第821話 納品業務

「わふぅ、ご主人様、注文がきたよ」


 八木の自転車の件を片付けて家に戻ると、ケルトが顔を出しました。

 注文とは、ヴォルザードの外にある実戦訓練場で使う魔物の注文です。


 ゴブリン程度ならば、腕の立つ冒険者なら生け捕りに出来るでしょうが、オークやオーガとなると無傷で生け捕りにするのは不可能に近いです。

 実戦訓練に使う魔物ですから、最初から弱っていたのでは訓練になりません。


 クラウスさんやドノバンさんからの要望で、なるべく活きの良い個体を選んで納めています。

 普通の冒険者には難しい作業ですが、僕は送還術を使えるので、移動自体は簡単なんですよね。


「どれどれ、ゴブリンが五頭にオークが三頭、オーガも二頭か」


 注文書には、魔物を入れる檻の番号が指定されています。

 檻には闇属性のゴーレムが埋め込んであるので、それを目印にして魔物を送り込みます。


「一応、檻の状態を確認してから行こうか」

「わふぅ、檻の準備は終わってるって言ってたよ」

「それでも、念のために確認しておくよ」


 檻の管理は、守備隊とギルドが合同でやっています。

 魔物を訓練場に送り出した後は、檻の中を清掃して次の魔物を受け入れる準備をしますが、そのタイミングで魔物を送り込んだら危険です。


 清掃道具しか持っていない状態で、オークやオーガと対峙するなんてヤバすぎますからね。

 訓練場の檻を確認しに行くと、確かに清掃も終わって、キチンと施錠もされていました。


 一応、管理を担当している人に声を掛けてから、かつてヒュドラを討伐した跡地へと向かいます。


「おぉ、ここは相変わらず賑やかだねぇ」


 ヒュドラに向かって上空から槍ゴーレムを撃ち込んだ場所は、大きく地面が抉れ、そこに雨水が溜まって池になっています。

 更に、粉々になったヒュドラの肉体や魔石が周囲に飛び散り、魔物たちにとっては栄養豊富な土地になっています。


 元々地中にいたミミズのような魔物がヒュドラの栄養で大きくなり、それを捕食しているゴブリンなども他の場所に比べると体格が良くなっています。

 更に、そのゴブリンを捕食するオークやオーガも大型化していますし、個体数も他の地域よりも遥かに多くなっています。


『ケント様、あそこにいるゴブリンはどうです?』

「おぉ、なかなか良い体格してるけど……あれは怪我してるから駄目だね」


 ヒュドラの討伐跡地は、魔物にとっては栄養豊富な土地ですが、その一方で多くの魔物が集まってくるために生存競争も激化しています。

 ゴブリンも、オークやオーガから身を守るための戦いを強いられるので、傷を負っている個体も少なくありません。


 今は元気でも、納品した後に怪我が原因で弱ってしまったりすると訓練に使えなくなってしまいます。

 なので、体格が良いだけでなく、健康そうで、怪我を負っていない個体を探します。


「よし、一頭目はあいつにしよう。えーっと、檻は三番……送還!」


 池の畔で周囲に視線を走らせて警戒していたゴブリンですが、僕の送還術の前では全くの無力です。

 日の光が降り注いでいた池の畔から、一瞬にして薄暗い檻の中へと送還され、ゴブリンは目を見開いて暫しの間固まっていました。


「毎度のことだけど、まぁそうなるわな」


 魔物が納品された後、檻の管理を担当している人達は、覗き窓から内部の様子を確認するだけで、ゴブリンから姿を見られないように注意しているそうです。

 ただでさえ、いきなり知らない場所に放り出されるのですから、固まるのも当然でしょう。


 納品した魔物は、檻の外から刺激しないように気をつけながら、訓練に使えるか最終チェックが行われます。

 まぁ、僕が厳選している魔物ですから、これまで納品後に問題が発生したことはありません。


「よし、大丈夫そうだね。次を探しに行こう」


 こうして、ヴォルザードとヒュドラの討伐地を行ったり来たりしながら檻を埋めて行きます。


「順調、順調、ゴブリンはこれで完了だね。あとはオークとオーガか」


 魔物を見繕って送還する作業は、魔の森の訓練場で近藤達を鍛えていた時に何度もやっているので慣れたものです。

 送還術を使い始めた頃には送還範囲から逃げられて、ゴブリンを縦割りにしちゃったこともありましたが、今はそんな失敗はしませんよ。


 活きの良いオークとオーガを送還すれば、納品は完了です。


「わぅ、ご主人様、全部揃ったよ」

「うん、ケルトも手伝ってくれて、ありがとうね」


 ケルトをモフってから、守備隊の担当者に納品の確認と依頼完了のサインを頼みました。

 サインを貰って帰ろうかと思ったら、意外な人物が職員の控室に入って来ました。


「あれっ、ペデルさん、ここで働いてるんですか?」

「まぁな、若手の指導を頼まれた時だけな」


 かつて、ギリクと組んでいたペデルは、当時よりも若返ったように感じます。

 服装とか、身なりが綺麗になっているからでしょう。


「ギルドからの依頼で指導してるんですか?」

「あぁ、誰かさんに憧れて、自分も簡単に魔物を倒せるんじゃないかと勘違いした若造がコロコロ死にやがるからな」


 ペデルの口から出た言葉は、訓練場を作る時にドノバンさんに言われた言葉です。


「別に僕のせいじゃないですよ」

「そんなことは分かってる。勘違いする馬鹿どもが悪いんだが、放っておく訳にもいかないだろう。最近は、ジョーやシューイチも噂されてるからな」


 ペデルの話によれば、近藤や鷹山がギリクを助けてロックオーガを討伐した様子が、若い冒険者の間で噂になっているそうです。


「ロックオーガは、ベテランの冒険者でも単独で倒すのは難しい魔物だ。それをジョーやシューイチが簡単に倒した話が流れれば、また勘違いする連中が増えるだろう」

「てことは、ギリクさんの話も広まってるってことですよね」

「その通りだ。あの馬鹿、何を考えて一人でロックオーガに突っ込んでいったんだか……討伐は生きて帰るのが大前提だと、口を酸っぱくして教えてやったのに、人の話を聞きやしねぇからな」


 近藤からは、ペデルは石橋を叩いて渡るタイプの冒険者だと聞いています。

 性格云々は抜きにして、討伐を仕掛けるか止めるかの判断や素材の剥ぎ取りなど、冒険者として見習う所は多かったそうです。


「でも、誰がそんな噂を……あっ、達也や和樹か」

「いいや、オスカーだ。相棒が死んで凹んでたから、ジョーに弟子入りでもしてみろって言ったら、すっかり心酔してやがる」


 近藤達と行動を共にしているオスカーは、若手の中でも生真面目な性格で知られているそうです。

 そのオスカーが出元となれば、話の信憑性が高くなり、噂として広がっていったようです。


「まぁ、ジョーも工夫してますからね」

「馬鹿野郎、工夫した程度でロックオーガが倒せるなら苦労しねぇよ」

「えっ、そうなんですか?」

「いや、お前に言っても無駄だな……魔物の納品が終わったなら、さっさと帰れよ」

「はいはい、お邪魔しました」


 なんでか知らないけど、前々から僕には当たりが強いんですよねぇ。

 でも、そうか、近藤達も若手から憧れられるような存在になっているんですね。


 考えてみれば、確かに討伐の腕は立ちますし、オーランド商店の専属護衛みたいな形で稼いでもいます。

 同年代の冒険者の中では、頭一つ抜けた存在なんでしょうね。


「あれっ? 同年代では抜けた存在?」


 それなのにモテない新旧コンビって……いや、深く考えるのは止めておこう。

 いっそ訓練場でオークかオーガを手早く討伐する所を見物人に見せれば……いや、魔の森の訓練場でも、ミリエに格好良いところを見せようとしてグダグダになったからなぁ。


 それよりも多くの見物人の前でやらせたら、失敗する未来しか見えないよ。

 まぁ、お金稼いで、娼館でスッキリしてくれば良いんじゃないかな。

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