第828話 盗賊狩り(前編)

『ケント様、面倒な奴がいるみたい……』


 イロスーン大森林を抜ける街道で起こっている『消える馬車の噂』を調べていたフレッドが、中間報告に来ました。

 どうやら、すでに怪しい連中を発見したようです。


「面倒っていうと?」

『表に出て来ない……』


 フレッドの話によると、イロスーン大森林で暗躍している盗賊どもは、これまでにない組織だった動きをしているそうです。


『獲物を物色する者……実際に襲う者……目撃を阻止する者……そして黒幕……』


 役割分担が細分化していて、更にはアジトはバッケンハイム側とマールブルグ側の二ヶ所にあるようです。


「ラインハルト、これって大元を捕まえないと、また違う手口で犯罪を始めるんじゃない?」

『そうですな、その可能性は高いでしょうな』

「フレッド、黒幕の居場所は分かっているの?」

『バッケンハイムの裏町らしい……具体的な場所は、まだ……』

「場所が分かれば捕まえられる?」

『捕らえられるけど……罪に問えるかは微妙……』


 盗賊どものアジトに居るならば、仲間として捕まえてしまえば済みますが、別の場所に居るのでは関係性の証明が必要になります。


「そいつは、仲間が捕まった時の事を考えて、そういう行動をしてるんだよね?」

『それは、間違いない……』

「まずは、そいつの居場所を割り出すのが先決か」

『いや、奴ら明日には襲撃を実行するつもり……』


 どうやら、標的となる馬車を見つけたようで、山賊達は明日の襲撃を計画しているようです。


「うーん……みすみす馬車が襲われるのを見逃す訳にもいかないし、かと言って全滅させちゃったら黒幕へ繋がる糸が切れちゃう?」

『一部を逃がして泳がせる……?』

「どうかな、ラインハルト」

『現状では、それしか手は無いでしょうな』

「追跡は……問題無いよね?」

『勿論……』

「問題は、疑われずに泳がせられるか……」


 自慢じゃないけど、魔物使いが登場して逃げられるなんて思われていないはずです。

 下手に逃がしたら、自分達が泳がされていると気付くような気がします。


『たぶん大丈夫……離れた所で襲撃の成否を見極める係がいる。そいつを泳がせる……』「うん、それでいこう。ただ、念のために闇属性の魔石を仕込もう」

『ポーションモドキの捜査で使った方法ですな。お任せ下され』


 僕が盗賊を一人も逃さない覚悟を示すと、ラインハルトも上機嫌でコボルト隊に指示を出し始めました。

 闇属性の小さな魔石を腹腔内に仕込んでしまえば、僕の眷属たちから逃れる術はありません。


「それじゃあ、実行犯は討伐もしくは捕縛、検分役は泳がせてアジトまで案内してもらう。黒幕の正体と潜伏場所が特定できたら、マスター・レーゼと相談して僕が対処するよ」

『りょ……』


 打ち合わせを終えて、フレッドもコボルト隊も行動を開始しました。

 眷属のみんなに捜査を進めてもらっている僕と、手下に盗賊行為をやらせている黒幕、やってる事は真逆だけど少し似ている気がしてきました。


 勿論、似ているからといって共感なんてしませんし、野放しにしておくつもりもありません。

 必ず居場所を特定して、これまでの悪事の報いを受けさせるつもりです。


 盗賊たちは、イロスーン大森林の中間地点に作った野営地にいました。

 夜が明けたら、バッケンハイムからマールブルグに向かう、高級品の陶器を詰んだ馬車を襲撃するようです。


 盗賊たちが、ここで獲物を物色するのは、領地の一番端なので、守備隊員などが手薄になるかららしいです。

 中でも、この中間地点からマールブルグ側に入った辺りが一番監視が甘いからのようです。


「フレッド、盗賊は何人いるの?」

『実際に襲う人数は二十三人、その他の陽動役が八人、監視役が二人、合計三十三人』

「獲物の馬車には何人乗ってるの?」

『護衛が三人、御者が一人、依頼主が一人……合計五人』

「護衛がどの程度の腕前か分からないけど、数の差は歴然だね。それで、盗賊側は偽の乗り合い馬車なの?」

『出稼ぎの職人集団の振りをしてる……」


 マールブルグは鉱山の街として知られていますが、鉱石を採掘する坑夫が慢性的に不足しているそうです。

 そこで、バッケンハイムやヴォルザードなどから集めているそうなのですが、仕事の割には給料が安いブラックな環境なので、まともな人材はなかなか集まらないそうです。


「なるほど、元々まともな人材が少ないから、盗賊が変装するには持ってこいなんだね」

『殆ど変装不要……」


 この実行犯を乗せた馬車の他に、二台の馬車がターゲットの前後で目撃者が居なくなるように間隔をコントロールするようです。

 野営地を最初に出立したのは陽動担当の馬車で、ワザと遅めのペースで走り、前を行く馬車との距離を広げていきます。


 その陽動役の馬車の後方が獲物の馬車で、その後に実行犯と二台目の陽動役の馬車が続いています。

 最後尾の馬車は更にゆっくり目の速度で走り、獲物となる馬車と周囲との距離を広げていく役目を果たすようです。


 襲撃の成否を監視する役割の者は、先頭の馬車と最後尾の馬車に一人ずつ乗っているようです。

 捕らえずに泳がせるのは、先頭と最後尾の馬車に乗っている陽動役の連中です。


 商人を装っていますが、目付きの悪さが悪党だと物語っています。

 襲撃役の馬車が、後ろと十分な距離が取れたのを確認した後、速度を上げて獲物の馬車に追い越す合図を送りました。


 街道では、不意に追い越したり、止まったりすると事故の原因になるので、事前に合図をする決まりになっています。

 わざわざ追い越す合図をするのは、こちらには害意は無いと思わせるためでしょう。


 襲撃役の馬車を操る御者は、獲物の馬車の御者台に向かって、にこやかに手を振ってみせます。


「悪いな、少し急ぐから先に行かせてもらうぞ」

「あぁ、気を付けて……」


 獲物の馬車に並び掛け、少し前に出た瞬間、襲撃役の馬車を覆っている幌の側面がガバっと捲り上げられました。

 幌は馬車の内側から数人で一気に捲れるように作られていて、幌が捲れ上がった荷台には、十人以上の盗賊が弓矢を引き絞っています。


「放てぇ!」

「闇の盾!」


 盗賊共が一斉に矢を放った瞬間、襲われている馬車を守るように闇の盾を展開。

 更に矢を放った盗賊どもの背後にも、もう一枚の闇の盾を展開しました。


「うぎゃぁぁぁ!」


 自分達が放った矢を背中から食らい、盗賊共が悲鳴を上げました。


「ラインハルト、フレッド、やっちゃえ!」

「承知!」

「りょ……」

「バステン、前の馬車の様子を見ておいて」

「了解です」


 闇の盾を潜って、襲撃役の馬車に乗り込んだラインハルトとフレッドが、盗賊どもを制圧して馬車を停めるまで、五分と掛かりませんでした。

 無力化した盗賊どもは、コボルト隊がテキパキと縛り上げていきます。


 これで、実行役の下っ端どもは捕まえ終えました。

 あとは陽動役を務めていた幹部クラスと黒幕ですね。


 さて、上手く黒幕のところまで案内してくれますかねぇ。

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