第809話 冒険者達の戦い(後編)

 太陽が沈み、夜の帳が降りても、ギガースと冒険者の戦いは続いていました。

 ギガースは落とし穴に右足を取られて以後、その場から動けずに冒険者達の攻撃に晒されて続けています。


 数えきれない程のバリスタの矢が突き刺さり、頭から胸に掛けては油と炎で焼け爛れ、もはや両目も見えていないようです。

 体は血塗れですし、表面上はダメージが大きそうにも見えるのですが、まだ余力を残していそうです。


 その証拠に、土を掘り返しては、無造作に周囲に向かって投げつけて来ます。

 まるで癇癪を起こした子供が砂場で暴れているようですが、身長十メートル近い巨体だと、それだけでも大きな脅威になるんですよね。


 掘り返した土の塊であろうとも、大人の背丈を超えるような大きさの物が降って来れば、圧し潰されかねません。

 実際、直撃を食らった冒険者が、何人も負傷しています。


 ただ、ギガースが視力を失い、当てずっぽうで放り投げているだけなのが幸いして、死者は出さずに済んでいるようです。


「ラインハルト、どちらも決め手を欠いている感じだね」

『その通りですな。冒険者側がより大きなダメージを入れるには、至近距離から威力の高い魔法を撃ち込むか、達人級の打ち込みが必要でしょうな』

「でも、大きなダメージを狙うにはギガースの投げる土とか岩が邪魔になるんだね」

『近付き過ぎれば、腕で薙ぎ払われる恐れもありますからな』


 バスターソードや戦斧を手にした冒険者が大盾の影から接近するタイミングを見計らっています。

 ギガースが振り回す腕、投げつけられる土や岩を潜り、左右の脇腹を何度か斬り付けていますが、致命傷となる程の傷は付けられていません。


『ケント様、新たな作戦に打って出るようですぞ』

「丸太……?」

『破城槌のようですな』


 キリアの冒険者が用意したのは先端を尖らせた丸太で、巻き付けられたロープを使って十人ほどで持ち上げています。

 本来は城門を壊すために使う物だそうですが、今回はギガースの脇腹を粉砕しようと考えているようです。


「準備はいいか? 左側からバリスタの掃射が終わったら突っ込むぞ。全員、身体強化の詠唱始め!」

「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ!」

「バリスタ、撃て! 破城槌、突っ込めぇ!」

「うおぉぉぉぉぉ!」


 バリスタの掃射によってギガースが動きを止めた所を狙い、丸太を担いだ男達は身体強化の魔術を使って全力疾走で突っ込んで行きました。


「ボオァァァァ……」


 丸太の先端が脇腹に深く突き刺さり、悲鳴を上げたギガースが太い腕を振り回しました。


「ぐぁぁぁ!」


 丸太とギガースの腕の間に挟まれ、二人の冒険者が圧し潰されてしまいましたが、同時に丸太の先端が肉を抉りながら抜け落ち、大量の血が溢れています。


「負傷者を救助! 二本目、準備しろ!」


 圧し潰された冒険者が仲間に担がれて撤退してきましたが、二人とも内臓に深刻なダメージを受けているようで、助かる見込みは薄そうです。


「準備急げ! 畳みかけるぞ!」

「バリスタ、準備よし!」

「破城槌もいけるぞ」

「よし、詠唱始め!」


 破城槌を抱える冒険者達の詠唱が終わった所で、再びバリスタの掃射、そして、二本目の破城槌は一本目と同じ場所に更に深く突き刺さりました。


「退避! 逃げろぉ!」


 一本目の様子を見ていたのか、二本目を突き刺した直後に冒険者達は転げるようにしてその場を離れました。

 ギガースが振り回した太い腕は、今度は丸太だけを撥ね飛ばしました。


「ボゥオォォォォ……」


 一本目よりも深く刺さった丸太をギガースは抜き取るのではなく腕で払い飛ばそうとしたので、傷口が大きく抉られて大量の血が溢れ出してきました。

 出血の量が、これまでとは比べものにならない程多く、ギガースの足下に大きな血だまりが出来ています。


「効いてるぞ! ギガースを休ませるな! 動き続ければ出血が増えて死ぬはずだ!」


 ここが勝負所と見た冒険者達は、バリスタを撃ち込み、油を浴びせて炎で攻め立てます。


「ボォ……オォ……」


 ギガースも土を撒き散らして冒険者を追い払おうとしますが、明らかに動きが鈍っています。

 丸太によって抉られた傷口からは出血が続いていますが、その勢いは徐々に弱まっているように見えます。


『どうやら、キリアの冒険者はやり遂げたようですな』

「バリスタを大量に投入したのと、落とし穴や火攻め、タイミングを見計らっての破城槌の投入……作戦勝ちって感じだね」

『何よりも、ケント様から隷属のボーラの情報を得られたのが大きいですな。それと、迎え撃つ準備をする時間を稼げたのも勝因の一つでしょう』


 ギガースの動きは更に鈍くなり、体がグラリ、グラリと揺れるようになってきました。


「フゥゥウゥゥゥ……」


 それまでとは違って、高く物悲しいような鳴き声は、ギガースの断末魔の叫びなのでしょうか。

 やがて動きを止めて倒れ込んでも、ギガースは高い声で鳴き続けています。


「おい、爆剤の樽を持って来い!」


 冒険者が爆剤の樽を抱えて近付き、丸太で抉られた傷口に押しこんでも、ギガースは動こうとしませんでした。


「火の魔術を撃ち込め!」


 幾つもの火球が撃ち込まれ、爆剤の樽が爆発して吹き飛びました。

 大きな爆発音と共に肉片が飛び散り、更に大きく抉れた傷口からは、腹圧によって内臓が溢れて出てきました。


 高い鳴き声も途絶え、ギガースは完全に動きを止めています。

 それまでの喧騒が嘘のように静まり返り、冒険者達は固唾を呑んでギガースを見守っています。


 篝火が爆ぜる音だけが聞こえる中で、槍を手にした冒険者がギガースへと近付き、あちこちを突いて反応を見始めました。

 脇腹、腕、指先、目玉……最初は恐る恐る突き入れていた槍を、最後は思い切り突き刺し、引き抜き、そして高く掲げて冒険者は雄叫びを上げました。


「倒したぞぉ! 俺達の勝ちだぁ!」

「うおぉぉぉぉぉ!」


 その場にいる全ての冒険者達が勝利の雄叫びを上げました。

 仲間と抱き合って喜びを分かち合う者、両手を天に向かって突き上げて叫ぶ者、死んだ仲間を思って涙する者、思い思いに喜びを爆発させています。


「帰るぞ! 帰って思いっきり飲むぞぉ!」

「おぅよ! 酒場の酒を飲み尽くすぞ!」


 冒険者達は歓喜の声を上げながら、街に向かって行進を始めました。

 やがて、その声は街へと届き、街の中も歓喜の声で溢れていきます。


「これは、夜が明けるまでお祭り騒ぎが続きそうだね」

『夜が明けても続くでしょうな』


 出番が無くなってしまったラインハルトも、何だか嬉しそうな顔をしています。

 当面の危機も去ったようですし、帰って寝ようかと思ったのですが……。


「わふぅ、ご主人様、ギガースが来るよ」

「えっ? どこから?」

「あっちと、あっち」

「わぅ、こっちからも」

「えっ……?」


 知らせに来たコボルト隊によれば、北、北西、西南西の三方向から別のギガースが近付いて来ているようです。


『ケント様、先程の奇妙な鳴き声のせいではありませぬか?』

「そうか、あれは断末魔の声じゃなくて助けを求める声だったのか」


 勝鬨を上げながら街へ向かう冒険者も、固く閉ざしていた門を開けて英雄たちの凱旋を待つ街の人達も、まだギガースの接近に気付いていません。

 松明を掲げた冒険者の列が、街まであと百メートル程に近付いた時でした。


「ボオォォォォ! ボォオォォォォォォ!」


 仲間の死体を見つけたギガースの怒りの咆哮が、暗闇の向こうから響いて来ました。

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