第832話 依頼完了

『消える馬車』の盗賊たちと黒幕を南の大陸へとご招待した後、マールブルグ側のアジトに辿り着いた残党どもを制圧しました。

 翌朝、マールブルグの守備隊に引き渡して、盗賊一味の討伐は完了です。


 あとは、マスター・レーゼに報告すれば、指名依頼は完了となります。

 ギルドにあるマスター・レーゼの私室を覗くと、バッケンハイムの領主アンデルさんの姿がありました。


 影の空間から話を聞かせてもらうと、どうやら『消える馬車』の盗賊に関する話をしていたようです。

 アンデルさんとしては、バッケンハイム所属の冒険者に依頼を出したかったようですが、既にマスター・レーゼが僕に依頼を出した後だったようです。


「ケント・コクブに依頼を出せば確実だが、それではバッケンハイムの自浄能力が育たない」

「痕跡すら残さずに犯行を重ねてきた連中じゃ、並みの冒険者などでは捕まえられんじゃろ」

「ならば、マールブルグと連携して取り締まりを強化すれば……」

「犯行を取り止めて、別の手口を考えるじゃろうな……」

「だが、これ以上の被害は防げた」

「捕らえられねば、これまで被害に遭った者どもの無念は晴らせぬぞぇ」


 マスター・レーゼとすれば、一番早くて確実な手段を選択したのでしょうし、実際根こそぎ捕らえて組織も壊滅させました。

 ただ、アンデルさんとすれば、バッケンハイムの手で解決したかったんでしょうね。


 今、出て行くと、アンデルさんに文句を言われそうですけど、後から話が伝わって文句を言われるのも面倒そうですね。

 片付けられる案件は、さっさと済ませてしまいましょう。


「ケントです、お邪魔してもよろしいでしょうか?」

「入りや……」


 影の空間から声を掛けると、マスター・レーゼはアンデルさんの意向も確かめずに入室を許可しました。


「こんにちは、アンデルさん。ご無沙汰しております」

「ふん、盗み聞きしていたのか?」

「はい、盗賊どもを壊滅させた報告に来たら、アンデルさんがいらしたもので……」

「なにぃ、もう捕らえたのか!」

「あれっ、マールブルグから連絡は来てませんか? 実行役は昨日の昼過ぎには引渡したんですけどね」

「ちっ、タヌキ爺ぃめ……」


 バッケンハイムにも、マールブルグにも新コボルト隊を貸し出しているので、連絡なら瞬時に届くはずですが、上手く活用されてないんですかね。


「ケントよ、終わったなら報告せんか」

「おっと、そうでした。実行役は二十三人、陽動役が八人、監視役が二人、馬車三台を使って襲撃を仕掛けてきました」


 馬車三台に分乗して、獲物を孤立させる手口や、実際の襲撃の様子を報告しました。


「二十人を超える男が乗った馬車が怪しまれなかったのはなぜだ?」


 マスター・レーゼよりも先に、アンデルさんが質問をぶつけてきました。


「マールブルグの鉱山で坑夫として働く人材だと説明していたようです」

「なるほど、坑夫ならば人相の良くない者がいても怪しまれないのか……」


 マールブルグの鉱山は、いわゆるブラックな労働環境なので、そこへ身を落とさなければならない人間には素行の良くない者が少なくないそうです。


「実行役を捕らえて引渡したのは分かったが、残りの連中はどうした?」

「マールブルグの側のアジトは制圧して、全員守備隊に引き渡しました」

「マールブルグ側というなら、バッケンハイム側にもアジトがあったのか?」

「はい、盗賊のアジトの他に、黒幕の男がバッケンハイムの街の外にある農家に潜んでました」

「そいつらは、どうしたんだ? 逃がしたのか?」

「僕の眷属から逃げられる奴なんていませんよ」

「では、バッケンハイムの守備隊に引き渡したのか?」

「いいえ、南の大陸に送りました」

「はぁ? 南の大陸だと?」


 予想外の措置に、アンデルさんは声が裏返るほど驚いていましたが、マスター・レーゼはニヤリと口許を緩めてみせました。


「ケントよ、黒幕は何という名の男じゃ?」

「カーロスとか呼ばれてました」

「カーロスだと!」

「やはりか……」


 どうやらカーロスは名前の知られた悪党だったようです。

 アンデルさんが、前のめりで尋ねてきました。


「ケント・コクブ、カーロスはどうなった!」

「ですから、南の大陸に送りましたよ」

「死んだのか?」

「ええ、オーガの群れに食われました」

「討伐を証明できなければ、報奨金は払わんぞ」

「構いませんよ、南の大陸に送った連中の分は要りません」

「アジトはどこだ?」

「えーっと、バッケンハイムの南側の……この辺りですね」


 盗品と思われる物は、僕の眷属に見張らせていると伝えると、アンデルさんは自分の目で確かめると言って、マスター・レーゼの部屋から出ていきました。

 それを見送ってから、おもむろにマスター・レーゼが尋ねてきました。


「ケントよ、アジトの品物には手を付けておらぬのか?」

「盗品らしき物には手を付けてませんよ」

「盗品以外はどうじゃ?」

「なんだか、他人の醜聞を調べあげたか、でっち上げたかした帳面があったので、処分しておきました」

「なんじゃ、バッケンハイムを裏から牛耳れたかもしれんぞ」

「僕の柄じゃないですよ」


 実は、カーロスが脅迫するためのネタ帳には、クラウスさんの次男バルディーニの名前がありました。

 どうやら美人局に引っ掛かり、数回金を脅し取られていたようです。


 まったく、何をやってんだか……。


「カーロスは、知る人ぞ知る悪党でな、けっして尻尾を掴ませない狡猾な男じゃった」

「でも、知ってるひとがいるのに捕まえられなかったんですか?」

「カーロスを捕らえたら、カーロスが握っている醜聞が表沙汰になると思われておったからのぉ、下手に手出しは出来なんだ」

「あれっ? じゃあ、もしかして醜聞が広まっちゃうんですかね?」

「カーロスの手下は全員処分したんじゃろう?」

「とりあえず、僕らが把握している連中は全員捕縛して引渡すか、南の大陸に送りました」

「アジトにあったネタ帳も処分したならば、問題無いじゃろう」


 アジトで奴隷同然の扱いを受けていた女性にはお帰り願いましたが、彼女らは仲間というよりも被害者でしょう。


「でも、南の大陸送りにしちゃって良かったんでしょうか?」

「構わん、散々他人を食い物にしてきた悪党の末路には丁度良かろう。ケントも、そう思って南の大陸に送ったのではないのかぇ?」

「まぁ、そうですね。普通に捕まえると、色々面倒そうでしたので……」

「他人の命を己の手に握ったのだから、責任を感じるのじゃろうが、山賊、盗賊は死罪と決まっておる。そやつらを裏から操っていた者が、無事でいられる訳などなかろう」


 僕の独断で行った南の大陸送りについて、小言の一つも言われるかと思っていましたが、アンデルさんからも、マスター・レーゼからもお咎め無しでした。


「まぁ、そうですよね。正直、カーロスとその手下には同情なんてしてません。ただ、悪人ならば殺しても良い、それが当り前……みたいになってしまうのは、ちょっと怖いと思ったので」

「そのように思い悩むうちは心配ないじゃろう。それに、良き導き手が近くにおるのじゃろう?」

「はい、僕が暴走しそうになれば、有能な眷属が止めてくれますし、迷ったらクラウスさんやドノバンさんに相談します」

「なんじゃ、我には相談無しかぇ?」

「止めるどころか、焚き付けられそうですから……」

「ふん、言うようになったのぉ」


 討伐の様子をマスター・レーゼに詳しく報告した後、受付のリタさんに依頼完了を報告して、盗賊狩りの指名依頼は完了しました。

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