第808話 冒険者達の戦い(前編)
正直に言うと、キリア民国の冒険者にはギガースの討伐は難しいと思っていました。
隷属のボーラなどの準備が整う前に、ギガースが眠りから覚めて街を襲ってしまうだろうと思っていたからです。
ところが、爆剤を使った文字通り命懸けとなった作戦のダメージが思っていたよりも深かったのか、ギガースはなかなか眠りから覚めませんでした。
これは、キリア民国の冒険者にとっては朗報でもあり、悲報でもあります。
時間稼ぎが出来たのは間違いありませんが、ギガースの焼け爛れていた足の皮膚は目に見えて回復しています。
つまりは、腹を空かせた万全の状態のギガースと対決することになるのです。
ギガースが眠りについた後、コボルト隊に監視を頼んで、一旦僕はヴォルザードに戻りました。
コボルト隊からのギガース覚醒の知らせを受けて再びキリア民国まで移動してきましたが、やはり街の方角へと移動を始めるようです。
「ラインハルト、キリアの冒険者の様子は?」
『街の者達を巻き込んで、それこそ死に物狂いで動いておりましたぞ』
「準備は間に合ったのかな?」
『万全とはいかないでしょうが、ひょっとしたらひょっとするかもしれませんぞ』
ラインハルトの楽し気な様子を見るに、キリアの冒険者達は相当頑張ったようです。
『どうやら、街の手前で迎え撃つように態勢を整えておるようです』
「それは、ギガースの属性魔術が街まで及ばない距離ってことかな?」
『そのようですな』
ギガースは土属性の魔術を使い、地表から鋭い槍を突き出す範囲攻撃を仕掛けてきます。
もし、避難が終わっていない街中で発動されたら、それだけで大量の犠牲者を出すことになります。
冒険者達は、街にギガースの魔術が及ばないうちにケリを付けるつもりのようです。
「どんな作戦で挑むつもりなんだろう?」
『どうやら、バリスタを利用するつもりのようですぞ』
「バリスタ? そんな物、どこから持ってきたの?」
『ギガースが向かっているのは、フェルシアーヌ皇国との国境の街です。フェルシアーヌ皇国が攻めてきた時に、街を防衛するために城壁に設置されていたものを取り外したようです』
バリスタは、いわゆる大型のボウガンで、本来は城壁などに設置して使うものですが、冒険者達は車輪の付いた台車に据えて、移動式に改造したようです。
ギガースに先行して待ち伏せ地点へと移動すると、殺気を漲らせた冒険者達の姿がありました。
恐らく、寝る間も惜しんで迎撃態勢を構築したのでしょう。
どの冒険者からも、絶対に街を守るという強い意志を感じます。
「ギガースが動き出したぞ!」
「よし、全員持ち場に付け! ここで仕留めるぞ!」
ギガースを見張っていた冒険者が戻ると、現場の空気は一気に張り詰めていきました。
そして、昼を少し回った頃、ギガースがゆっくりとした足取りで歩み寄って来ました。
「ボーラ、準備しろ!」
ギガースからギリギリまで見えないようにするためでしょうか、大きな布を張った裏で力自慢の冒険者が隷属のボーラを振り回し始めました。
「狙うのは足だ、しくじるなよ!」
ビュンビュンとボーラが振り回される音の向こうから、重たいギガースの足音が聞こえてきました。
ギガースが通り過ぎようとする直前に、合図と共に布が取り払われました。
「放てぇ!」
手を組んで祈りを捧げる者達に見守られながら放たれた隷属のボーラは、見事にギガースの左足に絡み付きました。
「全員伏せろ! バリスタ、放て!」
隷属のボーラを放った側にいた冒険者が一斉に伏せると、道の反対側からバリスタの一斉射撃が行われました。
「ボォアァァァァァ……」
冒険者達が狙ったのはギガースの右脚で、膝の裏を中心にしてバリスタの矢が突き刺さりました。
悲鳴を上げたギガースはその場に蹲り、座り込んだことでバリスタの矢が更に深く脚に食い込んだようです。
「次、吸血の矢、放てぇ!」
ギガースが動きを止めると、それまで地面に伏せていた側の冒険者達も起き上り、バリスタを発射しました。
「ボアォォォォォ……」
バリスタから放たれた矢は、今度はギガースの首筋へと突き刺さり、その直後矢の後端部分から勢いよく血が噴き出しました。
「なるほど、矢の軸が空洞になってるのか」
パイプ状の矢を突き刺すことで、ギガースから出血させて体力を奪おうという作戦のようです。
「首を庇ったら脇を狙え、休ませるな!」
次々と矢が放たれて、ギガースの体は血に染まっていきますが、それで倒せるのかと問われると首を傾げざるを得ません。
確かに出血はしていますが、命に関わるような大量出血には見えません。
『おそらく、本当に太い血脈にまで届いていないのでしょう』
ラインハルトの言う通り、一瞬ドバっと血が溢れて来るものの、時間の経過と共に出血は収まっているように見えます。
人間で言うところの血小板のような存在が、矢軸の穴を塞いでしまっているようです。
そして、ギガースはその場に体育座りをすると、膝の間に頭を入れ、両腕で頭を抱えるような守りの姿勢に入りました。
この姿勢になると、いわゆる急所は全て腕などで隠されてしまい、更なるダメージを入れにくくなってしまいます。
「油ぁ! 頭を狙ってぶちまけろ!」
指示を聞いた冒険者が、壺を持ってギガースへと走り寄り、頭を狙って投げ付けました。
壺の中身は油のようで、四人の冒険者が壺を投げ終えた所で、周りから火属性の魔術が放たれました。
ゴォっという音と共に炎が上がり、ギガースの頭を包み込みました。
「術士、ボーラに水を掛けて炎から守れ!」
バルシャニアの騎士達がギガースと戦った時、隷属のボーラが炎に晒された後、水を被って急冷されたことで壊れてしまったと伝えました。
キリアの冒険者達は、そうした事態にならないように対策を講じているようです。
「ブォォォォォ!」
炎に耐えかねたギガースが頭をもたげた直後、バリスタによる一斉掃射がおこなわれました。
首筋から顔面に掛けて、容赦なく矢が突き刺さり、その一本はギガースの左目に命中しました。
「ボォアァァァァ!」
しかし、頭をもたげたギガースは、怒りの咆哮を上げて立ち上がると、右側にいる冒険者に向かって突進しました。
「回避ぃ! 逃げろぉ!」
ギガースの右手にいた冒険者たちは、大慌てで台車に載せたバリスタを引き撤退を始めます。
ですが、人間の走る速度とギガースの突進では速さが違いすぎて、追いつかれるのは時間の問題でしょう。
「ウバァァァァ……」
突然、ギガースが体勢を崩して前のめりに倒れました。
よく見ると、右足が地中に埋まっています。
「落とし穴か!」
『穴の底には尖った杭を仕込んでおったようですぞ』
ラインハルトの言う通り、ギガースの右足には杭が深く刺さっているようです。
そして、五人ほどの冒険者が素早く駆け寄り、土属性の魔術でギガースの右足を拘束しました。
普段のギガースならば、この程度の拘束は簡単に解いてしまうのでしょうが、隷属のボーラで属性魔術を封じられているために、身動きが取れないようです。
とはいえ、冒険者側もあと一歩の詰めが足りないようで、持久戦の様相を呈してきました。
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