第811話 三騎士出撃

 共食いを始めたギガース達は、食っては眠るを続けて、なかなか移動を始めませんでした。


「ラインハルト、この様子だと、仲間の体を食い尽くすまでは移動しないみたいだね」

『その様ですな。ギガースの巨体を維持するには相応の量の食料が必要でしょうし、確実に食事を確保できる場所からは動くつもりは無いのでしょうな』


 ギガースが共食いをしているのですから、当然周囲には血の臭いが漂っています。

 その臭いに惹かれてゴブリンなども姿を見せていますが、ギガースが目覚めている間は近付くこともせず、遠巻きに見守っているだけです。


 そしてギガースが眠りにつくと、恐る恐る近付いて来て、おこぼれを奪っていきます。

 最初はゴブリンだけでしたが、やがてコボルトやオーク、オーガなど様々な魔物が集まり始めました。


 ギガースは一度眠りについてしまうと、目覚めるまでは体を丸めて属性魔力で覆い、岩のように動かなくなります。

 眠っているギガースを目覚めさせようとする者は居ませんが、仮にいたとしても相当な攻撃力がなければ傷一つ付けることは出来ないでしょう。


 おこぼれを狙う魔物達は、最初こそおっかなびっくりという様子でしたが、ギガースが眠り込んでしまうと暫くは目覚めないと知ると、徐々に大胆な行動をするようになりました。

 具体的には、冒険者から奪ったと思われる剣などを使い、大きな肉の塊を切り出して、自分の縄張りへと持ち帰るようになりました。


 更には、ギガースが目覚めている時でも、おこぼれを奪おうとし始めました。

 隙をつけば大丈夫だろう……なんて思っていたのでしょうが、ギガースが発動した土属性の魔術により、地面から突き出した土の槍で貫かれ餌にされてしまいました。


「南の大陸では、これと似たような状況が起こっているのかな?」

『そうなのでしょうな。ギガースのような大きな魔物が死ねば、その体は多くの魔物にとっては絶好の餌となるのでしょう』

「じゃあ、あの高い鳴き声は仲間に助けを求めるのではなく、自分の死体の場所を知らせるためのものだったのかな?」

『さて、助けを求める声なのか、自分を食えと知らせる声なのか、どちらが正解という訳ではなく本能的なものなのでしょう。死にそうになると自然と高い声で鳴き、仲間が間に合えば助かるかもしれないし、そうでなければ餌になるということなのでしょう』

「なるほど……」


 人間の僕から見れば、死んだ仲間を食べるという行為自体が理解しがたいものですが、巨体を維持しなければならないギガースにとっては当り前の行為なのでしょう。

 そう考えると、仲間の死体の周囲をグルグルと回る奇妙なダンスも、食べる権利を主張する踊りだったのかもしれません。


 結局、共食いを始めたギガース達は、十日以上もその場に留まって、仲間の体を骨になるまでしゃぶり尽くしていました。

 その間、僕は監視をコボルト隊に任せてヴォルザードへと戻り、時々様子を見に来る生活を続けていました。


 そして、骨までしゃぶり尽くしたギガースが、いよいよ眠りから覚めそうだと聞いて現場に戻って来ました。


「さて、冒険者達の準備は万全なのかな?」

『落とし穴を作ったり、バリスタの配置を行ったり、昼夜を問わず準備を進めておりましたぞ』

「ギガースが三頭も集まって来た時には絶望的な雰囲気だったけど、戦意は高そうだね」

『おそらく、一頭目の討伐を経験しているからでしょう』

「伝説級の魔物の討伐に成功した体験は、やっぱり自信になるんだね」

『ケント様、そろそろ目覚めますぞ』


 一頭がモゾモゾと動き始めると、その気配を感じ取ったのか他の二頭のギガースも身じろぎを始めました。


「さて、どう動くかな?」

『最悪のパターンは、三頭揃って街を目指すことですが……』


 目覚めた三頭のギガースは、顔を突き合わせて何やら相談を終えると、ゆっくりと歩き始めました。

 一頭は街へと向かう東の街道を進み始め、もう一頭は北東方向の森へ、最後の一頭は南西方向の森へと分け入って行きます。


「バラバラに行動するのか」

『これがギガースの習性なんでしょうな。同じ方向へと向かい、一つの街を攻め滅ぼしたとしても、三頭が一緒に食事を始めれば短期間で食い尽くしてしまうからでしょうな』

「種の保存を優先するために、別行動をするってことなのかな?」

『そこまで考えての行動なのかは分かりませぬが、本能的にこのような行動を選んでおるのでしょう』


 ギガース達の意外な行動は、野生動物のドキュメンタリー番組をみているようで、とても興味深いです。


『ケント様、今回のギガースの行動は、情報としてクラウス殿やコンスタン殿と共有されておいた方がよろしいですぞ』

「そうだね、書面にしてコボルト達に届けてもらうよ」

『それで、討伐はいかがされますかな?』


 訊ねてくるラインハルトは、ゴーサインを待ちかねているようです。


「街道を進んで街に向かった奴は、キリアの冒険者達に任せよう。その代り、北東方向に向かった奴を討伐しようか」

『了解ですぞ。ケント様、つきましては一つお願いがございます』

「お願い? なにかな?」

『隷属の魔導具を使わずに討伐させてもらえませんか?』

「でも、属性魔術を防がないと討伐は困難なんでしょう?」

『それを承知でお願いし致します』


 ラインハルトがキリアの冒険者達の奮闘に刺激を受けているのは間違いないでしょう。


「うーん……いいけど、討伐に参加する全員が無傷でギガースを倒すこと。誰か一人でも負傷した場合には、即座に隷属の魔道具を使うこと」

『了解ですぞ。必ずやギガースを完封してみせましょうぞ』


 どうやら、うちからはラインハルト、バステン、フレッドの三人で挑むようです。


『バステン、フレッド、キリアの冒険者に遅れを取るわけにはいかんぞ』

『当然です、ケント様が驚くような速さで終わらせましょう』

『油断は禁物……まずは足止めから……』

『よし、いくぞ!』


 仲間二頭と別れて北東方面に向かったギガースは、森の木々を雑草のように踏み分けて進んで行きます。

 踏み出せば、その一足が道となり、その一足が道となる感じです。


「どこに行こうとしてるのかね? 迷わず行けよ、行けばわかるさ……てか?」


 道を作りながら森を抜けたギガースが草原へと踏み入ると、その行く手を阻むように闇の盾から三体のスケルトンが現れました。

 大剣を担いだラインハルト、槍を携えたバステン、双剣を手にしたフレッドが姿を見せると、ギガースはピタリと歩みを止めました。


 本能的にラインハルト達が危険だと悟ったのでしょう、それまでは背筋を伸ばして遠くを眺めるように歩いていたギガースが前屈みになっていきます。

 突然、ラインハルト達が立っていた地面が針山のように姿を変えましたが、串刺しになったと思った三人の姿は残像で、揺らめくように消えました。


『ずおぉぉぉぉ!』

『しゃーっ!』


 ラインハルトの大剣がギガースの右の踵を斬り割り、バステンの槍がギガースの左の踵を貫いたようです。

 てか、速すぎて目で追いきれません。


「ボォォォォォ……」


 痛みに耐えかねて膝をついたギガースの右の首筋から鮮血が飛び散りました。

 どうやら、腕を足場にして駆け抜けたフレッドが斬撃を加えたようですが、致命傷となるような深手を与えられていないようです。


 残像を残して姿を消したバステンが、ギガースの正面に現れて、連続した突きを繰り出しました。

 顔面を狙った突きに耐えられずギガースが右手で顔を庇った直後、今度は左の首筋から鮮血が迸りました。


『ちぃ、思ったよりも硬いぞ、同じ場所を狙って抉るぞ!』

『承知!』

『りょ……』


 三人は、代わる代わるギガースの正面に姿を現し、牽制のための派手な攻撃を仕掛けては、その隙を突いて残った二人が首筋の傷を抉り続けました。

 速度では圧倒できる三人ですが、ギガースの属性魔力による守りは思った以上に硬いらしく、なかなか致命傷を与えられないようです。


 仲間を共食いして、体力を蓄えた状態だから余計に手強いようです。

 それでも一方的に攻撃を続けていたのですが、ギガースは体育座りで足の間に頭を入れる、休眠時の守りの姿勢を取りました。


 すると、今まで攻撃していた首は肩に埋まってしまいました。

 ラインハルト達は、何とかギガースの守りを崩そうと、体のあちこちに攻撃を仕掛けますが、属性魔力による守りは更に硬度が上がっているようです。


『分団長、どうやら仕留め損なったみたいですね』

『思っていたよりも倍以上硬い……』

『ぐぬぅ、ワシらの攻撃も通さぬとは』


 どうやら、ラインハルト達でもギガースの守りの姿勢は崩せないようです。

 ではでは、援護といきましょうかね。


「隷属の魔道具を使うよ。嵌ったら、ギガースが助けを呼ぶ前に倒してね。ではでは、送還!」


 今回作った魔道具は、最初から輪の形になっているのと同時に、闇属性ゴーレムとしての機能を組み込んであります。

 つまり、どこにあるのか位置を把握出来て、自由に転送が可能なのです。


 送還術によって転送された腕輪は、ギガースの左腕に嵌りました。


『しゃ、しゃ、しゃ、しゃ、しゃーっ!』


 それまでは跳ね返されていたバステンの連続突きによって、ギガースの右脇腹に大きな穴が開き、ドブっと鮮血が溢れ出しました。


「ボオォォォォォ……」


 悲鳴を上げたギガースは、守りの姿勢を解いて脇腹の傷を手で庇いました。

 その直後、伸ばしたギガースの首の右半周を回るように赤い線が走り、鮮血が噴き出してきます。


 おそらく、フレッドの双剣による斬撃でしょう。

 僕の目では全く捉えられませんでしたし、ギガースも血が溢れ、痛みが走るまで斬られたことに気付いていなかったでしょう。


 脇腹から溢れ、首筋から噴き出す血の量を見ても、致命傷なのは明らかです。

 ただ、またギガースに高い声で鳴かれると、さっき別れた二頭以外のギガースを引き寄せてしまうかもしれません。


『ずおりゃぁぁぁぁぁ!』


 大きく息を吸い込んだギガースが、空に向かって口を開こうとした瞬間、左の首筋がラインハルトの一撃で爆散しました。

 支えを失ったギガースの頭が転げ落ちたのを確認し、隷属の魔道具を影の空間へ召喚術を使って回収しました。

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