第810話 ギガースの生態
「何だよ、あの声は!」
「ギガースは死んだんじゃねぇのかよ!」
意気揚々と凱旋してきた冒険者達はギガースの叫び声を聞いて、先程まで激闘を繰り広げていた暗闇へと振り返って視線を向けました。
最初に仲間の死体に辿り着いたギガースの叫び声に呼応して、別の方向からも叫び声が響いてきます。
三頭のギガースが合流するのは時間の問題でしょう。
「ラインハルト、ギガースって群れで暮らす魔物なの?」
『さて、そもそもギガースの実物を見たのはバルシャニアの港町が初めてなので、生態については分かりかねますな』
危険な魔物としてギガースの存在は伝わっているそうですが、どのような暮らしをして、どのように繁殖するかなど、詳しい生態は分かっていないそうです。
まぁ、生態調査ができるほど、ちょくちょく現れたらたまったものじゃないですけどね。
「でも、ここまでの状況を見ると、命の危険を感じると仲間に助けを求めるのは間違いなさそうだよね?」
『そうですな、三頭のギガースが集まってきたのを見れば、そう考えるのが妥当でしょうな』
別々の方向から聞こえてくるギガースの叫び声を耳にして、冒険者達は複数の個体が集まってきている状況を理解したようです。
「あんなに苦労して、ようやく一頭倒したのに……」
「どうすんだよ、どんどん声が近付いてきてるぞ」
「もう無理だろ、逃げるしかねぇよ」
「例の魔道具はどうした?」
「倒したギガースに巻き付いたままじゃねぇの?」
どうやらキリアの冒険者達は討伐に成功した喜びに舞い上がって、隷属のボーラを回収せずに戻ってきてしまったようです。
「取りに戻るぞ!」
「無茶言うな、今から戻るなんて死にに行くようなものだぞ」
「じゃあ、どうすんだよ。あの魔導具無しに討伐なんか出来やしないぞ」
一部の冒険者が隷属のボーラを取りに戻りましたが、死体の近くまで辿り付いた時には二頭のギガースが暴れていて、回収できませんでした。
仲間の死体を見つけたギガースは、両手を振り回しながら地面を踏みつけるように足踏みを続けています。
その姿は奇妙なダンスをしているかのようで、一種のトランス状態に陥っているようにも見えます。
やがて三頭目のギガースも合流して、仲間の死体の周りをグルグルと回りながら腕を振り回し、叫び声をあげ続けていました。
「これ、この後はどうなるんだろう?」
『さて、ギガースにどれほどの知能があるかによっても変わってくるかもしれませんな」
「これは、ギガースにとっての弔いの儀式なのかな?」
『そうなのでしょうな。人間ならば、仲間が殺されれば怒り、悲しみ、嘆き、復讐を誓うものです』
「ギガースは、仲間が人間に殺されたと認識しているんだろうか?」
『あれだけバリスタの矢が刺さり、血まみれの破城槌が転がっていれば、誰によって殺されたかは一目瞭然でしょう』
確かにラインハルトの言う通り、遺体の状況を見れば人間に殺されたのは明らかです。
この奇妙な弔いの踊りが終わったら、ギガースは人間の街に攻め込むのでしょう。
『さて、それは分かりませぬぞ』
「どうして? 人間に殺されたなら、人間に復讐を誓うのは当然じゃないの?」
『それは人間対人間であれば、当然復讐という形になるでしょうが、ギガースが人間と同じ考え方をするとは限りませぬぞ』
「ギガースは、人間に恨みを持たないかもしれないってこと?」
『ケント様、ギガースにとって人間とは何でしょう?』
「えっ、敵じゃないの?」
『ギガースにとって人間は、敵というよりも餌でしかないのではありませぬか?』
「餌か……確かに」
言われてみれば、ギガースは人間と戦うために身構えたり、武器を用意したりしません。
人間のいる街や村に行き、魔法を使って人間を捕らえて食べるだけです。
『人間が魚を捕まえようとして川に入り、逆に魚に襲われて殺されてしまった場合、魚を恨んで根絶やしにしようと考えるでしょうか? 襲われない工夫をして漁を続けるだけではありませぬか?』
「じゃあ、ギガースが怒りに任せて人間を襲うことは無いってこと?」
『自分達が食べる以上の殺戮は行わないと、ワシは考えております』
奇妙なダンスを続けていたギガース達は、やがて動きを止めると死んだ仲間の体を食べ始めました。
「うわっ、共食いを始めた」
『ケント様、魔石を抜き取ってしまいましょう。ギガースが食らって力を増すと厄介ですぞ』
「そうだね、影の空間経由で抜き取っちゃって」
『了解ですぞ』
火事場泥棒みたいで、ちょっと気が引けましたが、ギガースが仲間の魔石を食らって上位種なんかになったら手の打ちようが無くなりそうです。
影の空間経由で、死んだギガースの魔石はいただいちゃいました。
集まってきた三頭のギガースは、死んだ仲間の内臓を中心に、胴体周りの肉を食らい尽くすと、体を丸めて休眠状態に入りました。
仲間を殺された恨みを晴らすために、街に行って暴れ回るという予想は完全に外れました。
「もしかして、殺されそうになったから仲間に助けを求めた……という考えも間違っているのかな?」
『と言いますと?』
「単純に殺されそうだから悲鳴を上げて、集まってきた連中は死にそうな仲間がいる、死んだら食えると思って寄って来たんじゃない?」
『なるほど、ではあの奇妙なダンスも怒りの発露ではなく、大量の肉が食える喜びの踊りだったのですかな?』
「よく分からないけど、ギガースほどの巨体になると、満腹になるまで食事が出来るのは稀だと思うんだよね。だからこそ、仲間の死体でも食糧にするんだろうし、だとしたら、怒りではなく喜びだったとしてもおかしくはないよね」
『少なくとも、我々とは異なる価値観を持っていることだけは確かでしょうな』
後から集まってきた三頭のギガースが眠りにつくと、キリアの冒険者たちが戻ってきて、隷属のボーラやバリスタなどを回収していきました。
街の近くの街道では、落とし穴が作られていますし、新たな破城槌の作成も進められています。
「急げ! 何頭が街に向かって来るか分からないが、一頭だけなら食い止められる。俺達は一度はギガースを倒したんだ、諦めるな!」
ほんの一時、祝賀ムードに包まれた街も、再び戦時体制へと逆戻りしたようです。
鍛冶場ではバリスタ用の矢が急ピッチで増産されているようですし、投げ付ける油の壺なども用意されています。
その一方で、複数のギガースが近付いていると知り、街から逃げ出して行く者達が長い列を作っています。
列が向かう先はフェルシアーヌ皇国ですが、受け入れてもらえるのかどうかは不透明な状況です。
『ケント様も、一度ヴォルザードに戻ってお休みくだされ』
「うん、そうさせてもらおうかな。ギガースが街に向かって進み始めたら知らせて」
『了解ですぞ。足止めはいかがいたします?』
「三頭まとめて街に向かうようならば、フラムの炎弾で牽制して遅らせて」
『ワシらの出番は?』
「三頭が一緒に動くなら考える。一頭だけ街に向かうなら、もう少しキリアの冒険者に任せてみようと思う」
『了解ですぞ。経験を重ねれば、ギガースを当たり前に討伐するようになるかもしれませんな』
「うん、リーゼンブルグやバルシャニアだったら、僕がちゃっちゃと片付けちゃうけど……もう少し様子をみたいかな」
隷属のボーラを用いた冒険者たちの戦いは、他の国でも参考に出来るものでした。
今後、何処にギガースが出現しても、僕や眷属に頼らなくても対処出来た方が良いですからね。
一度は討伐という金星をあげた冒険者たちの戦いを、もう少し見させてもらいましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます