第827話 ズル賢い男
フェアリンゲンで生まれ育ったカーロスは、自分は頭が良いと思い込んでいるが、正確にはズル賢い男だ。
人生のモットーは楽して儲ける、他人の物も自分の物、騙される奴が悪い。
子供の頃から評判が悪く、鼻つまみ者だったが、本人は全く気にしない。
他人の評価なんかで腹は膨れないし、懐も潤わない。
そんなものを気にして、やりたい事を我慢しているなんて馬鹿のやる事だと公言してはばからなかった。
いわゆる、ランズヘルト共和国版『無敵の人』のような存在だ。
成人すると同時に一度はギルドに登録したが、依頼人や同年代の冒険者の弱みを握っては強請りや集りを繰り返し、二年と持たずに登録を取り消されている。
ギルドの登録を取り消されたところで、カーロスには痛くも痒くも無い。
依頼人や冒険者を強請るのは、ギルドの登録など無くても出来るからだ。
カーロスの手口は年を経る毎に巧妙化していったが、恐喝の被害者が捨て身の訴えを起こしたために、本格的にお尋ね者として追われることとなった。
お尋ね者として故郷フェアリンゲンを追われることとなったカーロスだが、全く後悔も反省もしていなかった。
ヴォルザードのような城塞都市ならいざ知らず、普通の街に入り込むなど造作も無い。
金が欲しけりゃ盗めば良い、物が欲しけりゃ奪えば良い、女が欲しけりゃ襲えば良い……倫理観の欠片も無いカーロスにとって、この世は遊び場のようなものだった。
そして類は友を呼び、クズはクズを惹き付ける。
いつしかカーロスは、バッケンハイムの裏町でクズどものボスのような存在に祀り上げられた。
手下も増えて、リバレー峠での山賊行為にも手を染めたが、リスクが大きいと感じて手を引いた。
カーロスは風の魔術も使えるし、身体強化の魔術も人並以上に使いこなしていた。
それでも、金持ちの馬車には腕利きの冒険者が護衛に付いていて、返り討ちに遭ってゴッソリ手下を失ったこともあった。
こちらが無傷で襲えるのは、積み荷の価値が大したことない小商人ぐらいで、山賊稼業は割の良い仕事には思えなかった。
カーロスは、決して自分からヤバい橋を渡ろうとしない。
金儲けのために自分の命を危険に晒すなんて、馬鹿げていると常々思っている。
楽して儲けるがモットーのカーロスは、組織を手下に譲り渡して山賊稼業から足を洗った。
カーロスが抜けた翌月、組織は魔物使いに潰されたと風の噂で聞いた。
自分以外の他人がどうなろうと興味を持たなかったカーロスだが、元自分の手下どもを生かしたまま捕らえて処刑台に送った魔物使いに興味を持った。
史上最年少のSランク冒険者、たった一人でリーゼンブルグに喧嘩を売って勝った男、ヴォルザードを魔物の大量発生から守り抜いた英雄……魔物使いケント・コクブに関わる噂話はキリが無い。
「けっ、なにが魔物使いだ……」
基本、他人に興味を持たないカーロスだが、自分よりも良い思いをしている人間を見ると貶めたくなる。
とは言え、他人を妬んでも、すぐに手を出せる相手と、そうではない相手がいる。
カーロスにとってケント・コクブは、言うまでもなく後者だ。
妬んだところで手の出しようが無い。
手の出しようが無い故に、妬ましいという思いはカーロスの胸の底に沈んでいった。
カーロスは、執念深い男だった。
自分を馬鹿にした奴、陰口を叩いた奴、足を引っ張った奴、助けなかった奴……気に食わない、妬ましいと思った相手は、決して忘れずに報復した。
罪を罪とも思わず、他人の目を気にせず、執念深く必ず報復する……これが、カーロスが恐れられる理由だ。
リバレー峠のアジトからバッケンハイムの裏町に戻ったカーロスは、またクズどもを集めて小金稼ぎを始めた。
世間知らずの子供が各地から集まって来るバッケンハイムのような都市は、カーロスのような男が暮らすには打って付けだ。
美人局や当り屋、世間体や学校での評価を異常なまでに気にする子供は、カーロスにとっては格好の獲物だ。
嵌められた、騙されたと気付いても、子供だけでなく親までが世間体を気にするので、カーロス達の悪事は表に出ない。
手下を使い、金持ちの子供の醜聞を作り出し、金を脅し取るように指示するだけで、カーロスは何不自由なく暮らせる金を手にしていた。
その一方で、手下どもが手にする金額は多くなかった。
何人もの手下が集めた金をまとめるから大きな金額になるのであって、手下が一人で集めてくる金額は、被害者が表沙汰にしないために払えるレベルの金額だ。
一度に大金を要求すれば、醜聞覚悟で開き直ってしまう可能性が高まる。
継続して金を絞り取るために、カーロスが金額に制限を掛けているのだ。
そうした状況下で、カーロスの手下の中には、一攫千金を狙える山賊稼業をやるべきだと主張する者が増えてきた。
中にはカーロスに直談判に来る者もいて、その会話の中で魔物使いの名前が語られた。
イロスーン大森林を貫く街道は、魔物使いのおかげで早期の開通に漕ぎ付けられた、その構造故に盗賊行為がやりにくい……など、カーロスの胸の奥に沈んでいた妬みを引きずり出すには十分だった。
「けっ、なにが魔物使いだ……やり方なんざ、いくらでもあるつーの」
手下が魔物使いを持ち上げ、山賊稼業をやるならブライヒベルグ方面だと主張すると、カーロスは意固地になってイロスーン大森林での活動にこだわった。
そしてカーロスが考え付いたのが、圧倒的な人数での速攻と犠牲者の処理方法だ。
素早く襲い、死体は壁の向こうに放り投げてしまえば良い。
通行人の安全を守るための構造が、犯行に利用できると思いついた時には、カーロスは自分の頭の良さを自画自賛した。
「アジトはバッケンハイム、マールブルグの両方に置く。片方が守備隊の手入れを食らっても大丈夫なように、人員を分配する」
「さすが、カーロスさん!」
手下どもはカーロスが自分たちの安全を考えてくれたと思ったが、カーロスはどちらのアジトにも入らず、バッケンハイムの裏町から指示を出すつもりだった。
アジトを二つに分けたのは、半分捕まっても半分残れば山賊を続けられるし、クズの補充など簡単だと分かっているからだ。
カーロスにとって手下は道具でしかない。
イロスーン大森林での作戦は、面白いほど上手くいった。
その背景には、イロスーン大森林を抜ける街道は絶対に安全という思い込みがあった。
魔物も山賊も現れるはずがないという思い込みが、護衛の気の緩み、護衛のランクダウンなどに繋がっていったようだ。
積み荷だけでなく、馬車や馬まで売り捌くことで、カーロス達は大きな儲けを手に入れた。
予想外の儲けに手下達は自信を深め、自分達の能力を過信するようになっていった。
カーロスは、遅かれ早かれ手下どもが自滅するだろうと思っているが、自分には影響が及ばないという確信があったので、特に助言もしない。
そしてカーロスは、魔物使いの妬ましい実績は知っていても、その功績の影で眷属たちがどんな役割を果たしていたのかまでは知らなかった。
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