


 若い盗賊に感化されたのか、他の盗賊どもも涙を零し、鼻をすすりはじめました。

 そんな光景を目にしていたら、腹が立ってきました。


「ふざけるなよ……お前ら、散々他人の命を奪い、財産を奪い、好き勝手に暮らしてきたんだろう! マールブルグの守備隊には、なるべく惨たらしい方法で処刑してもらうように要望してやるよ」

「ちくしょう! 殺してや……ぐふっ」


 盗賊共が一斉に立ち上がりましたが、フレッドがいつの間にか用意した木の杖を鳩尾に突き入れ、あっと言う間に制圧しました。

 昼過ぎに次の野営地へ到着すると、盗賊どもは一斉に命乞いを始めましたが、既に守備隊には事情を説明していますし、先行した商人から噂が広まっていました。


「ふざけるな、この盗賊どもめ!」

「お前ら全員火炙りだ!」

「車裂きにしろ!」


 イロスーン大森林を抜ける街道を利用している人々の盗賊への憎悪は、僕らよりも過激に見えます。

 これは、僕から要望するまでも無さそうですね。


「二十三人、確かに受け取りました。私からノルベルト様に報告を上げておきます」

「よろしくお願いします」


 今回は、マスター・レーゼからの指名依頼なので、報奨金は本部ギルドから支払われます。

 ベアトリーチェなら、両方から受け取れば良いって言いそうだけど、余りガメツク稼ぐと反感を買いそうですからね。


「じゃあ、僕は残党狩りに向かいますので、あとはお願いしますね」

「ご協力ありがとうございました!」


 守備隊員達に敬礼を返しながら、フレッドたちと共に影に潜りました。


「さて、連中はどこまで逃げたかな?」

『すでに、バッケンハイム側の野営地を通り過ぎましたぞ』


 後方の陽動役を監視していたラインハルトによれば、かなりの速度で馬車を走らせているようで、今日のうちにイロスーン大森林を抜けてバッケンハイム側のアジトまで戻るつもりのようです。


「馬に無理させてるんじゃないの?」

『そうですな、かなり疲労しているように見えますぞ』

「ちょっと治癒魔術を掛けに行こうか」


 盗賊が使っている馬車は、元々は襲われた商人が所有していたものです。

 当然、馬も一緒に奪ったものです。


『奴ら、自分達が助かるのが優先で、馬が潰れたら奪えば良いぐらいに考えているようですな』

「盗賊どもには同情しないけど、馬は可哀想だから助けに行こう」

『ですが、ケント様、あまり元気になり過ぎると疑われますぞ』

「そうか、それは上手く加減しないと駄目だね」


 追跡しているコボルト隊を目印にして陽動役の馬車に追い付き、ちょっとずつ治癒魔術を掛け、胃の中に水を流し込んであげました。

 盗賊どもがアジトに到着して、お役御免になったら思いっきり治癒してあげましょう。

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